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2013年3月 9日 (土)

牧田和久。地道に築き上げてきた男の「強さ」

  9年前にJAPANのユニホームに身を包んだサブマリン・牧田和久を見たことがある。アマ野球担当だった2004年7月、大宮公園で行われた日米大学野球の第4戦だ。

  平成国際大2年の牧田は先発し、メジャーの卵を相手に5回途中を3安打1失点と好投した(余談だが、明大での選考会で牧田の球を受けていたのが、東北学院大4年の星孝典だった)。屈強な肉体を誇る米国代表のバットが、浮き上がる直球に空を切っていたことを、よく覚えている。

  2年後の2006年、キューバで行われた世界大学野球選手権の日本代表入りを、4年生になった牧田は逃している。「選考会にも呼ばれて、パスポートも用意したんですが、自分はダメでした」。同年秋にもドラフト指名はなく、社会人の日本通運に入社した。

  日通では選手生命を脅かすような、大きなケガもあった。それでも浦和の練習場で、地道に下手投げというオンリーワンの技を磨き続けた。ドラフト候補選手としては重ねすぎた年齢がネックとなり、各球団のスカウトは指名に二の足を踏んでいたが、2010年秋に西武が2位指名した。プロ入り後の活躍は、今更ここに記すまでもないだろう。

  「自分がWBCの代表候補に選ばれたなんて、正直、不思議です」

  今年の1月に話を聞いた時、牧田は繰り返しそう語っていた。

  だが、今夜の台湾戦のマウンドは、どうだ。超満員の東京ドーム。ひるむことなく強い気持ちで、打者に向かっていった。陽岱鋼の送りバントには躊躇することなく本能のままにダイブし、好捕した。一瞬、巨人時代の桑田真澄さんの姿が脳裏をよぎり、かつ心配になってしまったのは、私だけではないはずだ。侍の名にふさわしい、気迫あふれる体を張ったプレーだった。

 日本代表のメンバーはスターの集まり。輝かしい球歴を誇る選手が、ほとんどだ。そんな中でも、日の当たらない場所で黙々と技を磨いてきた男ならではの「強さ」を、牧田からは感じる。

 台湾との死闘は、野球ファンだけでなく、大勢の日本人が視聴したことだろう。WBCが終わった頃には、多くの子供たちが牧田の真似をして、いきなりアンダースローでキャッチボールを始めたりするのではないか。熱投を見つめながら、そんなことを夢想した夜だった。

コメント

あのダイブには、私も桑田さんの姿がダブリました。
1回で降板したのは、あのダイブの影響を危惧した結果だと思うけれど、体に異変がない事を祈るばかり。

牧田投手のアンダースローは、実にキレイ。
アンダースローの元祖・山田久志さんやロッテの渡辺俊介投手と同様にスムーズでキレイな投球フォームをしている。

侍ジャパンでは、守護神として大切な存在。
決勝ラウンドで、メジャーリーガー達をキリキリ舞いさせる姿を見たいですね。

牧田投手にはファンを感動させる魅力ある。
苦労人だからこそ秘めた強さがあるのだと。

侍ジャパンとしての活躍を見せてほしい。

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