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2013年6月 7日 (金)

もうひとつの「絶対に負けられない戦い」。力投、藤原良平の「6・4」

  西武ドームと、ファームの本拠地・西武第二球場は隣接しているが、その距離は近くて、遠い。

 強烈な太陽光線がジリジリと肌を焦がす。所沢にも、夏が来た。

  ファームが練習休みの6月3日、人けのない西武第二球場。6年目のサイド右腕・藤原良平はたった一人で黙々と、休日返上トレに取り組んでいた。翌4日のイースタン・DeNA戦に先発するため、前日調整に励んでいたのだ。

 「練習が終わったら、『洋服の青山』に行かなくちゃ。礼服、持っていなくて」

 前日2日、ファームディレクター補佐兼育成担当の相馬勝也さんが、50歳の若さで逝った。2軍の選手は4日の試合後、荒川区町屋で行われる通夜へ参列する予定だった。

 「寮の風呂場で一緒になると、いろんな話をさせてもらいました。負けてお別れするのは、嫌なんで」

 勝って弔う-。必勝を自らに課していた。

 過去5年、1軍では未勝利。昨季1軍では登板1試合で、3回途中を8安打5失点と炎上した。

 「2軍でもボコボコに打たれた。もう野球も最後になるだろうから、悪あがきしようと」

 シーズン終盤、サイドに転向すると球威が増し、149キロを計時した。秋に宮崎で行われる教育リーグ「フェニックスリーグ」で対戦した韓国チームの首脳陣が「彼がライオンズのエースじゃないのか?」と驚いたほどだ。球種も増やし、投球の幅も広がった。2軍でも3日までに6勝1敗と好調を維持してきた。

 「夜になると、携帯のマナーモードを解除するんです。『1軍に来い』と電話が来た時、すぐ出られるようにしたいんで」

 今季はまだ、昇格がない。

 そして「6・4」。奇しくもサッカー日本代表が豪州と「絶対に負けられない戦い」に臨んだ日、藤原も極度の緊張に襲われながら、マウンドに向かった。

 DeNAの2軍打線に8回5安打1失点と力投し、7勝目を挙げた。試合が終わるとナインとともに通夜に向かい、相馬さんに感謝を伝えた。買ったばかりの礼服に身を包み、あふれる涙をぬぐった。

 「きょうは、勝てて良かった」

 プレッシャーをはねのけ、もぎ取った白星。もう“ノミの心臓”なんかじゃない。

 藤原の心は確実に、強くなった。

 今夜も、携帯のマナーモードを解除して、連絡を待つ。1軍の大舞台で、ブン投げる瞬間を想像しながら。

コメント

読んでいたら涙が出てしまいました。
藤原投手が一軍で投げる日を楽しみに待っています。
いつも素晴らしい記事をありがとうございます。

頑張れ!!
遠くから、みんなで応援しています。

阪神ファンですが個人的に応援してます。
出身が朝来中(47歳のオッサンですが…)
なのがキッカケです。
地元に帰ると結構、藤原選手の話題が出ますよ!
みんな気にしてるみたい
今後の登板も頑張って下さい!

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