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2008年6月11日 (水)

グリフィー600号!史上6人目快挙

 ◆マーリンズ4―9レッズ(9日・マイアミ) レッズのケン・グリフィー外野手(38)がマーリンズ戦で史上6人目の通算600本塁打を達成した。

 1回1死三塁。身長206センチの左腕ヘンドリクソンのカウント1―3からの大きなカーブをとらえた打球は、大きな放物線を描いて右翼中段に吸い込まれた。右手で一塁コーチとタッチを交わし、弾むようにダイヤモンドを一周。ファンにヘルメットを取ってあいさつした後、長男トレイ君(14)と抱き合った。「(雲の上に)浮かんでいるような気持ちで一周した。ベースを踏んだかどうかも覚えていないよ」。38歳のベテランも、最高の一発に酔いしれていた。

 2001年、31歳でマークした通算450号までは、誰よりも速いペースでの到達(現在はヤンキース・Aロッドが最年少記録更新)だった。誰もが「H・アーロンの755号を抜くのはグリフィーだ」と信じていた。しかし、その後は度重なる故障で02~04年の3年間は、合計41本と苦しんだ。それだけに喜びはひとしお、だった。

 「(お祝いの)72本のメールと18回の着信があった。アーロン、(660本塁打の)メイズからも最近、激励の電話があったんだ」同時代にプレーしたボンズ、ソーサには薬物使用のうわさが上がっているのに対し、グリフィーについては、薬物の暴露本を出したJ・カンセコでさえ「彼のようなクリーンな男はいない」とほめたたえたほどで、全米から祝福されたといえる。

 父親(グリフィー・シニア)も1970年代のレッズ黄金時代の名外野手。父は通算152本塁打で、実に4倍のアーチを放ったことになる。87年全米1位でマリナーズに入団した後、常に父親と比較されたり、好奇の目にさらされたことで悩んだ。プロ2年目には大量のアスピリンを服用。病院に担ぎ込まれ、危うく一命を取り留めた、ということもあった。

 そんな苦難を乗り越え、19歳でメジャー昇格。本塁打王4度、打点王1度と活躍し、95、97年とマリナーズに2度の地区優勝をもたらし、本拠のセーフコ・フィールドは「グリフィーの建てた家」と言われている。守備もゴールドグラブ賞を10度受賞する実力で、マ軍時代の恩師、現カブスのピネラ監督は「彼は私にとって最高の選手だった」と賛辞を贈っている。

 本塁打記録では劣っても、ボンズ、ソーサ、マグワイアよりも早く、殿堂入りを決めるに違いない。=随時掲載=

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蛭間 豊章

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