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2012年11月20日 (火)

捕手たちに育てられた昔の審判員(第708回)

Hiruma_20121119  19日、共同通信で行われたマスコミ向け「野球知識検定」に3年連続参加させていただいた。アマ、プロ、メジャー、ルールという難問に挑戦する楽しみと共に、ゲストとして出席されるプロ野球界OBの話を聞くことの出来るのも、この検定の楽しみだ。今回は、1969年日本シリーズ第4戦、読売ジャイアンツ・土井正三のホームスチールの際に、アウトと思われたところを、左足が入っていた決定的シーンを見逃さなかった岡田功さん(81)。それから10年後の日本シリーズ第7戦、無死満塁を無失点に切り抜ける"江夏の21球"を球審としてコールした前川芳男さん(71)と長くジャッジを続けたお二方がいらっしゃった。

 判定に怒り殴った阪急ブレーブスの岡村浩司捕手をシリーズ史上初の退場処分にした1969年の出来事は有名。その時の裏話として、試合終了後、コミッショナー委員、両リーグ会長、両チーム代表らが観戦していた貴賓席に呼ばれた岡田さんは、厳重注意処分を受けた。それは、ジャッジについてではなかった。逆転された阪急ブレーブスは憤懣やるかたなく若いバッテリーが8回、岡田球審に投球を当てようと前後4球、ミットを出さなかった。最初の3球だけはニューボールをちゃんと投手に投げたが、腹の立った岡田さんが三塁線に転がしたという。それに対して「審判員にあるまじき行為」と怒られたそうだ。

542842_382230965189740_1769081350_n  それでも、本人は誤審だったのでは、と自身がなく退職届はどう書けばいいのかとまで思い悩んだという。夜になってスポーツ新聞から「写真で土井の左足が入っています。あなたのジャッジは間違ってなかったです」との電話があったが、自分の目で見るまでは信じられず、一睡もしないで翌朝駅に行き、スポーツ紙を買って初めて胸をなで下ろしたそうだ。一部では劇的さを増すために、カメラマンが写真を持って行くという風に書かれているが、それは間違いと言っていた。

 もう一人の前川さんも球史に残る試合をジャッジした。あの試合、広島東洋カープの江夏豊が近鉄バファローズの石渡茂のスクイズをカーブで外したプレーを「あれは(雨で滑って)すっぽ抜けたボールだった」と強調。また、コミッショナー事務局から「雨が降っていたので、もし同点になって9回が終わったら引き分けで(翌日)再試合になる予定だった」とのエピソードも教えてくれた。

 岡田さんは、阪急の岡村捕手との“事件”があったが、前川さんも昔は判定に文句を言う捕手が多かったという。「でも、我々は彼らに成長させられたとも言えますよ。捕手に文句を言われないようにと精進しました。テレビで見てると、今のプロ野球の捕手はおとなしくなっている。それだから今の審判はちょっと・・・」と言葉を濁した。選手の目で見る野球と、審判の見る野球は違う。大変勉強になるひとときだった。

 ※写真上:1969年10月31日の報知新聞。写真下:(左から)前川さん、岡田さん。

 【追伸】なお、初のマスコミ向け3級試験は撃沈しました(誰も合格していません)。一般の方には下記通り、本邦初の3級試験が開催されます。私も12月23日東京開催に出かけるつもりです。その時お会いしましょう。

 野球知識検定公式ページ http://www.89kentei.com/

コメント

衝撃的な写真でしたね。小学校5年生の時の出来事です。岡村にブロックされた(と見えた)土井がポーンと飛んだシーンを覚えているのですがリアルタイムで見たのかスポーツニュースだったかは定かではありません。「巨人の星」でもこの試合をテーマにした作品が放映されました。

江夏の21球は当時広島ファンだったので「カーブの握りでスクイズを見抜いてウエストした」と思いたいのですが、私の同期のエースピッチャー(東京六大学準硬式ですが)は「あれはすっぽ抜けだ」と言っていました。

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