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2013年10月24日 (木)

レイチェルさんこそが一番のジャッキー・ロビンソンのファンだった(第747回) 

Ds3_5 「42 世界を変えた男」(ワーナー・ブラザース配給)が11月1日に公開されるのを前に、大リーグの黒人差別の壁を破った主人公ジャッキー・ロビンソンの妻レイチェル・ロビンソンさんが来日。スポーツ報知の単独インタビューに答えた。23日付けの報知新聞に掲載されたものは、紙面のスペースの都合で質問を割愛しており、それも含めて再構成してみた。

―お疲れさまでした。早速ですが、今回の映画の率直な御感想をお聞かせ下さい。
 「30年間、この映画を作りたいと頑張ってきたのですが、中々実現しませんでした。今回初めて具体的な計画を立てて持ちかけてきてくれ、彼らも本当にこの映画をやりたいという気持ちがあり、私はすごく興奮してこの時期で良かった、と。年を取っているので、これ以上は待てなかったしね(笑い」

―旦那様のジャッキー、そしてあなたの映画での描かれ方はいかがですか。
「私は映画のコンサルタントでしたので、(私たちの)描かれ方が間違っていたらまずいと思っていたのですが、何もかも正確に再現してくれました」


―日本のファンにどんなところを見て欲しいですか
「日本のファンのみならず(この映画を見た)全ての人たちに、アメリカの歴史上の事実を知っていただきたい。色々と感じて欲しいし自分の体験と照らし合わせて欲しい。そうすれば同じような状況があるかもしれないし、全く違うかもしれない。なので、私たちを正確に描いて欲しいと同時に人々をインスパイア(触発)するものを題材にしたいと思っていました」


―ジャッキーの自伝で読みましたが、最初は彼が目立ちたがり屋で警戒をしていたそうですね
「目立ちたがり屋というのは出会う前の話で、そういう噂があったんです。ですから、目立ちたがり屋だったら、きっと横柄なやつだと思っていましたが、実際に会ってみたらとてもあたたかいし話しやすい。笑顔が素晴らしいし、すぐに恋に落ちました」


―1956年、日米野球で来日した際の写真を、お渡ししようと持ってきました。来日はそれ以来になりますか。その時、何か印象に残っている事はありますか
「ロス育ちで家の近くの近所の人とか友達が日本人だったので、日本にすごく興味を持っていました。初めて来日して京都にも行き、とっても楽しかった。その時に買った着物をいまだに持っている。本当に日本の文化が大好きで、1964年の東京オリンピックの時も来日しました。戻ってこれたことをうれしく思っています」


―ジャッキーが現役を引退したのは、日米野球のちすち帰国した直後にジャイアンツ移籍が通告されて、ユニホームを脱ぎました。その時、あなたはどんな思いだったのでしょうか
「正しい選択だったと思いました。自分でそれを選択したわけだし、そうしたいという彼の希望だったし、もうベストなプレーは出来ないと彼は言っていました。ただし、私は野球のファンであり、ジャッキー・ロビンソンファンなので彼が辞めるということに対して寂しさもありました」

 わずか15分間の矢継ぎ早のインタビューにも、91歳のレイチェルさんは淀みなく答えてくれ、その若々しさに驚かされた。最後の質問の答えにあるように、ジャッキー・ロビンソンの一番のファンはレイチェルさんだったことが分かるように素晴らしい夫婦愛だったのが伺えた。3枚の写真、特に歓迎レセプションでのお二人の姿が写った一枚を食い入るように見つめていた。そして、私が持ち歩いていた「ジャッキー・ロビンソン自伝」の邦訳本に気付くと大いに興味をそそられたようで、差し上げると握手を求めてきた。無事、取材が終わってタクシーで社に戻ろうとすると、担当者に「蛭間さんにプレゼントしたいものがありますので、戻ってください」の電話。ホテルに戻ると、レイチェルさんが執筆した本にサインをしてくれるほど、喜んで貰った事がうれしかった。

コメント

私がジャッキー・ロビンソンの名前を初めて知ったのは1972年にその死を伝える読売新聞の記事でした。まだ中学生だったので、残された成績だけを見て「何で騒がれるのかなぁ」と思ったものです。

2,000本安打にも達しておらず、150本塁打にも満たず、200盗塁にも届いていない数字だけしか見ていませんでした。その選手の価値が、決して数字だけで評価されるのではないことを思い知らされました。

「世界を変えた男」は必ず見に行きます。

今、レイチェルさんのことをお書きになったブログを拝見しました。
素晴らしいです!!!
グリーンベイパッカーズのロンバルディがチームを鼓舞するときに「ファミリー、リリジョンそしてグリーンベイパッカーズ!!!」と大声を張り上げたそうですが、ファミリーの愛が一番ですね。

報知でもインタビュー読んでましたが、この記事はありがたい。レイチェルさんの人柄やこの場の空気も伝わって来ます。感謝。

齢91才で来日できるなんて。
これからもジャッキー・ロビンソンの素晴らしさを伝えていってほしいです。
そして東京オリンピックでまた来日してほしい。

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蛭間 豊章

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