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2013年11月 8日 (金)

1833試合で42捕逸だけの森昌彦捕手(第749回)

Photo_4 ゴールデン・グラブ賞が発表された。今年のセ・リーグ捕手には読売ジャイアンツの阿部慎之助が5年ぶり3度目、パ・リーグ捕手も初の日本一となった東北楽天ゴールデンイーグルスの嶋基宏が3年ぶり2度目の受賞となった。セ・リーグは同賞がスタートした1972年から6年連続優勝チーム以外から選出されたが、2001年以降13年間で8人がリーグ優勝チーム。一方、パ・リーグでは13年間で5人(ただし、プレーオフで敗れた最高勝率チームから2人)が選ばれている。

昨年まで2年連続、通算6度受賞していた中日ドラゴンズの谷繁元信が落選。守備率はともに1失策の・999で互角だったが、盗塁阻止率が昨年の36・1%→17・4%と大幅ダウン(阿部は36・8%)。そしてチームの4位転落というのも大きな要因だったのは間違いない。

 捕手に関しては三振の場合に通常刺殺が付くので守備機会が増える一方で、送球を除けばほとんど失策が付かない(ファウルフライ落球もたまにあるが)ために守備率は、ほとんど守備の巧拙を表すことはない。その点、盗塁阻止率は肩の強弱の指針でもあるし、パスボール(捕逸)の数もキャッチング巧拙を表す一助となっている。
 
 昨年、阿部が11人目の捕手通算1500試合出場を達成したが、出場数と捕逸は、
(1)野村克也2921―207(14.1試合に1個=以下同)(2)谷繁元信2850-116(24.6)(3)伊東勤2327-92(25.3)(4)木俣達彦1996―67(29.8)(5)古田敦也1959―104(18.8)(6)中村武志1932―94(20.6)(7)森昌彦1833―42(43.6)(8)醍醐猛夫1698-73(23.3)(9)矢野耀大1546―79(19.6)(10)阿部慎之助1530―70(21.9)(11)田村藤夫1527―66(23.1)。

 変化球が昔より格段に増えた近年の捕手よりも多いのが野村。その一方で森の少なさは群を抜く。1000試合以上では水沼四郎が1260試合で28個、45試合に1個というのがある(試合数は少ないがソフトバンクの山崎勝己は692試合で8個、79試合に1個)が、打撃力で定位置をつかんだ野村と違って、長年レギュラーの座を守ってきたのもキャッチングの上手さと言えるかも知れない。

ただ、捕逸は投手の暴投とともにバッテリーエラーとも言われるほど、背中合わせの記録である。そのため、捕手のキャッチングとフットワークによって防ぐことが出来る。野村の名誉のために出すと、1963年から71年の9年間、森が正捕手だったジャイアンツと南海ホークスの暴投+捕逸の合計(左ジ、右ホ)出すと、26―16、17―16、15-18、13―16、25―17、29―17、27―14、20―14、33―22。この間、ジャイアンツより少ないのが7シーズンもあった。

1972年にスタートしたゴールデン・グラブ賞(当時はダイヤモンドグラブ賞)。野村は優勝した1973年の1度しか受賞せず、森は弱肩とされ受賞せずに終わった。もし、レギュラーになった時点にこの賞があったら、どれだけ受賞していたのか興味は尽きない。(名前は当時、敬称略)

写真は1967年、本塁突入した走者を刺す森昌彦捕手(走者は広島・寺岡孝)

コメント

田中将大の160球完投の翌日の9回抑えで、米メディアも巻き込んで騒いでいるが、私は日本シリーズ最終戦だけに「あり」です。ベンチに入っていた段階で締めくくりで投げると思っていました。個人的にはRソックスの世界一よりも感動したのは事実です。

どうしても勝つことの出来なった「西武ライオンズの森監督とあっと言う間の森政権とも言われてはいましたが、「時代の違いと呼び名ばかりと成り。僕の中では、一人一人小兵から兵隊が軍に成りどうしても勝てない野球チームに成りましてかなり見ている他球団からの応援は「ハガイイ思いをしていた秋のお楽しみの時間と時期となり、果たしてドラフト会議ではどうゆう結末かと言うと見ている側からすれば「あーまた外れた何年も地方側からすれば遠渡はるばるの応援に本当に「な~~~めちかの例年にガッカリと一球団に的を絞れなくなった日々には又選択が出来て「とても野球の視野が広がり大へんよかったです。」「ですが、裏切られていた読売ジャイアンツはさようなら・・・なぜが応援しているよ原 辰徳監督ここまで、「温め直す想いにしても思いも大変でした右に行きたいのを左にも来ていますので少し野球のうた(詩)等を書いてみたりしていきますねこの場は丸くんの天国の場と成り。」

「森 昌彦さん (もり まさひこ)」
「同じ左打者、左バツタート成りV9(ナイン)の功継者と成り、バッターのみならず、キャッチャーの仕事を120%力を出し切りピッチャーに至るある意味キャッチャーからの立役者というのを本人黙ってかの大の立役者と成るとこれチームにて知る必要在りの厳しくも今までの反省と切ってはならぬ巨人とのご縁と成り。」


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