ブログ報知

スポーツ報知ブログ一覧

« エキスパート表彰の投票権来たる(第753回) | メイン | 巨人戦に年間13度先発した1970年江夏豊(第755回) »

2013年12月10日 (火)

マービン・ミラー氏また落選(第754回)

Dsc_10081_2 米野球殿堂が9日、松井秀喜氏のメジャーでの恩師でもある元ヤンキース監督ジョー・トーレ氏(73)ら3人の名監督を選出した。今回は1973年以降の大リーグ拡張期の球界関係者が対象で、元選手や記者ら16人の投票で、3人そろって満票で選ばれた。トーレ氏は現役時代、捕手から内野に転向し、71年に首位打者、打点王でMVPにもなった強打者。監督でもヤ軍時代にワールドシリーズ3連覇含む4度の世界一となり史上初めて「選手で2000安打、監督で2000勝」(厳密には2342安打、2326勝)をマーク。ほかの2人はトミー・ラルーサ氏とボビー・コックス氏。前者はアスレチックス、カージナルスと史上2人目の両リーグで世界一に輝き、通算2728勝は歴代3位。後者は歴代4位の通算2504勝、ブレーブスで史上最多の14季連続地区優勝に導いた。

 実は今回の投票でほかに9人の候補者がいたが、満票3人で割を食った形で全員の票数は個人的に発表されず、9人そろって6票以下だったことだけが明らかになった。最も注目されていた、世界最強とも言われる大リーグ選手会の基礎を作ったマービン・ミラー氏は、前回(2010年)の投票で1票足らずに殿堂入りを逃したが、今季は票数が減って6度目のチャレンジも落選に終わった。彼が鉄鋼労連から招かれた当時の1967年、大リーガーの平均年俸は1万9000ドルでしかなかった。それが1977年は7万6000ドル、1987年が41万2000ドル、1997年133万7000ドル、2007年294万5000ドル。今季開幕時では365万ドル、実に50年足らずで180倍以上と急成長したのも、フリーエージェント制など、次々と経営者側から要求を勝ち取っていった彼の交渉能力、団結力を高めた選手への指導などのたまものだった事は明らかだ。

 ミラー氏の後を継いで長らく専務理事を務め、現在はアイスホッケーのNHL選手会トップとなったドン・フェア氏は「20世紀前半では(排除されていた黒人選手の壁を破った)ジャッキー・ロビンソン。しかし、その後の球界にとってミラー氏ほど重要な人物はいなかった」と話した。また、この日殿堂入りしたトーレ氏も「彼は野球界にインパクトを与えた人物だった」とコメント。カージナルス時代は選手会代表を務めるなどミラー氏の働きを間近に見てきただけに、落選に残念そうだった。TOTAL BASEBALL2004年版で掲載されている、野球界に影響を及ぼした人物100人のリストによれば、①ベーブ・ルース(通算714本塁打して野球人気を確立)、②ジャッキー・ロビンソン③アレクサンダー・カートライト(野球のルールの基礎を作った)に次いで、ミラー氏は④位に入っている。

 投票権を持つ委員は選手として殿堂入りした6人、監督として2人、オーナーや元オーナーなど背広組が4人、野球史に精通しているメディアの長老4人の計16人。ただ、満票3人の登場だけでなく、選手会が強くなりすぎたことが、薬物規制の遅れにつながったとする意見もあり、それが票数を減らした要因との報道もある。2007年12月に発表された殿堂の特別表彰では、同じ時期にコミッショナーだった「仇敵」ボウイ・キューン氏の当選を横目12人中3票しか入らなかったミラー氏。薬物規制遅れの“張本人”でもあるバド・セリグ・コミッショナーは、2015年1月に退任予定。その後、特別表彰の候補者になるのは間違いない。個人的には、セリグ氏より先に殿堂入りして欲しいのだが。

写真はAP通信が報じた投票結果

コメント

コメントを投稿

コメントは記事の投稿者が承認するまで表示されません。

サイト内検索

蛭間 豊章

ヒルマニアロゴ

最近のトラックバック

見出し、記事、写真の無断転載を禁じます。Copyright © The Hochi Shimbun.