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2015年2月28日 (土)

遅咲き山本浩二がお手本

 日本プロ野球最多出場記録3017を誇る野村克也。今季、中日の谷繁監督兼任捕手が27試合出場した段階で2位に転落するが、「4番」での先発2259試合は他の追随(2位は落合博満の1734)を許さず、今後も塗り替えられることはないだろう。

 ところで、この4番という打順。中堅手、それも右打者が任されることは極端に少ない。中堅手は、通算1065盗塁の福本豊に代表されるように俊足好打の選手がほとんどだ。強打の外野手となると、打撃を生かすために左翼か右翼を守らせることが多いからだ。

 長く「4番・中堅」を務めた例では1953年に松竹から広島に移籍した小鶴誠が、ほぼ5年間にわたり主にその位置に就いた。広島の山本浩二は初優勝の1975年から定着、83年に左翼にコンバートされるまで通算879試合座ったのが、右の「4番・中堅」の最多出場ではないだろうか。

 左打者に条件を広げても巨人では、松井秀喜が4番に合計470試合座ったが、中堅では300試合だけ(他はすべて右翼手)。山本の傑出ぶりがうかがえる。

 大リーグでは56試合連続安打のメジャー記録を持つ右打ちのジョー・ディマジオが、現役最終年まで1369試合も「4番・中堅」をこなすなどヤンキースの至宝として長く活躍した。なおベーブ・ルース、バリー・ボンズ、ウィリー・メイズにハンク・アーロンら名だたる強打の外野手は3番での先発試合数の方が多い。「3番最強説」のメジャーならではだ。

 なお、打撃が伸び悩んでいた山本浩二が初めて4番に座ったのは73年27歳のシーズンと遅咲きのスラッガーだった。6月に25歳の誕生日を迎える大田にとって格好の目標にしてもいいのではないだろうか。

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蛭間 豊章

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