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2015年8月 1日 (土)

【高校野球100年】第3回 エース八木沢赤痢で隔離も作新が史上初の春夏連覇

 40回記念大会で47校出場となった1958年夏は、延長戦規定が18回になった大会としても知られる。同年5月の四国大会で徳島商は高知商との準決勝で延長16回、高松商との決勝では延長25回を戦い敗れた。この試合を重く見た高野連は、18回までいって同点の場合は引き分けとして、再試合にすると規則を変えた。甲子園での適用第1号が徳島商、そして前記2試合とも完投した板東英二。魚津(富山)・村椿輝雄との投手戦は2年前からスタートしたナイトゲームに突入し、18回を終わって0―0の引き分け。板東は延長戦記録の25三振を奪った。再試合に3―1で勝ち、準決勝でも初出場の作新学院を下したが、柳井との決勝戦で力尽きた。

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史上初の春夏連覇を果たし優勝旗を持つ作新学院・中野主将

 62年には、4年前初出場したばかりの作新学院が史上初の春夏連覇を果たす。選抜で八幡商と18回引き分け再試合を含め54イニングを4失点に抑えた優勝投手の八木沢荘六は、北関東大会に29回1/3無失点と絶好調で甲子園へ乗り込んだ。ところが、エースは大阪へ向かう夜行列車で下痢が止まらなかった。当時、大阪ではコレラ騒ぎがあり、高野連は出場全選手に予防接種を義務づけたが、下痢が続いていた八木沢投手だけは抗生物質などで快方に向かっていたものの検便を受けた。

 開会式の当日、赤痢と判明しすぐさま隔離。他のナインの検便も行われ、その結果判明が2日ほどかかるため、大会2日目の第1試合の気仙沼戦は、4日目第4試合に変更となった。この時、佐伯達夫大会副会長が「(他のナインの)検便結果では作新の出場不能というケースもある」と話した。この件について八木沢は「あと2人陽性反応だったら、出場辞退になったと後で聞きました」。幸いにも他のナインは陰性でそれは免れた。

 このピンチを2番手ながら北関東大会決勝で完投した横手右腕の加藤斌(たけし)が救う。5試合中3完封含む4度完投する快投を演じ春夏連覇。病院で旅館から借りたポータブルテレビで試合を観戦していた八木沢は「加藤の、このピッチングなら勝てる」。高校のブルペンで隣り合って、多い日は1000球近くも投げ込んで競い合ったチームメートの力を認めていた。八木沢は結果が良好で準々決勝からベンチ入り。野沢慶次郎監督から「『どうだ投げてみるか』と言われたんですが、ボクが出ると打たれるような気がしたので断りましたよ」と笑った。

 現在、プロ野球OBクラブ理事長を務める八木沢は「(1番遊撃の)中野(孝征)がMVP的な活躍。強いチームだった。でも、尾崎(行雄)がプロ入りしなければ浪商が勝っていたでしょう」。1年前の選抜での室内練習で偶然一緒になり、速球の威力に衝撃を受けた同級生右腕。夏の優勝を引っさげて同年暮れに東映スワローズに入団。作新の連覇した62年、いきなり20勝しており、その言葉には現実味がこもっていた。(8月1日付スポーツ報知紙面より)

 【豆知識】捨てられた「甲子園の土」贈られた「甲子園の石」
 1県1校となった1958年大会は、米国から返還されていない沖縄からも初めて首里が参加。試合数が前年の22から46に増えたため、3回戦まで西宮球場と併用した。首里は甲子園での1回戦(対敦賀)に0—3で敗れ、ナインは他校と同様に土をバッグに詰めたが、沖縄へ船で戻る途中、植物検疫違反で海に捨てられた。このニュースを知った日本航空の客室乗務員が、検疫に抵触しない「甲子園の石」を小箱に入れて贈呈。石は甲子園出場記念碑にはめ込まれている。

夏の大会決勝戦と大会代表選手(第40回〜50回、★は野球殿堂入り)
球場大会(年度)優勝スコア準優勝代表選手
甲・西 第40回(1958) 柳 井 7-0 徳島商 板東 英二(徳島商)
甲子園 第41回(1959) 西 条 8〈15〉2 宇都宮工 森本  潔(西 条)
第42回(1960) 法政二 3-0 静 岡 柴田  勲(法政二)
第43回(1961) 浪 商 1-0 桐 蔭 尾崎 行雄(浪 商)
第44回(1962) 作新学院 1-0 久留米商 木俣 達彦(中京商)
甲・西 第45回(1963) 明 星 2-1 下関商 池永 正明(下関商)
甲子園 第46回(1964) 高 知 2-0 早 鞆 衣笠 祥雄(平 安)★
第47回(1965) 三池工 2-0 銚子商 平松 政次(岡山東商)
第48回(1966) 中京商 3-1 松山商 三村 敏之(広島商)
第49回(1967) 習志野 7-1 広 陵 川藤 幸三(若 狭)
第50回(1968) 興 国 1-0 静岡商 新浦 寿夫(静岡商)

【注】カッコ内数字は延長イニング。

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蛭間 豊章

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