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2015年9月24日 (木)

ヤンキース伝説捕手ヨギ・ベラ氏、90歳で死去 日本移籍は幻

Photo ヤンキースなどで活躍した名捕手のヨギ・ベラ氏が22日(日本時間23日)に死去したと、同氏の記念館が発表した。90歳だった。複数の米メディアによると、老衰でニュージャージー州の自宅で亡くなったという。1946年のメジャーデビューから63年までヤ軍で、65年はメッツで計19年間プレー。史上最多のワールドシリーズ(WS)10度制覇を誇り、背番号「8」はヤ軍の永久欠番にもなっている伝説の捕手。

 ヤ軍のメジャー記録、49年からの「5年連続ワールドチャンピオン」を支えたのは、J・ディマジオでもM・マントルでもない。捕手として投手陣をけん引したベラだった。

 通算の盗塁阻止率は48・61%。強肩と言われたイバン・ロドリゲスでも45・68%だから、この面でもヤ軍の投手陣を救い続けた大ヒーロー。左打者に左投手を起用するツープラトンシステムの先駆者として知られる名将C・ステンゲルも、捕手・ベラに助言を求めたほどだ。

 173センチと小柄ながら、打っては通算358本塁打、1430打点で、3度のMVP。史上最多のWS出場14度、優勝10度のメジャー記録も勝負強さを発揮したからこそだ。これだけの本塁打を放ちながら、三振はシーズン最多が38個、通算414個と極端に少ない。初球から手を出す一方で、高めのボール球にもしばしば手を出す“悪球打ち”にも定評があった。

 メッツ監督時代には「全てが終わるまでは、終わりじゃない」の名セリフを残し、私生活では奇妙な言動が「ヨギイズム」と称されるなどニューヨーク・メディアにも愛された。飾らないその姿で、ヤ軍ファン永遠のヒーローだった。

 53、55年は選手として、74年はメッツ監督として、日米野球で来日。2004年はヤ軍の日本開幕戦で訪れた。61年には、パ・リーグ5位に終わった阪急(現オリックス)の岡野祐代表がヤ軍を通じ、この年22本塁打を放ちながら捕手で15試合の出場に終わったベラに移籍を打診。しかし、「メジャーでプレーし続けたい」と幻に終わった。もし、強打のベラが加わっていたら、史上初の現役一流大リーガー加入で、日本の球史も変わっていただろう。

 24日付け報知新聞「ヒルマニア」より。

【追伸】ベラは監督としても1964年ヤンキースと1973年メッツと、ニューヨークの2チームを優勝に導いている。
ただし、現役時代と違ってともに3勝4敗で世界一になっていない。

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蛭間 豊章

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