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2019年3月19日 (火)

米震撼イチローのレーザービーム〈1〉「伝説」へ押し上げたラジオ実況

  3月20、21日に東京Dで開催されるアスレチックス・マリナーズ戦は、さしずめメジャーを代表するレジェンド、イチロー外野手(45)の凱旋試合と言っていいだろう。01年、27歳だっ

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たイチローはマリナーズ移籍1年目にいきなり首位打者、盗塁王に輝いたがこの年、全米に最も強烈な衝撃を与えたのは「打撃」でも「俊足」でもない。「レーザービーム」だった。(構成・蛭間豊章)
 伝説はアスレチックスの本拠地・オークランドで生まれた。
 マリナーズが3点リードで迎えた8回裏の守り。1死一塁でヘルナンデスに一、二塁間を破られた。打球はメジャー特有の深い芝生に食われるようにして急激に失速していた。ア軍のワシントン三塁コーチは、一塁走者・ロングに向かってぐるぐると右手を回して、三塁への突進を指示した。次の打者は1番。100%の自信がなければ、GOサインは出せない状況だ。ロングはチーム屈指の俊足。確信を持っての指示だった。

そのときだ。右翼のフィールドで、猛然とダッシュする「新人選手」がいた。イチローだ。勢いよくボールをつかむと、すぐに小さなモーションで送球。白球は三塁で待ち構えるベルのグラブにノーバウンドで吸い込まれた。タッチアウトだ。
 ロングは「まさか」といった表情でぼう然と立ち尽くした。試合後、言った。「オレをアウトにするにはパーフェクトな送球が必要だったはずだ。それが…」
 マ軍のピネラ監督は「大砲から飛び出した弾丸みたいだ。素早く、そしてパワフルだった。デーブ・パーカーの送球も、こんな感じだったよ」と目を丸くした。1979年のオールスター戦で、右翼から弾丸のような送球で三塁、そして本塁と2度走者を刺して、MVPとなった伝説の強肩外野手の名前を挙げた。
 当時、本紙のマ軍担当として現地で取材していた尾谷和也記者は言う。「あの送球に『ワオ!』と歓声が記者席から湧き起こったのを今でも覚えている。開幕当時はまだイチローの実力に半信半疑だったから」
 イチローはこの年、「オリックスで7年連続首位打者」という看板を引っさげて、日本人選手初のポスティングシステムでメジャーに飛びこんだ。
 デビュー戦でアスレチックスを相手に2安打。4試合目のレンジャーズ戦では延長10回、メジャー初アーチが決勝2ランになるなど好スタートを切った。しかし試合の相手が西地区だったこともあり、時差のある東海岸の野球ファンからはほとんど注目されていなかった。
 そんな状況で生まれたイチローのワンプレーを「伝説」へ押し上げるきっかけとなったのは、ラジオから流れた、あるフレーズだった。当日、実況を務めていたリック・リズさん。イチローの強肩を興奮気味にこう伝えたのだ。
 「レーザービーム!」

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蛭間 豊章

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