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2018年8月14日 (火)

幸福駅での「お約束」

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 「TRANS・YEZO」(トランス・エゾ)は14日、第10ステージ(新得ー富良野 79.8キロ)に入りました。
 前日13日の第9ステージ(忠類ー新得 87.3キロ)は広大な十勝平野が舞台。途中、旧国鉄時代の広尾線・幸福駅(広尾線の廃線に伴い1987年2月に廃駅)を通過します。縁起の良さそうな駅名のため、幸せを願う観光客は自分の名刺を駅舎の壁に貼り付けることが「お約束」。トランス・エゾ参加者も必ず立ち寄って、旅の安全を祈念しています=写真=。
 襟裳岬から宗谷岬を目指す「toそうや」(約555.9キロ)の部に2年連続出場の根本孝寿さん(46)=北海道河東郡音更町=は参加者中、唯一の道産子で13日には地元・十勝をラン。「ここらは生活している場所ですが、北上していくと知らない所ばかり。去年はオホーツク海に着いて感激しました」と、北の大地の魅力を再認識しました。
 昨年は3日目から足が腫れてシューズが履けなくなって、「氷で足を冷やしなさい」と先輩ランナーからアドバイスされた根本さん。「昔からの知り合いみたいに親身になってくれ、うれしかった」。参加者同士が助け合う一体感も「走り旅」ならではのものでしょう。

2018年8月12日 (日)

宗谷岬へ北上555.9キロ

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 北海道を縦断する「TRANS・YEZO」(トランス・エゾ)は12日、襟裳岬から宗谷岬を目指す後半戦に入りました。
 前日の11日には「toえりも」(宗谷岬―襟裳岬 546.0キロ)を終えた人と、翌12日からの「toそうや」(襟裳岬―宗谷岬 555.9キロ)に出場する人の歓送迎会が行われ、一行は英気を養いました。
 12日の第8ステージは襟裳岬から忠類までの82.1キロ。初参加の谷水強さん(48)=広島県=が快調に飛ばしてます。北海道教育大函館校出身でサロマ湖100キロウルトラマラソンを17回完走した実績をもつ谷水さんは「準道産子」。「なじみのある北海道の景色を楽しみ、走ったことのない長距離を体験したい」と参加を決めたそうです。
 先月の西日本豪雨で大きな被害を受けた呉市の中学校で理科教師を務める谷水さん。職場と自宅の被害は免れたものの、給水所などでのサポートに追われました。「今回の水害で夏休みが早く始まったので、2学期は20日が始業式。18日までトランス・エゾを楽しみ、頭を切り換えて新学期に臨みます」と気合を入れてました。
  
 写真=霧が立ちこめる「黄金道路」(えりも町庶野―広尾町音調津の33.5キロ)。日高山脈が太平洋岸まで迫る難所で、黄金を敷き詰められるほど莫大な建設費用がかかったことから命名された

2018年8月11日 (土)

宗谷岬―襟裳岬546キロ終了

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 「TRANS・YEZO」(トランス・エゾ)は11日、第7ステージ(浦河ー襟裳岬、53.8キロ)を迎え、宗谷岬から襟裳岬までの「toえりも」(約546.0キロ)を終えます。
 前日10日の第6ステージ(富川―浦河、84.5キロ)は右手に太平洋を見ながら進む中、サラブレッドの生産牧場が次々と現れます。大狩部周辺の牧場では未来のGⅠ馬?も顔を出し、トランス・エゾ参加者の皆さんと記念写真に収まってました=写真=。
 今年は例年に比べて気温が高くなかったものの、夕方からの気温が1時間で6~8度も下がる日が多く、ランナーは体調管理が大変だったようです。明日12日からは襟裳岬から宗谷岬までの「toそうや」(約555.9キロ)がスタート。大会は18日までの後半戦に入ります。

2018年8月10日 (金)

必要な荷物を持ち運ぶ

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 「TRANS・YEZO」(トランス・エゾ)は9日、第5ステージ(栗山ー富川、72.1キロ)を終えました。前日の第4ステージ(北竜ー栗山)は宗谷岬から襟裳岬までの「toえりも」(約546.0キロ)の中で最長区間の87.7キロ。この間、29.2キロも続く日本一の直線道路があり、皆さん、苦戦していたそうです。
 北海道を縦断する「走り旅」は、行程中に必要な荷物を持っていくのがルール。少しでも軽くなるように、各自で工夫して本番を迎えます。
 最低限の荷物は①キャップ②Tシャツ2~3枚③短パン2枚、下着類④ソックス2枚⑤タオル、ティッシュ⑥ライト⑦携帯電話&充電器⑧薬(痛み止め、胃薬、抗生剤など)⑨テーピング用品⑩カード類(コンビニや郵便局で必要な金額をおろす)、現金など
 これらをリュックなどに入れ、道中で購入するペットボトル数本を含めて重さは3キロ前後とか。その日に着たものは宿舎で洗い、翌日用の衣類を着用して布団に入るそうです。
 
 写真=日高本線(鵡川ー様似間は廃線に)の枕木で一休み

2018年8月 7日 (火)

余力残しケアきっちり

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 「TRANS・YEZO」(トランス・エゾ)は7日、第3ステージ(羽幌ー北竜、85.3キロ)が終了。一行は日本海を右手に見ながら南下し、内陸部に入りました。
 北海道の大自然と食を楽しむ「走り旅」ですが、毎日80キロ前後の距離を2週間走り続けるのは大変。宗谷岬と襟裳岬を往復する「アルティメイト・ジャーニー」(約1101.9キロ)に8年連続出場の田畠実さん(60)=富山県=が、長丁場を乗り切る「極意」を語ってくれました。
 「1日で終わるウルトラマラソンはエネルギーを使い切れるけど、トランス・エゾは次の日のために余力を残し、必ずケアを行うことが大切。100キロ大会のペースが1キロ7~8分なら、ここでは10~12分まで落とす。その日の日程を終えると、氷でしっかり足裏を冷やすことも私の日課です」
 宗谷岬から襟裳岬を目指す「toえりも」(約546.0キロ)に4年連続出場の桂木正弘さん(61)=福岡県=も「秘けつ」を披露してくれました。
 「北海道の早朝は本州と比べて気温が14~15度も低い。体がよく動いて調子にのった人はすぐつぶれてしまうから、ゆっくり走ることが一番。僕の場合、足裏半分をテーピングし、足指の間にジェルを塗ってマメや水ぶくれができないようにしています」
 
 写真=日差しが強い日本海沿いを南下

2018年8月 6日 (月)

松浦武四郎への思い

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 北の大地を駆け抜ける「TRANS・YEZO」(トランス・エゾ)は6日、第2ステージ(幌延―羽幌、85.3キロ)に入りました。
 今年は1869年に探検家・松浦武四郎が「北加伊道」と名付けてから「北海道命名150周年」に当たる記念の年。トランス・エゾも北海道150年みらい事業に登録し、今回はその記念大会です。
 この日のコース途中にある天塩川は、かつて松浦武四郎が探索した「ゆかりの地」。先人のたどったルートに思いをはせようと、今回は天塩川沿いに河口まで続く砂利道約15キロをコースに加えました。
 「松浦が天塩川に着いた時、周囲は何もない原野だったはず。参加者の皆さんが土手の上から川や河口、日本海を眺め、当時の様子を思い浮かべて欲しいですね」と大会呼び掛け人の御園生維夫(みそのう・ゆきお)さん(52)。「今年は『150年』ですから、北海道らしい所をコースに散りばめてます」と話してました。
 
 写真=天塩川沿いを進むランナー(右前方に見えるのは利尻富士)

2018年8月 5日 (日)

宗谷岬から襟裳岬へ

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 北海道を縦断するウルトラマラソン「TRANS・YEZO」(トランス・エゾ)が5日、スタートしました。
 宗谷岬と襟裳岬を往復する「アルティメイト・ジャーニー」(1101.9キロ、5~18日)、宗谷岬から襟裳岬を目指す「toえりも」(約546.0キロ、5~11日)の一行が、気温17度の宗谷岬を午前5時に出発。猛暑続きの本州より10数度は低い環境下、第1ステージのこの日は77.3キロ先の幌延を目指しました。
 宗谷岬から斜面を上ると、広大な宗谷丘陵が広がってます。緑の牧草地で牛たちが草を食み、オホーツク海や日本海、利尻富士が見渡せる風景は、日本最北端ならではの感動もの。北の大地を走って見て何かを感じ、おいしいものを食べて地元の人と触れ合える「走り旅」なのです。
 ご主人とともに「toえりも」に初参加のF・Oさん(48)=東京都=は「今日は天気に恵まれ、何度も出場している先輩方も絶賛する景色が続きました。宗谷岬からはサハリンを、コース途中からは利尻富士を望め、テンションが上がりっぱなし。調子に乗ってしまい後半は痛みに耐えながら走りました」。初日の制限時間(14時間10分)内にゴールでき、「明日は8キロ長い85キロ。最後まで頑張りたい」と話してました。

 写真=宗谷岬を出発したランナーたち

2018年8月 4日 (土)

明日から北海道縦断トランス・エゾ

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 北海道の宗谷岬と襟裳岬を往復する世界最長約1101.9キロのウルトラマラソン「TRANS・YEZO」(トランス・エゾ)が、明日5日から18日まで開催されます。荷物を担いで北の大地を縦断する「走り旅」は今年で22回目。当ブログでは随時、大会の様子をリポートします。

 今回は宗谷岬と襟裳岬を往復する「アルティメイト・ジャーニー」(5日~18日)に6人、襟裳岬を目指す「toえりも」(約546.0キロ、5日~11日)に8人、襟裳岬から宗谷岬を目指す「toそうや」(約555.9キロ、12日~18日)に7人の計21人がエントリー。その多くがリピーターで、「トランス・エゾを中心に1年が回っている」という人ばかりです。
 トランス・エゾに興味をもち、参加を検討している方からは「故障もなく2週間も走れるの?」「どんな大会に出て準備すればいいの?」「1週間はOKだけど、2週間も休めないよ」といった声をよく聞きます。今回のリポートでは、そんな疑問に対する答えを出場者の皆さんに語ってもらおうと考えてます。ご期待下さい。

 写真=絵はがきのような美瑛町の丘を上る参加者たち(2013年の大会から)

2018年7月30日 (月)

富士登山競走 五郎谷悔しいV2

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 第71回富士登山競走(27日)からのリポートです。
 メインの山頂コースは、男子が2時間39分28秒で五郎谷俊(25)=コモディイイダ=、女子が3時間11分34秒で吉住友里(32)=MEDIFOAM=がそろって2連覇。ともに2位の選手を10分以上引き離し、次元の違う走りを披露しました。
 東洋大時代、2年続けて箱根駅伝の「山上り」5区を走った実績をもつ五郎谷。コモディイイダ陸上競技部の会沢陽之介監督(42)も「とにかく上りに特性をもった男」と才能を認め、2年前に富士登山競走デビュー。まず、五合目コースで大会記録を34年ぶりに更新する1時間17分5秒で、昨年は山頂コースを歴代2位の2時間31分34秒で制しました。
 今年は2011年に宮原徹さんがマークした山頂コースの大会記録2時間27分41秒の更新を目標に、試走を4回実施。富士吉田市役所から山頂までを1回、同市役所と五合目を2往復する強化トレを1回、五合目から山頂までを2回消化してきた五郎谷は「毎回、どこでタイムを削れるか研究してきました」と振り返ってます。
 それでも、大会記録どころか昨年の記録も下回る「惨敗」。山のスペシャリストは「富士山は1年1年、コースの形状が変化し、自然の厳しさを感じた。それに対応していくのがテーマであり魅力だと思います。今年の結果を踏まえて来年も挑戦したい」と、次回でのリベンジを誓ってました。
 五合目コース男子は同じコモディイイダ所属の山田雄喜(20)が1時間18分38秒の好タイムで優勝。表彰式では「五郎谷さんにポイントを教えていただいたおかげ。来年は山頂コースで憧れの先輩を倒させていただきます」と宣言。伝統のレースが、さらにヒートアップしそうです。

 写真=七合目を過ぎ、独走する五郎谷(後方は一般登山客、飯田貴紀さん提供)

2018年7月29日 (日)

富士登山競走 試走&階段上り

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 本日も27日に開催された第71回富士登山競走をリポートします。
 山頂コースは、前年までの五合目関門通過時間が2時間25分以内(第68、69回大会)、同20分以内(第70回大会)の参加資格タイムをクリアしたランナーしか出場できません。
 標高差約3000メートルを駆け上がる脚力が求められる部門ですが、毎年、ほぼ半数の方が途中の五合目、八合目などの関門を制限時間内に通過できず「完走」を逃しています。
 以下、山頂コースを完走できた方のコメントです。皆さん、すごい練習内容でした。

 T・O(48=3時間41分32秒、東京都)「前回のタイムを40分更新できた。ゴールした時の達成感と解放感が最高。自宅マンション12階の階段上り、試走は1回やって臨みました」
 米川景介(40=4時間1分43秒、茨城県)「山は天候が変わりやすく、頂上の方は寒かった。この日のために1年間、地元の筑波山のスピード登山を月2回のペースで消化してきました」
 森田圭輔(44=4時間3分14秒、岐阜県)「日本一の富士山を上ることは気持ちよい反面、すごくしんどい。五合目より先の上りを意識して、荒島岳や伊吹山の早歩きをよくやりました」
 中村久美(47=4時間14分51秒、東京都)「5度目の山頂コース。富士吉田市役所から同じコースをたどる試走を5回し、16階のオフィスに上がる時は階段を使うのが『お約束』です」
 今井妙子(45=4時間23分21秒、東京都)「3度目の挑戦で初完走。頂上でウルウルしました。坂道トレのほか、トレッドミルの斜度を15%に上げてのジョグ、試走は6回しました」
 佐藤みどり(53=4時間26分1秒、東京都)「昨年は22分台で今年は制限時間(4時間30分)ギリギリ。試走は2回したけど、ロードの部分がきつかったなあ。山は渋滞してました」※敬称略
 
 明日30日も富士登山競走をリポートします。

 写真=六合目を通過したランナー。呼吸が苦しそう(飯田貴紀さん提供)

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