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2019年7月 4日 (木)

サロマ湖ウルトラ 祝20回完走

2019

 本日も6月30日に開催された第34回サロマ湖100kmウルトラマラソン(北海道北見市、湧別町、佐呂間町)をリポートします。2000年の第15回大会から20年連続出場の朝井耕四郎さん(52)=東京都=が11時間33分0秒でゴールし、100キロの部20回完走者に贈られる称号「グランドブルー」をゲット。当ブログに完走記を寄せていただきました。

 スタート直前まで雨が降っていましたが、やがて晴天となりオホーツク海からの心地よい風がコースに吹き込む「サロマ」らしい気候が後押ししてくれ、昨年の記録を約20分短縮してゴールすることができました。
 この20年間は余暇と睡眠時間を削って練習を継続しながら、シングルファザーとして子供2人の育児と仕事の日々。すべてが両立できたかは分かりませんが、周りの手助けと地元の大会ボランティアの方々のおかげで続けてこられました。心から感謝いたします。
 私がサロマ湖100kmと出会ったのは、今から30年前の22歳の頃。オートバイにテントと寝袋を積み、初めて北海道ツーリングをした時のこと。初夏の早朝、背中にゼッケンを付けて国道238号線を淡々と走るランナーたちを見かけ、湧別町のガソリンスタンドの女性店員に「いったい彼らは何キロ走るんですか」と尋ねたところ「100キロよ、1日で走り切っちゃうんだから」と教えてもらいました。その頃、陸上同好会に所属しジョギングを始めていた私は10キロを約46分で走り切れるレベル。「1日で100キロ」ということが衝撃的で、それ以来、頭の片隅に残り続けました。
 走ることが楽しくなって、10キロ、ハーフと走る距離もアップ。初フルとなった1994年の河口湖マラソン(現富士山マラソン)を4時間32分で完走。そんな時、いつかの記憶がよみがえり、仲間から「絶対に無理だ」と言われながらも、ウルトラマラソンへ挑戦する体力作りの準備を始めました。
 99年の北海道旅行では余興として「自分は1日に何キロ走ることができるのだろう」とテーマを掲げ、約70キロを9時間で走り長距離に対する自信をつけました。翌2000年、サロマ湖100キロに初挑戦し、10時間24分52秒で完走を果たせました。
 ウルトラマラソンを走るようになると成果が表れ、05年の横浜ハーフマラソンで1時間21分、同年の荒川市民マラソン(現板橋Cityマラソン)で2時間57分43秒と自己ベストを更新できました。
 サロマ湖100kmのベスト記録は03年の8時間28分20秒、ワーストは01年の12時間31分49秒。一番、心に残っているのは暑さで意識が薄れる中、苦しみ抜いてゴールした05年のレースです。
 苦しい思いをしながらも参加してしまうウルトラマラソンの魅力って何なのでしょう。たとえ報酬をもらえたとしても、続けていくには割が合わないような気がします。原動力となるものは「やりなさい」と指示されるよりも「挑戦したい」と自ら思うこと。それこそが大きな「力」になると思います。
 自分自身が精進することで、それに見合った成長ができる―。そんな面白さを1人でも多くの仲間に広めたいと考え、ウェブ上でレースの様子を伝え、毎年、「サロマ」メンバーを募っているうちに今では十数名のグループで参加するまでになりました。同じ目的を持つ仲間が集まるということも楽しみのひとつです。
 サロマ湖100kmは私の人生を変えてくれました。心技体の「心」の部分が大きく、日常生活でも同じ効果が表れ、物事への取り組みに生かされています。精進することで心が強くなり、考える習慣がつきました。視野が広がり選択肢も増えて人生が豊かになりました。今後も精進して1回でも多くゴールゲートを潜り、スパイスの効いた人生を送っていきます。

 写真=レース後、笑顔でくつろぐ朝井さん

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