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ランナー

2019年3月 8日 (金)

80歳 連日20キロ走

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 「元気な80代」最終回は17日の板橋Cityマラソンで今季ベストを狙う市田進さん(80)=東京都=。「もういいやと思ったらおしまい」と戒め、連日、20キロのジョギングを行っています。

 市田さんの1日は午前中が仕事で午後はランニングが中心。仕事は月に20日ほど近所の駐輪場で働き、レースの遠征費などを稼ぎます。その後、日没前に1キロ6分30秒前後のペースで20キロの走り込み。「瞬発力が落ちてきたから、ゆっくりジョギングを休まず継続する」ことを心がけ、月間走行距離は600キロ前後になるそうです。
 今季のフルマラソンの成績は11月の神戸が3時間58分59秒、12月の青島太平洋が同58分2秒、1月の勝田全国が同55分30秒。最終戦が今月17日の板橋Cityで、「少しずつタイムを上げてきたので板橋は52分台が目標。1キロ5分30秒ペースでどこまでいけるか。風がないとうれしいね」と、さらなる記録向上を狙ってます。
 還暦記念で初フルを経験。予想外に走れたことで練習を続け、64歳でベスト記録の3時間1分44秒(荒川、現板橋City)をマークした市田さん。日々のジョギングに加え、週1回の30~40キロ走とレースより速いペース走を課し、全日本マラソンランキングの上位が「定位置」に。しかし、加齢とともに練習メニューは変化。76歳の時、練習時に転倒して右肩を強打したことで体調不良となり、負荷の高いポイント練習はやめ、ゆっくりジョグ中心の内容に変えました。
 「年をとったという事実は受け入れるしかない。ただ『80歳になったからもういいやと』と思ったらおしまいだから、毎日の20キロ走に挑戦しています。レースではスピードがない分、突っ込めなくなったけど、20キロ走のおかげで前半と後半のタイムがほぼ同じになった。最近は整理運動もするようになって、次の日にダメージや疲れが残らないようにしています」
 156センチ、50キロの小柄な大ベテランの楽しみはビールと焼酎水割りの晩酌。今月末に81歳を迎え、来月は大好きなボストンマラソンに11回目の出場となります。昨年は大雨で強風という悪条件の中、4時間22分10秒で80歳以上の部で1位となり、今年のエントリー費が無料になりました。
 「ボストンはラン仲間3人と一緒に頑張ってきます。タイムの落ち込み幅を抑え、あと2年はサブフォーをキープすることが今後の目標。欲を言えば85歳まで4時間を切りたいなあ。ほかにやることもないから走り続けますよ」 =おわり=

 写真=近所の公園内を走る市田さん

2019年2月27日 (水)

80歳 気力のサブフォー

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 「元気な80代」第7弾は、24日の世界遺産姫路城マラソンを3時間58分49秒で完走した中橋富雄さん(80)=奈良市=。今季3本目のフルでシーズンベストのサブフォーを達成しました。

 昨年2月の愛媛マラソンを3時間49分14秒で完走後、11月の大阪は4時間3分54秒で「初めて4時間を切れなかった」とショックを受けた中橋さん。12月の奈良も4時間33分16秒と低迷し、その突破口として昨年末からハーフの大会に3回出場。11月のあいの土山を1時間52分50秒、今年1月の十津川温泉郷を1時間52分34秒、2月のいかるがの里・法隆寺を1時間45分44秒と次第に調子を上げ、24日の姫路城マラソンに臨みました。
 姫路城の目的は「サブフォー」。さらに、全日本マラソンランキング1位(17年度79歳=3時間47分4秒、大阪)を死守するため、「3時間45分」がターゲットに。そんな熱い「おじいちゃん」の背中を、ずっと追ってきたのが同じ奈良市民走ろう会の吉川泰子さん(60)。彼女も今季、故障が長引き姫路城が4時間切りのラストチャンスとなり、「おじいちゃんにも勝ちたい」と闘志を燃やしてました。
 姫路城での師弟対決は、中盤まで中橋さんが先行。29キロ過ぎで吉川さんが追いつき「じいちゃん来たよ。行くよ」と声をかけると中橋さんが再びリード。34キロ付近で歩き出した師をとらえた弟子は「これ飲んで追いかけてきて」とジェルを手渡し。「敵に塩を送って先に行きよった」と嘆く師を一気に引き離し、弟子は3時間54分20秒でゴールしました。
 右アキレス腱、ふくらはぎを痛めていた中橋さんは、40キロ地点でペーサーが引っ張るサブフォー集団に抜かれて「これはいかん」。残り2.195キロを12分18秒で盛り返し、3時間58分49秒でフィニッシュできました。
 54歳の時、単身赴任先の愛媛・松山市でダイエット目的でランニング開始。57歳でトライアスロンも始めて心肺機能を高め、64歳でマークした3時間4秒がベスト記録に。73歳で腎臓がんが見つかり腎臓一つを、75歳で胃がんを発症して胃の3分の2を摘出。それでも「腎臓は二つ、胃は3分の1が残ってる。体重が減ってよかった」と前向きにとらえ、いつでも最善を尽くすのが中橋流です。
 毎朝、6時からの7~8キロのジョギングが日課。春からは夕方も走り込んでマスターズ陸上に挑み、秋以降のフルマラソンに備えます。「今回は吉川に抜かれたけど、また背中を見せたる。今年以上の成績が来季の目標ですわ」。奈良のおじいちゃんはバリバリの現役です。

 写真=姫路城マラソンに出場した中橋さん(右から2人目。左端が吉川さん)

2019年2月13日 (水)

83歳 100キロの夢再び

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 「元気な80代」第6弾は中野陽子さん(83)=東京都=。80代の女性の中ではずば抜けて速く、新聞やテレビ、専門誌などに引っ張りだこ。最も有名な高齢者ランナーの「今」を報告します。

 上の写真は2011年6月のサロマ湖100キロウルトラマラソンに初出場し、12時間30分10秒でゴールした中野さん(カメラのタカハシ提供)。70歳で走り始め、75歳で100キロ完走を果たして一躍「時の人」になりました。
 中野さんはマスターズ陸上でも活躍。「80―84歳」のカテゴリーでは800メートル(m=3分30秒)、1500m(6分52秒)、3000m(14分27秒)、5000m(24分44秒)、1万m(51分46秒)、フルマラソン(4時間11分46秒)のトラック、ロードの計6種目で世界記録を打ち立てました。
 彼女の1週間は走る日が3~4日(ロード2~3日、トラック練習1日)、スポーツセンターでのストレッチ1日、完全休養2日で、月間走行距離は約200キロとか。毎週1日は近所の特養ホームに出向き、リネン係として働いてます。
 「マラソンを通じた友人は20代から60代が多く、若くて元気な方が多い。反面、一般的なこととは違った感覚になりがちなので、自分の年代に近い方のいる特養ホームで働いて年相応の生活感や考え方に接するようにしています」
 20代後半からスキーに打ち込み、準指導員の資格も取得。その影響から70歳で走り始めた際も、まず、ランニング教室で基本を学んで記録を伸ばしてきました。71歳で迎えた初フルは4時間44分(06年、ホノルル)、73歳でマークした3時間49分(09年、北海道)がフルマラソンベスト記録です。
 それでも70代後半から記録は低下。昨年末に83歳となり、「以前は1キロ5分30秒でいけたのに、今は6分も楽ではない。記録が伸びてたころは雨が降っても走ってたけど、最近は『雨か、やめようか』。普通にこなしてた30キロ走も、せいぜい20キロになっちゃった」
 来月3日は東京マラソンに出場。その後、4月は日立さくらロードレース、燕さくらマラソン、5月は仙台国際ハーフマラソン、6月は利尻島1周55キロと、ハーフ3本とウルトラレースに出場予定です。
 「利尻島は今回が10回目の出場。前夜祭と後夜祭を楽しみ、人とのつながりができた。孫のようなラン仲間もいっぱいできてマラソンの輪が広がった。体は衰えてきたけど、今後は行ったことのない土地の大会に出たい。体調が良ければ100キロをもう1回、走ってみたいとも思ってます」
 153センチ、40キロ。小柄な「レジェンド」には夢の続きがありそうです。

2019年2月 7日 (木)

82歳 古河で6時間切り

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 「元気な80代」第5弾は、来月の古河はなももマラソンで6時間切りを目指す蓮尾和世さん(82)=千葉県=。タイムは確実に落ちてきましたが、ベストを尽くしてレースに臨みます。

 50代になって「運動がしたい」と水泳を始めた蓮尾さん。「カナヅチ」状態から上達し、マスターズ水泳の会員に。400、800メートルなどの長距離が得意種目となり、何度も年代別1位に輝きました。
 60代中盤、スポーツジムの若い仲間がランニングのことを楽しそうに話すのを聞き、「私も走ってみたい」。国際女子マラソンの出場資格をもつ女性にコーチを頼み、毎週1回、近所の公園で走り始めました。5キロ、10キロ、ハーフとレースの距離も次第にアップ。70歳になった2006年、翌07年の第1回東京マラソンの当選通知が届きました。
 初フルとなったその東京は5時間38分34秒で完走し、「60代の友人と手をつないでゴール。頑張ってきてよかったと感動しました」。その後、年2回はフルマラソンに挑戦するようになり、09年の東京では4時間42分18秒のベスト記録をマーク。「自分の課題を練習やケアなどで一つ一つ克服していくこと。もっと速く走りたい、長く走り続けたいと思える」マラソンの魅力に取りつかれました。
 もっとも70代前半で発症した左足の変形性ひざ関節症が次第に悪化。80歳で迎えたつくばマラソンは5時間26分41秒、82歳で出場した昨年の福岡マラソンはワースト記録の6時間4分33秒と不本意な結果が続いてます。
 「年相応の老化は受け入れてきましたが、福岡では初めての6時間台で恥ずかしかった」。来月10日の古河はなももマラソンが雪辱の舞台となります。
 現在は毎週木曜日に50代の女性と20~30キロ走。週2~3回、1人で10キロ前後を走り込んでます。月1回の鍼灸医院、左ひざのヒアルロン酸注射で体をケア。料理の際はカルシウムや鉄分などを取るように工夫しています。
 「古河では6時間を切りたい。全日本マラソンランキングに載るタイムは5時間台にしたい」と意気込む蓮尾さん。「こんなに頑張れる自分を今まで見たことがなかったから、マラソンはずっと続けたい。家事はいつでもやめられるけど、マラソンはゴールを目指すしかないでしょ。あと1か月、最善を尽くします」
 ご主人と娘3人、孫4人に囲まれる優しいおばあちゃんが、勝負モードに入ってきました。

 写真=近所の公園でジョギングする蓮尾さん

2019年2月 1日 (金)

87歳 東京への誓い

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 「元気な80代」第4弾は熊本道夫さん(87)=埼玉県=。60代で陸上競技を本格的に始め、米寿の年に迎える来月の東京マラソンで5時間切りを目指しています。

 中学校から大学までテニスや野球、ボクシングに打ち込み、「体育会系」だったという熊本さん。サラリーマン時代は登山に明け暮れ、国内の3000メートル級の山々をすべて登破。定年後にはカナダのバンフ近くにある登山学校に入学し、見聞を広めてきました。
 「若い時から運動に取り組み、ずっと走り続けてきた」ことで、61歳からマスターズ陸上の会員に。これまで800、1500、3000、5000、1万メートルのトラック種目に加え、5キロや10キロ、ハーフ、フルのロード種目に挑戦。現在はM85(85~89歳)の部で10キロ(56分24秒)、ハーフ(2時間10分12秒)、フル(4時間48分17秒)の日本記録保持者です。
 初フルは64歳の時、網走マラソンを3時間46分10秒で完走。翌年のボストンマラソンが100回目の記念大会と知り、出場資格を取るために出場しました。ボストンも3時間台の記録でゴールし、「沿道の家の前にテーブルが並んで料理が振る舞われ、ガソリンスタンドでバンド演奏があったりと、街をあげての応援に感動しました」。
 70代に入ると、世界7大陸の最高峰を制覇した米国人の著書に感動。その後、アコンカグア(6962メートル=m、アルゼンチン)、デナリ(6190m、米国)、キリマンジャロ(5895m、タンザニア)、エルブルス(5642m、ロシア)、コジオスコ(2228m、豪州)の5大陸5峰の登頂に成功しました。
 この間、74歳で出場したつくばマラソンで3時間23分34秒のベスト記録をマーク。山とマラソンで輝きを放つ一方、悲しいできごとを乗り越えてきました。66歳の時、妻・俊子さんが心不全のため64歳で死去。「あれが人生唯一の計算違い。つらかった分、頑張ってこれたと思う」
 現在は20代のお孫さん2人と同居。おじいちゃんが家事全般を受け持ち、チキンのトマトケチャップ煮込み、ポークリブなどの手料理が喜ばれています。
 毎日10キロの走り込み、早大スポーツ科学部のグラウンド(埼玉・所沢市)が拠点の「ワセダクラブ」の練習会で、来月の東京マラソンに向けた調整を続ける熊本さん。「東京は右ひざが痛くならなければ5時間を切りたい。毎日、女房に『東京を完走させてくれ。お迎えはその後にしてくれ』とお願いしてるんだ」とか。大丈夫、きっと奥さんが背中を押してくれますよ。

 写真=マイコースの所沢航空記念公園でくつろぐ熊本さん 
 

2019年1月24日 (木)

81歳 ゴールはおまけ

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 「元気な80代」第3弾は、「山」から「ロード」に軸足を移した鈴木昌男さん(81)=東京都=。左ひざと心臓の手術を乗り越え、「スタートできれば十分。ゴールはおまけ」とレースを楽しむことを心がけています。

 「日本百名山」登頂を目指していた鈴木さんは50代後半、山仲間に勧められて高島平走友会に入会。「まず、足腰を鍛えなさい」と、東京湾までの往復約20キロを週1回、自転車で走破することを指導されました。素直に従った後、大会に出場し始めると「走ることが面白くなってきた」。登山は二の次となって、80を超えていた「日本百名山」登頂は70歳直前まで持ち越されました。
 60歳の時、荒川市民マラソン(現板橋Cityマラソン)で迎えた初フルは4時間24分台で完走。その後、LASTOP(ラストップ=昭和の最後と平成をつなぐ意味)、千代田走友会に入会。ともに皇居を拠点とするランニングクラブで、ラン仲間が一気に増えたそうです。
 鈴木さんは65歳の時、つくばで3時間24分31秒の自己ベストをマーク。年とともにタイムは低下したものの、76歳で出場したホノルルでは4時間22分49秒で「75―79歳」の部1位に輝きました。
 77歳になって左半月板を損傷。「必ず復帰したい」と、治療に定評のあった千葉県内の病院で手術とリハビリを受け、入院は1か月に及びました。79歳で心臓の血管が細くなっていることが判明し、血管を広げる心臓カテーテル手術も経験しました。
 昨年10月の新潟シティマラソンは6時間3分40秒でフィニッシュ。故障と病気の影響は大きかったようですが、本人は「80を越すとフルを走る人がガタッと減る。だけど僕にはおだててくれる仲間がいるから、走れるうちは走る。タイムは気にせず楽しく楽しくね。スタートできればいいんだ。ゴールはおまけだよ」と楽観的です。
 現在、ジョギングは夕方を中心に週4回。スポーツジムには週3回通って、腹筋背筋をマシンなどで鍛えています。今年のフルは古河はなもも(3月)、かすみがうら(4月)、いわて奥州(5月)にエントリー済み。大ベテランは42.195キロを走り抜く「コツ」を披露してくれました。
 「目標は具体的に立てた方がいい。僕は今年、1キロを6分59秒で走る。うまくいけば5時間を切れる計算なんだ。レース中にはキョロキョロすること。あの人の走り方は美しい、この人の脚はきれいだ、景色が目に染みるとか、周りを見ていると楽しくなりますよ」

 写真=皇居周辺を走る鈴木さん

2019年1月21日 (月)

82歳 仲間と過ごす幸せ

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 今月7日にアップした猪又佐枝子さん(84)=北海道札幌市=に続く「元気な80代」第2弾です。今回は73歳で初フルを迎え、「走ることが楽しくてしょうがない」という中村克郎さん(82)=千葉・浦安市=を紹介します。

 65歳で退職後、健康のため近所のスポーツジム通いを始めた中村さん。トレッドミル上でのウォーキングにあき、屋外でのジョギングを取り入れたことが転機となりました。東京ディズニーランド周辺を走っていた時、地元の浦安ランナーズクラブ(RC)の会員と知り合い、72歳で同クラブに入会。そこから「人生が変わった」そうです。
 年齢や性別、職業などは関係なし。楽しく走って親睦を深めることが目的のクラブ活動が新鮮で、「毎日、がむしゃらに走るようになった」。73歳の時、つくばマラソンで初フルを迎え、4時間21分16秒で完走。その後、北は別海町パイロットから南は青島太平洋まで全国の大会へ。76歳で出場した、しまだ大井川マラソンinリバティでは4時間18分4秒のベストタイムを記録するなど、年を重ねての「青春」をエンジョイしてきました。
 浦安RCに入会して間もなく10年。多くの仲間ができ、「若い人に教えてもらった」というスマートフォンを自在に操り、FBの「お友だち」は150人を突破。「中村さんはFBへの書き込み、いいね!を押す回数が多い」(浦安RC関係者)と、そのマメさと気配りが人気とか。
 3年前、80歳の誕生日記念に出場した小布施見にマラソンでは、思わぬサプライズも。遠い長野県、早朝6時スタートだったものの、沿道には浦安RCのメンバー8人がスタンバイ。応援団の声援に背中を押されてハーフを2時間11分49秒で駆け抜け、80歳以上の部で1位に輝きました。「これが一番うれしかった。仲間に囲まれ、モチベーションを維持できる環境にいられる幸せを感じてます」。しみじみと話す口調に実感が込もってました。
 一方、昨年11月の大阪マラソンは33キロ過ぎに左足首を痛め、不本意な5時間20分42秒でゴール。その故障が長引き、今は走ることはセーブし、左右合わせて4キロのダンベルを使ったスクワットなど、筋トレ中心の毎日です。
 日本酒1合半の晩酌、週1回のステーキ、囲碁のインターネット対局を楽しむ中村さん。「囲碁は米国や中国、ドイツなどに対戦相手がいて、7~8時間、パソコンに向かっていることもあります。足は秋の大会までにきっちり治したい」。焦らず自然体で「復活」に備えています。

 写真=東京湾の堤防沿いを走る中村さん

2019年1月 7日 (月)

84歳 名古屋に挑む

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 2019年の「ランナーズ報知」は、本日7日からスタートします。新年の第1弾は北海道札幌市からのリポートです。

 猪又佐枝子さんは84歳。昨年3月の名古屋ウィメンズマラソンを6時間19分37秒で完走し、17年度の全日本マラソンランキングの女性最高齢者(83歳)となりました。このタイムは自身のベスト記録で、「私にはまだ伸びしろがある。もっと頑張りたい」と元気いっぱいです。
 高くなってきた血圧を下げるため、高齢者が走っていたことに刺激を受けて60歳で走り始めた猪又さん。1年後には5キロのレースに出場し「毎日が楽しくなった」。33歳で胃の3分の2を切除し、血清肝炎や急性すい炎などを患ったものの、ランニングが習慣となって「病気もどこかに飛んでいっちゃった」
 ハーフの記録は77歳で2時間6分台までアップしましたが、「ハーフはもう伸びない」と判断してレースはフル中心に。地元の北海道マラソンで初フルを迎えたところ、3年連続で25キロ地点の関門(3時間9分)につかまり悔しい思いをしました。その後、名古屋ウィメンズを走る二女の深澤康代さん(58)の応援に行くと、「ここだったら制限時間が7時間だからいけそう」と新たな目標を見つけました。
 2014年の名古屋ウィメンズは長女の金野実佐子さん(60)、二女の康代さんと親子3人で参加。娘たちは4時間台で、猪又さんは6時間24分で完走を果たしました。以後、家族での名古屋遠征が恒例行事となり、お母さんは少しずつ記録を伸ばしてきました。
 現在は会社員の康代さんと2人暮らしで、猪又さんが家事すべてを担当してます。起床は午前5時。バナナとお茶を取って6時半からテレビ体操し、夏場は6時50分から冬場は9時からのジョギングが日課です。雪の多いこの時期は、大きな交差点にかかる融雪装置の付いた歩道橋もコース。その歩道橋は1周200メートルのループ状になっていて、猪又さんは毎回50周をノルマにしています。
 今年3月の名古屋ウィメンズも母娘3人で参戦。「私はせっかちでじっとしているのが苦手。走っている時は束縛されないし、好きなことも考えられる。気分がいいのよ」と猪又さん。実佐子さんは「ママの前だと年のことや病気のことは言えません。『できない』とも言えないけど、すごく元気をもらってます」と楽しそうでした。

 写真=札幌市内の雪道を走る猪又さん

2018年4月25日 (水)

壽屋・稲田 3年目の誓い

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 順大時代に箱根駅伝に3回出場し、2年前に大手ホビーメーカー・壽屋(コトブキヤ)に就職した稲田翔威(24)が、22日に開催された東日本国際親善マラソン(神奈川・相模原市、ハーフ)を1時間7分7秒で制しました。
 快晴で気温が30度まで上がる状況下、前半2キロ付近でトップに立ってからは「1人旅」。「1キロ3分10秒ペースで押していく」というレースプラン通りに走り切り、2位に6分以上の大差をつける圧勝劇でした。
 この2年間、フルマラソンを7本消化。自己ベストが2時間22分50秒(2017年、東京)と伸び悩み、今季から年間スケジュールを一新。これまで出場してきた北海道や函館などの「夏フル」は見送り、ハーフやトラックレースを中心にして秋以降のフルに備えることにしました。来月は13日に富士裾野高原マラソン(ハーフ)、19日に東日本実業団陸上競技選手権(1万メートル)に出場してスピード強化を図ります。
 今月上旬、都内で行われた3千メートルの記録会では8分33秒をマーク。稲田は「良い滑りだしを切れたと思います。出た大会は優勝を狙っていきたい」と意欲を燃やしています。
 
 写真=表彰台の中央に立った稲田

2018年4月 3日 (火)

山口衛里 まず「6時間走」

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 本日も先月に開催された「トレーニング&コンディショニング シンポジウムin大阪 ~高機能食品がスポーツパフォーマンスを支える~」(報知新聞社後援)の様子をリポートします。
 男子マラソンの前日本記録保持者の高岡寿成・カネボウ化粧品陸上競技部監督(47)、シドニー五輪女子マラソンで7位に入賞した山口衛里・環太平洋大女子駅伝チーム監督(45)、日本陸連科学委員長として五輪などを支援してきた杉田正明・日体大教授(52)によるパネルディスカッションでは、山口監督の現役時代の練習方法が明かされ注目を集めました。
 本格的なマラソントレーニングに入る前は、まず「6時間走」を1人で取り組んでいたという山口監督。その目的は「体にきつさを覚えさせる体作りの一環で、ペースは1キロ5分でした」。会場に集まった約150人のほとんどが一般ランナーだったこともあり、場内からは「へぇ~」「そうなんだ」といった声が聞こえました。
 トップ選手が大会に向けて行う40キロ走に関しては、「私はマラソンを10本走ってます。その半分は40キロ走を数本入れて臨みましたが、結果が出ない。ある時から40キロ走を1本にし、20キロや30キロを増やしたら結果がついてきました」。一般ランナーに共通する山口監督の話に、また「へぇ~」という声が聞こえてきました。
 このシンポジウムの詳細は明日4日のスポーツ報知で紹介します。

 写真=熱弁する山口監督(右は日体大の杉田教授)

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