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2017年2月24日 (金)

金曜8時のプロレスコラム

 21日にホテルオークラで行われたアントニオ猪木参院議員(74)の誕生パーティー「なにも74(なし)バースデーパーティー」に行ってきた。「驚くべき場所での格闘技イベント記者会見」と案内されたからだった。私のように甘い蜜に吸い寄せられた記者が多数集まった。
 記者の間では、「北朝鮮か」「まさかイスラム国?」との憶測が飛び交っていたが、発表は「猪木世界平和プロジェクト ファイト&ピース イン パキスタン」だった。3月23日にパキスタンとインドの国境の町、ワーガで格闘技イベントを開催するという。ワーガは、1947年にインドとパキスタンが分離独立し、東半分がインド、西半分がパキスタンに属することになった町。国境は「アジアのベルリンの壁」と呼ばれているという。
 猪木氏の「平和の祭典」と言えば、1990年のイラクが有名。湾岸危機による邦人人質解放のきっかけになったとされるイベントだ。95年と2014年には北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)でも開催している。
 パキスタンは、ベストセラー「1976年のアントニオ猪木」(柳澤健著)の題材にもなったアクラム・ペールワンとの死闘で縁がある地。そこに「平和の祭典」で行くというから、議員として、そして人生の総決算になるかもしれない。「行けるときに行っとかないと、次はないかもしれません」と語ったように、74歳になった自身をしっかり見つめているようだ。
 パーティーでは「完」という字をしたためた。本名の猪木寛至(かんじ)の「寛」は実は「完」だったが、届けた時に手違いで「寛」になってしまったというエピソードを披露した。プロレスラーを引退したのが98年だから来年で20年になる。辞めてからも総合格闘技の「INOKI BOM-BA-YE」をブームにするなど常に主役であり続けた。「元気ですかー!」と国会で注意されながらも叫び続けている猪木氏が、完に至る日は来るのだろうか。(酒井 隆之)

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