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2017年4月

2017年4月29日 (土)

昭和の日に昭和町にて

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 大阪の実家に帰ろうと歩いていると、風に乗って歌声が…。この声は、もしやと歌声が聞こえてくる桃ケ池公園に行くと、やっぱり。憂歌団のボーカル・木村充揮が青空ライブをやってました。

 “天使のだみ声”と呼ばれる木村サンの味のある声は聞き間違えるはずがありません。地下鉄・御堂筋線の「昭和町」駅界隈は、昭和の日にちなんで「どっぷり、昭和町。」というお祭りをやっていたのでした。今年で12回目らしいのですが、東京に転勤して23年、この時期に帰阪する機会はありませんでした。パンフレットには昭和92年と書かれていました。

 それにしても木村サンは63歳になっても変わらない。「おそうじオバチャン」「胸が痛い」「嫌んなった」など大阪を代表するブルースバンド、憂歌団のナンバーを、かつて少年時代に野球をしたグラウンドで聞ける幸せに浸りました。ギターを弾いて叫ぶ木村サンの足元にカップ酒が置いてあったのを見逃しませんでした。昭和、バンザイ。

2017年4月28日 (金)

「ギブUPまで待てない!」30周年…金曜8時のプロレスコラム

 今年は新日本プロレスと全日本プロレスの旗揚げ45周年イヤーである。我々マスコミは何周年というのが好きだ。あまり騒がれていない〇〇周年を発掘するのはもっと好きである。そこで、誰も騒いでいない隠れ周年を探してみた。1987年4月、テレビ朝日系「ギブアップまで待てない!ワールドプロレスリング」スタート。ちょうど30周年である。
 火曜の夜8時、わずか半年で終わった幻の番組。発売中の「新日本プロレスぴあ2017 45周年メモリアルBOOK」(ぴあ)にある「新日本プロレス1972-2016 激動と伝統の45年史年表」にも載っていない裏面史。タレントの山田邦子(56、当時は26)をMCに、スタジオとプロレス会場を二元中継するスポーツバラエティーの先駆的番組だった。
 ちょうど古舘伊知郎アナウンサー(62、同32)がフリーになって各局バラエティーから引っ張りだこになり、3月にプロレスを卒業した節目での新機軸だった。古舘アナが新日本のプロレスを「超過激」と喧伝(けんでん)してきた時代背景を考えると、バラエティー化はかなりの冒険だった。
 その危険性は、山田邦子とゲストとして登場した国内デビュー目前の馳浩(現衆院議員55、同25)とのスタジオトークで爆発する。山田「控え室で血なんかすぐ止まるもんなんですか?」、馳「つまんない話聞くなよ! 止まるわけないだろ」しばし沈黙…この寒いやりとりは伝説になっている。
 決して黒歴史だけではない。オープニングとエンディングのテーマ曲をボーカル入りの楽曲にしたのは悪くはなかった。当初は男闘呼組、そして久保田利伸が担った。久保田のエンディング「Missing」は、なぜかマッチしていた。10月から番組が月曜夜8時の「ワールドプロレスリング」に戻ってもチャゲ&飛鳥を起用するなど、プロレス中継のイメージを変えた。
 30周年を記念したわけでもないだろうが、今年の1月24日、東京・後楽園ホールで山田邦子が、プロレスリング・ノアとの合同興行「新春やまだかつてないNOAH」を開催した。プロレスと演芸をミックスさせたイベント。ノアの小峠篤司(31)がピコ太郎の扮装でリングに上がり、邦子がスイカ仮面「925」になったり…。プ(ロレス)女子にはウケていた。「今になってみんな私と馳先生を対談させたがってるみたいなんだけど、お忙しいようで、なかなか実現しないんですよ」と邦子は教えてくれた。
 3月13日未明に放送され、話題になったテレビ朝日系「史上初!現役・OBレスラー200人&ファン1万人が選ぶプロレス総選挙」のスタジオ風景は、30年前に「ギブアップまで待てない!」がやりたかった理想かもしれない。松井珠理奈(20)や鈴木奈々(28)ら女性タレントとのトークを照れながらもスマートにこなしたIWGPヘビー級王者、オカダ・カズチカ(29)には好感が持てた。彼らが生まれる前の昔話をしてもしょうがないか。(酒井 隆之)

2017年4月27日 (木)

「ゴング格闘技」休刊

Img_9912  月刊格闘技専門誌「ゴング格闘技」が休刊することになり、27日に東京・神田神保町の「書泉グランデ」で行われた「愛読感謝トークイベント」を取材しました。

 伝説の格闘家・中井祐樹氏、松山郷編集長、藁谷浩一元副編集長が思い出を振り返りました。

 私にとっても思い入れのある雑誌で、最終号が刷り上がった19日に編集長インタビューをしたばかりです。トークショーでは1986年の創刊号が紹介されましたが、高校生だった私はそれを買っています。今でこそ、プロレスと一線を画していますが、プロレスと格闘技が同居していた初期のゴン格は好きでした。

 中井氏は学年が1つ下で、私と同じくプロレスに憧れた少年でしたが、技を追究するあまりにそこから脱却しプロレスと格闘技の線引きを明確にした第一人者となりました。

 最後まで聞いていたかったのですが、同時間帯に後楽園ホールで行われた初代タイガーマスク(佐山サトル、かつての中井氏の師匠)のリアルジャパンプロレスに移動し、掛け持ち取材となりました。中井氏のようにストイックになれないミーハー視点のマスコミ人を自認せざるを得ません。

「ゴング格闘技」300号で休刊…松山郷編集長に聞く (4月22日 11:00) 

休刊する「ゴング格闘技」最後のトークショーに中井祐樹氏「何を言ってもさみしい」 (4月27日 20:59)

佐山サトル「80年代のタイガーマスクを育てます」…2代目スーパータイガーは王座奪回ならず (4月27日 21:46) 

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