ブログ報知

スポーツ報知ブログ一覧

« 2017年3月 | メイン | 2017年5月 »

2017年4月

2017年4月27日 (木)

休刊する「ゴング格闘技」最後のトークショーに中井祐樹氏「何を言ってもさみしい」

 月刊格闘技専門誌「ゴング格闘技」の300号(6月号、イースト・プレス、1150円)発売と、その号をもって休刊することを記念して27日、東京・神田神保町の「書泉グランデ」で、「愛読感謝トークイベント」が開催された。
 “ひとまず最終号”の表紙を飾った日本ブラジリアン柔術連盟・中井祐樹会長(46)をゲストに、“ひとまず最後の”編集長・松山郷氏(49)、元副編集長の藁谷浩一氏(47)が1986年に創刊された同誌のバックナンバーとともに思い出を振り返り、定員となる50人の読者と格闘技を熱く語り合った。
 近年は総合格闘技の専門誌として定着していた「ゴン格」だが、プロレス・ボクシング・キックボクシング専門誌の月刊「ゴング」がルーツだけに、当初はアントニオ猪木や前田日明らプロレスネタが売り物だった。流血した大仁田厚の表紙が紹介されると会場から笑いが起こり、時代の流れを感じさせた。
 格闘技とプロレスの線引きを明確にした存在として知られる中井氏は「藤原喜明さんとの対談が印象に残っています。(同誌で)対談を受けてくれた唯一のUWF系の方でした」と振り返った。さらに「松山さんが編集長になって『ナンバー』(文藝春秋のスポーツ総合誌)っぽくなった」と格闘家がトップアスリートとして認識されるようになったことを同誌を通じて感じていたようだ。そして「何を言ってもさみしい」としみじみ。松山氏と藁谷氏は、イースト・プレスの編集者としての仕事を続けるそうで、「ゴン格」の公式ツイッター、公式フェイスブックで格闘技情報を発信し続けることを約束した。

2017年4月22日 (土)

「ゴング格闘技」が休刊

 1986年に創刊された月刊格闘技専門誌「ゴング格闘技」が22日発売の300号(6月号、イースト・プレス、1150円)をもって休刊することになった。節目の最新号が刷り上がったばかりの編集部に松山郷編集長(49)を訪ねた。
 「ゴン格」は、プロレス・ボクシング・キックボクシング専門誌の月刊「ゴング」がルーツだ。2007年に日本スポーツ出版社が事業停止になったことで、プロレスの「ゴング」と格闘技の「ゴン格」は路頭に迷ったが、「ゴン格」をイースト・プレスとつなげて軌道に乗せたのが7代目の松山編集長だった。
 「お祭り号にするつもりはなかったんです」記念号は表紙を並べて総集編にするのが一般的だが、松山編集長のこだわりは、表紙にあった。中井祐樹氏(日本ブラジリアン柔術連盟会長)のモノクロ写真に「格闘技への提言。」というタイトル。中井氏こそ、プロレスと格闘技の線引きをした人だ。提言は中井氏や全日本柔道男子監督・井上康生氏、総合格闘家・青木真也、北岡悟らが熱い思いを語っている。
 ライバル誌だった「格闘技通信」(ベースボール・マガジン社、2010年に休刊)の谷川貞治元編集長と「ゴン格」元編集長の熊久保英幸氏を登場させて「ノーフェイク」(八百長は扱わない)をどう築いていったかを振り返っているのは、興味深い。
 休刊は廃刊とは限らないが、今後の可能性について「とりあえず見直しです。アマチュア人口は増えているし、世界的人気も高い。格闘技の火は消えません」と松山編集長。商標を持つ同社を去るわけではなく、編集者として文芸書を担当するといい、復刊の余地は残る。「ゴン格」の公式ツイッター、公式フェイスブックは余力がある限り続け、リサーチは怠らないつもりだ。
 “最終号”で書き尽くせなかったこともあり、27日午後7時から、東京・神田神保町「書泉グランデ」で、「『ゴング格闘技』300号メモリアルの愛読感謝トークイベント」を開催する。中井祐樹氏をゲストに、松山編集長と藁谷浩一元副編集長が参加する。残り火をもらいにいこうか。(酒井 隆之)

2017年4月21日 (金)

超満員連発! チャンピオン・カーニバルを再燃させた秋山準社長…金曜8時のプロレスコラム

 今年旗揚げ45周年を迎える全日本プロレスの伝統的シリーズ「チャンピオン・カーニバル」の開幕戦(16日)は、東京・後楽園ホールを超満員にする大熱狂ぶりだった。1588人の札止め。後楽園では、いつもはバルコニーから写真を撮りながらリングを見るとが多いが、この日はバルコニーも割り込む隙間がない。仕方なしにいつもは利用しない記者席に座ったほどだった。
 メインイベントの勝者、諏訪魔(40)が報道陣の取材を受けている時、反対側のバックステージで秋山準(47)が後援企業などの対応で名刺交換していた。秋山は全日本プロレスを運営するオールジャパン・プロレスリングの社長だ。全日本の社長は創業者のジャイアント馬場から始まり、王道を継承した三沢光晴が辞任してプロレスリング・ノアを旗揚げしてから、新日本プロレス出身の武藤敬司が担ったり、企業再生事業会社がオーナーになったりと、迷走してきたように思う。
 そこに2013年、秋山がノアから帰ってきた。その年のチャンピオン・カーニバルで秋山は初優勝。翌14年に社長に就任した。専大レスリング部から幹部候補生として全日本に入団し、馬場から四天王(三沢、川田利明、田上明、小橋建太)の後を託されたエリートだ。三冠ヘビー級王者、ノアでGHCヘビー級王者になった男が、チャンピオン・カーニバルのリーグ戦参加は辞退し、諏訪魔や最年少三冠王者の宮原健斗(28)をプロデュース。試合には出場しており、中継するCS放送GAORAが認定するTV王者でもある。
 名刺の裏には「開催決定 両国国技館 8・27」と書かれてあった。昨年11月に続く、ビッグ大会だ。「今年も両国でやりますよ。いずれは日本武道館でやりたいですね。両国はいい会場ですが、新日本さんのイメージが強いんで。やはり全日本と言えば武道館ですから」
 チャンピオン・カーニバルは、後楽園で開幕してから、18日の郡山大会で満員、19日の八戸大会で超満員、20日の仙台大会も超満員となった。1000人未満の小会場だが、地方でも手を抜かない地道な活動が理解されつつあるのだろう。プ女子(プロレス女子)に左右されない男臭さ感が漂うのもいい。武道館への道は遠くなさそうだ。(酒井 隆之)

2021年10月

          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

最近のトラックバック

見出し、記事、写真の無断転載を禁じます。Copyright © The Hochi Shimbun.