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2017年6月 1日 (木)

「報知」が伝えた大相撲 第2回

 ◆2007年6月2日付最終面


 スポーツ報知は、1872(明治5)年6月10日に「郵便報知新聞」として創刊し、今年145周年を迎えました。女性・子供の大相撲見物が自由になった年に生まれ、大衆に開かれた大相撲を見続けてきた報知の歴史的記事を元大相撲担当キャップの現メディア局デスクが掘り起こします。第2回は、ちょうど10年前となる2007年夏場所後の「白鵬、横綱昇進です。

 
 ちょうど10年前の夏場所後に第69代横綱・白鵬が誕生した。在位10年到達は、歴代最多63場所の北の湖に次いで史上2人目。在位10年ながらキリのいい60場所ではなく59場所なのは、2011年春場所の中止があったため。だから千代の富士の59場所を抜いて単独2位の60場所になるのは、名古屋場所番付発表まで待たねばならない。
 22歳の白鵬が、東京・明治神宮で横綱推挙式と奉納土俵入りを行ったのは07年6月1日。太刀持ち・安美錦(安治川)、露払い・龍皇(宮城野)を従え、1998年5月29日の3代目・若乃花以来、9年ぶりとなる不知火型を神前に披露した。
 「両手を翼のように大きく広げ、白鵬が青空に羽ばたいた。見せ場のせり上がり。低く腰を下ろすと、両手を開く。西に傾き始めた日差しが、真っ白な肌を美しく照らす。1分31秒の夢舞台に、4300人の観衆が酔った」斎藤成俊記者の描写が美しい。
 ついこの前と思っていたが、やはり10年は一昔だ。スポーツ報知では、番記者は斎藤記者から10年で3代を数え、横綱も日馬富士、鶴竜、稀勢の里と3人増えている。すっかり忘れていたが、この時、私は社会面に解説記事を書いていた。当時の宮城野部屋は先々代の娘婿、元十両・金親が師匠で、前師匠で育ての親、元幕内・竹葉山の熊ケ谷親方との二重構造があり、当時の横審・内館牧子委員(脚本家)が「師匠が誰かわからない」と疑問を投げかけたからだ。「横綱という人を作っただけでも幸せだと思います」と穏やかに話していた元竹葉山が、師匠・宮城野に復権した“時の流れ”は大きい。本場所中止など様々な難儀を乗り越えた白鵬の10年をかみしめたい。(酒井 隆之)

 ※スポーツ報知HP(http://www.hochi.co.jp/)では、大相撲速報などを随時配信しています。

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