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2017年11月

2017年11月24日 (金)

“最強”ジャンボ鶴田に幻のフォール負けがあった…金曜8時のプロレスコラム

 初代三冠ヘビー級王者のジャンボ鶴田さん(2000年没、享年49)の名勝負が甦(よみがえ)るDVDボックス「ジャンボ鶴田伝説」(バップ、1万8000円+税)が22日、発売された。5枚組のDVDに全24試合がトータル709分にわたって収録されている。
 1973年10月9日に本名・鶴田友美として師匠・ジャイアント馬場と組んでザ・ファンクスのインターナショナルタッグ選手権に挑戦した出世試合から99年3月6日の日本武道館での引退セレモニーまで、最強の歴史が堪能できる。
 会場で生観戦した試合や、当時の日本テレビの中継で見た試合、CS放送日テレジータスで最近見た試合もあるが、すっかり忘れていた試合もあった。その代表的なのが88年6月10日、日本武道館で、鶴田が谷津嘉章と組んで、ザ・ロードウォリアーズと戦った試合だ。ウォリアーズ戦と言えば、天龍源一郎と組んで初対決した85年3月9日の両国国技館決戦が有名だが、収録されているのは、この試合ではないのだ。
 88年の武道館決戦は、鶴田組のPWFタッグとウォリアーズのインタータッグを賭けたダブルタイトルマッチ。鶴田組は勝ってタッグ王座を統一し、世界タッグ選手権に改称される歴史的一戦だったわけだが、鶴田組が反則勝ちという名勝負とは言い難い結果だった。
 DVDで見てみると、レフェリーのジョー樋口がホーク・ウォリアーに暴行を受けて失神。その間にホークがトップロープから鶴田にフライングラリアットを決め、そこにサブレフェリーの和田京平が飛び込んできて3カウント。ウォリアーズが2つのベルトを誇示した後、息を吹き返したジョー樋口が反則を告げた。和田レフェリーの弁明まで収録されている。さらに鶴田組に対して「負けてんじゃねぇかよ」というファンのヤジも。DVDをじっくり見れば、こんな忘れていた幻のシーンがいっぱい出てきそうで楽しみだ。(酒井 隆之)

 ◆「ジャンボ鶴田伝説」収録試合(収録順ではなく年代順)
 ▽1973年10月9日・蔵前国技館 インターナショナルタッグ選手権試合 (王者組)ザ・ファンクスVS(挑戦者組)ジャイアント馬場、鶴田友美
 ▽1976年3月28日・蔵前国技館 全日本vs国際全面対抗戦、ジャンボ鶴田試練の十番勝負第2戦 ラッシャー木村VSジャンボ鶴田
 ▽1976年5月1日・日大講堂 第4回チャンピオン・カーニバル公式戦 ジャイアント馬場VSジャンボ鶴田
 ▽1976年6月11日・蔵前国技館 NWA世界ヘビー級選手権試合、ジャンボ鶴田試練の十番勝負第3戦 (王者)テリー・ファンクVS(挑戦者)ジャンボ鶴田
 ▽1976年7月17日・北九州市小倉区・三荻野体育館 ジャンボ鶴田試練の十番勝負第4戦 ジャンボ鶴田VSビル・ロビンソン
 ▽1976年8月28日・日大講堂 UNヘビー級王座決定戦 ジャンボ鶴田VSジャック・ブリスコ
 ▽1977年6月11日・世田谷区体育館 NWA世界ヘビー級選手権試合、ジャンボ鶴田試練の十番勝負第8戦 (王者)ハーリー・レイスVS(挑戦者)ジャンボ鶴田
 ▽1977年8月25日・田園コロシアム UNヘビー級選手権試合 (王者)ジャンボ鶴田VS(挑戦者)ミル・マスカラス
 ▽1979年1月5日・川崎市体育館 ジャンボ鶴田試練の十番勝負第10戦 フリッツ・フォン・エリックVSジャンボ鶴田
 ▽1983年8月31日・蔵前国技館 インターナショナルヘビー級選手権試合 (王者)ブルーザー・ブロディVS(挑戦者)ジャンボ鶴田
 ▽1984年2月23日・蔵前国技館 インターナショナル、AWA認定世界両ヘビー級選手権試合 (AWA世界王者)ニック・ボックウィンクルVS(インター王者)ジャンボ鶴田
 ▽1985年11月4日・大阪城ホール 長州力VSジャンボ鶴田
 ▽1988年6月10日・日本武道館 インターナショナル、PWF認定世界両タッグ選手権試合(インター王者)ザ・ロードウォリアーズVS(PWF王者)ジャンボ鶴田、谷津嘉章
 ▽1989年4月18日・大田区体育館 インターナショナル、UN、PWF認定三冠ヘビー級王座統一戦 (インター王者)ジャンボ鶴田VS(UN、PWF王者)スタン・ハンセン
 ▽1989年4月20日・大阪府立体育会館 三冠統一ヘビー級選手権試合 (王者)ジャンボ鶴田VS(挑戦者)天龍源一郎
 ▽1990年4月19日・横浜文化体育館 三冠ヘビー級選手権試合 (王者)ジャンボ鶴田VS(挑戦者)天龍源一郎
 ▽1990年9月1日・日本武道館 三冠ヘビー級次期挑戦者決定戦 ジャンボ鶴田VS三沢光晴
 ▽1991年1月19日・松本市総合体育館 三冠ヘビー級選手権試合 (王者)スタン・ハンセンVS(挑戦者)ジャンボ鶴田
 ▽1991年4月6日・大阪府立体育会館 91チャンピオン・カーニバル Bブロック公式戦 ジャンボ鶴田VS川田利明
 ▽1991年4月16日・愛知県体育館 91チャンピオン・カーニバル優勝決定戦 (Bブロック代表)ジャンボ鶴田VS(Aブロック代表)スタン・ハンセン
 ▽1991年4月18日・日本武道館 三冠ヘビー級選手権試合 (王者)ジャンボ鶴田VS(挑戦者)三沢光晴
 ▽1991年10月24日・横浜文化体育館 三冠ヘビー級選手権試合 (王者)ジャンボ鶴田VS(挑戦者)川田利明
 ▽1992年2月27日 松本市総合体育館 3軍スペシャル再戦 ジャンボ鶴田VS小橋健太
 ▽1992年3月4日・日本武道館 世界タッグ選手権試合 (王者組)テリー・ゴディ、スティーブ・ウイリアムスVSジャンボ鶴田、田上 明
 ▽1999年2月20日 引退会見
 ▽1999年3月6日 日本武道館 引退セレモニー

2017年11月23日 (木)

K-1ヘビー級復活

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  さいたまスーパーアリーナで開催された「K-1 WORLD GP 2017 JAPAN~初代ヘビー級王座決定トーナメント~」を取材しました。

 K-1と言っても正道会館発祥の旧K-1ではなく、2014年発足の新生K-1。

 会場も、さいたまスーパーアリーナと言っても、メインアリーナではなく、コミュニティアリーナ。メイン会場の手前のスペースでした。それでも待望のK-1ヘビー級王座復活(実際は新設)を見届けようと、デスク勤務前に立ち寄りました。ブランコ・シカティックとピーター・アーツの旧K-1王者も来ていました。

 まだまだ過渡期のK-1ですが、フェザー級王者の武尊を中心に来年にはさいたまスーパーアリーナのメインアリーナに進出するそうです。

エース・上原誠がK-1初代ヘビー級王座決定トーナメント開幕カードを1回KOで飾る 

シカティックの弟子・プラチバットがK-1ヘビー級初代王者に!アーツも見届けた 

2017年11月17日 (金)

“NWF王座”を復活させた高山善廣の復活劇が始まった…金曜8時のプロレスコラム

 先週のこのコラムで『「プロレス総選挙」のリベンジ果たした「アメトーーク!」』として5日にテレビ朝日系で放送された「日曜もアメトーーク!2時間SP『プロレス大好き芸人ゴールデン』&『仲良し同居芸人』」(後6時57分)をネタにし、プロレスの地上波ゴールデンタイム露出が実現したことを書いたが、エンディングで流された高山善廣(51)=高山堂=へのエールまで言及できなかったことで、多くのご指摘を受けた。
 高山がいかにファンから愛されているかを痛感させられた。高山(あえて現役選手扱いのため敬称なし)は今年5月4日にDDTの大阪・豊中大会での6人タッグマッチで、回転エビ固めを仕掛けようとして、頭から真っ逆さまに落ち、救急搬送された。頸髄損傷および変形性頚椎症で同8日に手術を受け、8月に頸髄完全損傷と診断された。
 「アメトーーク!」のエンディングでは、高山の名場面VTRが流され、プロレス大好き芸人のケンドーコバヤシ(45)が「高山選手、頑張ってください」とエールを送り、出演者全員で高山の決めゼリフ「ノーフィアー!」を叫んだのだった。
 “盟友”鈴木みのる(49)らが立ち上げた支援団体「TAKAYAMANIA」による、治療費などの募金活動の輪は半年たっても広がり続け、16日に東京・後楽園ホールで行われた「日中国交正常化45周年記念『東方英雄伝』日本旗揚げ大会」でも募金活動が行われた。
 高山の功績は今さら書くまでもないだろうが、新日本プロレス(IWGP)、全日本プロレス(三冠ヘビー、世界タッグ)、プロレスリング・ノア(GHC)のメジャー3団体のヘビー級シングル&タッグの全王座に就くという史上初の“スーパーグランドスラム”を達成(09年3月)している。総合格闘技「PRIDE」にも参戦し、勝ち負けではないプロレスラーの強さを見せつけたことも偉業だ。
 それよりも特筆したいのは、1981年4月にアントニオ猪木(現参院議員)がIWGP創設のために返上・封印したはずのNWFヘビー級王座を新日本プロレスで“解禁”したことだ。王座決定トーナメント(藤田和之、安田忠夫、高阪剛が参加)の末、2003年1月4日の東京ドーム大会で高山が王者に認定された。伝説のベルトの安易な復活は、“冬の時代”の苦肉の策と言えなくもないが、高山の帝王ぶりに、“猪木信者”からの反発はあまりなかった印象がある。
 7度防衛戦を行い、翌2004年1月4日の東京ドーム大会で当時のIWGP王者・中邑真輔(現WWE)との統一戦で敗れ、NWF王座は再び封印。しっかり落とし前をつけている。わずか1年とはいえ、昭和のファンにとってはあり得ないと思われたNWF復活を実現させてみせた高山は、復活の帝王なのだ。
 高山の肉声を最後に(現時点で)聞いたのは、4月5日のことだった。元GHCヘビー級王者の小橋建太氏(50)がプロデュースしたFortune Dream4(6月14日・後楽園ホール)への参戦会見だった。その後の事故で参戦はかなわなかったが、高山はこう言っていた。「俺たちにオッサンと言う言葉はない」と。
 今月6日に更新された高山の公式ブログでは「最近の高山は、電動車椅子に乗る練習をしています。手は動かないので、アゴでコントローラーを操作しています。本人は電動車椅子に乗って、半年ぶりに自分の意志で動けた、と喜んでおりました」と“寝たきり状態”からの脱却が報告されている。病床で51歳を迎えた高山の新たな青春が始まっている。(酒井 隆之)

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