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2017年11月 1日 (水)

「報知」が伝えた大相撲 第7回

 ◆平成7年11月27日付2、3面
 スポーツ報知は、明治5(1872)年に「郵便報知新聞」として創刊し、今年145周年を迎えました。女性・子供の大相撲見物が自由になった年に生まれ、大衆に開かれた大相撲を見続けてきた報知の歴史的記事を元大相撲担当キャップの現メディア局デスクが掘り起こします。第7回は、平成7(1995)年九州場所の若貴兄弟優勝決定戦です。


 2敗で九州場所千秋楽(95年11月26日)を迎えた横綱貴乃花(23)と大関若乃花(24)=ともに二子山=は、それぞれ大関武蔵丸と関脇武双山に敗れて12勝3敗で並び、史上初の兄弟優勝決定戦となった。
 得意の右四つで組み止めた貴乃花は、そこから攻めあぐね、若乃花の右下手投げで右ひざを折るように崩れた。このシーンは繰り返し放送され、残像のようになっているが、翌26日の紙面ではこの決定的瞬間は使われていない。3面にカラーで「若 兄の貫禄 万感大関初V」の見出しとともに、お兄ちゃんが支度部屋で生後5か月の長男・将希くんに初めて賜杯を見せている写真。見開きの2面では「貴 左足親指骨折してた 優勝決定戦でかなりの影響」というニュースが報じられた。土俵に横たわる貴を、若がいたわるような表情で見下ろす写真が添えられている。
 当時キャップの秋本正己(現本誌編集部専門委員)は「仕切りの時、相手の目をしっかりと見る2人がまったく目を合わせようとしなかった。さすがにやりづらいよなあ…と思った」と振り返る。記事では決定戦2時間後の宿舎での打ち上げパーティーまで追いかけ、若乃花の本音を聞いている。「もう2度とやりたくない。優勝はしたいけど、2人別々がいい。うれしくない。つらいだけ」
 貴乃花の骨折を明かしたのは父で師匠の二子山親方(元大関初代貴ノ花)だった。「痛みがひどく、毎日体がやせる思いで相撲をとっていた。曙が休んでいたので、横綱の責任上だまって最後まで場所を務めていた」決定的瞬間にスポットを当てるのではなく、どちらの記事もテレビカメラが入らない兄弟対決の舞台裏に迫っている。新聞の役割を再認識させられる見開き紙面だった。(酒井 隆之)


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