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2018年11月 1日 (木)

「報知」が伝えた大相撲 第19回

 ◆昭和48年11月23日付1面

 スポーツ報知は、明治5(1872)年に「郵便報知新聞」として創刊しました。今年146周年を迎えた報知の歴史的記事を元大相撲担当キャップの現メディア局デスクが掘り起こします。第19回は、昭和48(1973)年九州場所12日目(11月22日)の横綱輪島|大関貴ノ花。輪島の右手が裂けた貴輪(きりん)の激闘です。

 第54代横綱の輪島大士さんが10月8日に亡くなった。70歳だった。輪島さんからよく聞いたのが、この一番だった。「ここが裂けたんだよ」と右手の傷を見せてもらった。若貴兄弟にも「あんたのお父さんにやられたんだよ」と同じように右手を見せて笑っていたものだ。
 昭和48年九州場所、横綱輪島は全勝優勝した秋場所からの連勝を伸ばし、12日目に貴ノ花と顔が合った。ちょうど1年前の47年秋場所後に大関に同時昇進し、九州でともに大関デビューしたライバル。48年夏場所後に輪島が横綱に駆け上がり、番付に差がついたが、貴輪人気は絶大で、翌日の報知新聞は1面で報じた。
 「輪島きょうにも決定」「貴花を高々!27連勝」「けがも気づかぬ大熱戦」との見出しが躍る。立ち合い、当たって突っ張った貴ノ花が、もろ差しをねらうと、輪島は左上手を引き、右をおっつけた。この時、輪島の右手が貴ノ花の左脇の下に入って、人差し指と中指の間に約3センチの裂傷を負った。貴ノ花に上手を与えず、輪島はまわしを引きつけ、つり出した。「輪島の右手から血のしずくがポタポタと土俵上にしたたり落ちていた」との描写が生々しい。
 輪島は福岡市内の秋本外科で6針縫い、全治10日と診断された。紙面には心配した貴ノ花が病院に駆け付けた写真も載っていた。輪島は13日目も出場することを貴ノ花に伝えて安心させたという。伝説の一番に、こんな友情場面があったのだ。
 13日目に強行出場した輪島は横綱北の富士の外掛けで土が付き、連勝記録は27でストップ。だが、優勝争いをしていた横綱琴桜が貴ノ花に、関脇北の湖が前頭7枚目天竜にそれぞれ敗れたため、輪島の4回目の優勝が決まった。
 14日目から初土俵以来初の休場となった輪島だが、千秋楽には表彰式に参加。休場力士がまわし姿で土俵に上がり、賜杯を受けるのは史上初のことだった。小結魁傑を旗手に従えてのパレードも敢行し、ファンサービスに努めた。何から何まで型破りな横綱、輪島さんはスーパースターだった。【酒井 隆之】


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