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2018年12月

2018年12月31日 (月)

尾崎豊の年越しカレー

Dsc_1264  入社26年目にして、初の社内年越し&初日の出となるため、30日が最後の忘年会となりました。向かった先は、新大久保の居酒屋カンちゃん。元プロレスラーのキラー・カーン店主に歳末あいさつです。

  お店は新年6日まで無休という盛況で、この日も団体客でにぎわっていました。

 いつもの定番を食べた後、締めは尾崎豊さんが生前愛した「カンちゃんカレー」。これを食べずして年は越せません。かなりお腹が張っていましたが、カウンター越しにカンちゃんと尾崎豊さんの遺影を眺めながら、味わったのでした。

平成で最も歌われたカラオケ曲9位 尾崎豊「I LOVE YOU」(スポーツ報知)

2018年12月28日 (金)

ダイナマイト・キッドさんらレジェンドが遺した魂と文化を次の時代も…金曜8時のプロレスコラム

 2018年もあとわずか。今年も、またレジェンドレスラーが亡くなった。6月18日にビッグバン・ベイダーさん(享年63歳)、7月14日にマサ斎藤さん(同75歳)、そして12月5日に、ダイナマイト・キッド(トーマス・ビリントン)さんが60歳で亡くなった。

 今月発売された「『プロレス』という文化 興行・メディア・社会現象」(岡村正史著、ミネルヴァ書房、3500円+税)では、「三大紙の訃報研究」について書かれており、読売新聞、朝日新聞、毎日新聞の3紙すべてに訃報が掲載されたプロレスラーをリストアップしている。

 この10年では、09年は三沢光晴さん、ショータ・チョチョシビリさん、10年はラッシャー木村さん、アントン・ヘーシンクさん、山本小鉄さん、ジョー樋口さん、11年は上田馬之助さん、14年はビル・ロビンソンさん、15年はビレム・ルスカさん、16年はハヤブサさん。そして今年はブルーノ・サンマルチノさん、マサ斎藤さん、輪島大士さんだった(ベイダーさんは2紙、キッドさんは原稿締め切り後に3紙)。

 「『プロレス』という文化-興行・メディア・社会現象-」は、出版社と価格からもわかるように、大学の社会学のテキストになりそうな学術書だ。著者はプロレス文化研究会代表の岡村正史氏(64)で、同志社大学大学院文学研究科修了、大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了という経歴。「知的プロレス論のすすめ」(1989年、エスエル出版会)、「日本プロレス学宣言」(1991年、現代書館)、「力道山と日本人」(2002年、青弓社)の書名は聞いたことがあるかもしれない。

 最新刊は、第1章が「ロラン・バルトとフランス・プロレス衰亡史」から始まるように、岡村氏は、プロレスというものをアカデミックなものに寄せていく手法で、プロレスファンの欲求を満たしてきた。プロレスが世間からどう見られているか、とりわけ、いかにプロレスが新聞に載ったかを指標にしており、「力道山研究という鉱脈」の章では、報知新聞の引用も出てくる。

 昭和を大事にするプロレス文化研究会だが、平成が終わろうとしている現在のプロレスについて、「新日本プロレスの一人勝ちが明確になっていく状況」とし、昭和プロレスを愛するマニアについて「今の新日本はそんなマニアを相手にしていない。そういうマニアはDVDを見るか、専門誌『Gスピリッツ』を読んでおけばいい」という参加者のコメントを紹介。岡村氏は「今や九〇年代のプロレスでも古いという感覚が支配的になってきている」という。

 90年代は三銃士、四天王の時代。この7人のうち2人が亡くなり、3人が引退、2人がセミリタイア状態だ。昭和のプロレス者としての拠り所は、ご指摘の通り「Gスピリッツ」だ。

 プロレス専門誌「Gスピリッツ」(辰巳出版タツミムック)は、休刊した「週刊ゴング」の元編集長コンビ、清水勉氏(ドクトル・ルチャ)と小佐野景浩氏がメインライターを務め、記者だった佐々木賢之氏が編集長。古き良き時代の懐古、発掘記事が魅力で、このコラムでも何度もネタにさせてもらった。

 今月発売の最新刊「vol.50」(1200円+税)の表紙はダイナマイト・キッド(トーマス・ビリントン)さん。メインの特集は「BI砲時代の日本プロレス」だが、発売直前の訃報に表紙が差し替わった形だ。巻頭では、キッドさんの甥が英国でプロレスデビューしたことを報じている。

 以前、このコラムでも紹介した“1000の顔を持つ男”ミル・マスカラスの最初の顔(デビュー戦マスク)をドクトル・ルチャが特定したというニュースの続報として、その実使用マスクの発掘リポートが掲載されている。「“黄金の左”輪島大士の全日本プロレス時代」も興味深い。

 「ゴング」誌の支流はいろんなものが出たが、マニアック過ぎると思っていた「Gスピリッツ」だけが生き残り、ついに50号を突破した。前号の表紙と特集はマサ斎藤さんで、昭和レジェンドの訃報請け負い誌ともなっているが、「Gスピリッツ」があるからこそ、英霊たちも浮かばれることだろう。「プロレス文化研究会」がマニアの象徴として認めた“G魂”は、次の時代にも残り続けてほしい。(酒井 隆之)

 
 

2018年12月21日 (金)

アントニオ猪木“本”総選挙…金曜8時のプロレスコラム

 出版不況の中、プロレス関連の書籍は小さなブームとなっている。宝島社や双葉社の昭和プロレス系のムックが継続して発行されているし、書店ではUWF関連の回顧録が人気となっている。

 そこでプロレス本をネット通販サイトのアマゾンで、検索してみると、新日本プロレスが737件でトップ。個人名ではアントニオ猪木参院議員(75、以下敬称略)が387件でトップで、団体の全日本プロレスの324件を上回った。コミックもあるタイガーマスクは237件。UWFは154件だった(いずれも12月20日現在)。

 やはりテレビ朝日系「史上初!現役・OBレスラー200人&ファン1万人が選ぶプロレス総選挙」(昨年3月12日放送)で1位に輝いたアントニオ猪木の存在は、いまだに異彩を放っている。もちろん、ネット通販検索だから、重複や関連ワードで引っかかる書籍、古本もあるが、話題性の数値化であることには変わりはない。

 念のため「プロレス総選挙」での上位20人を調べてみたが、100件超は、力道山196件、ジャイアント馬場190件、前田日明131件、長州力118件、橋本真也115件、棚橋弘至113件だった。

 さて、猪木本の最新刊は今年10月29日に発売されたばかりの「猪木流『過激なプロレス』の生命力」(河出書房新社、1600円+税)。これは、アントニオ猪木と直木賞作家・村松友視氏(78)の対談本で、手前ミソながら、スポーツ報知の福留崇広記者が構成を手がけている。

 村松氏が、元プロボクシング世界王者のムハマド・アリと猪木による格闘技世界一決定戦(1976年6月26日・日本武道館)をテーマに書き下ろした「アリと猪木のものがたり」(同社)をもとに、猪木と村松氏を別々に取材して、対談の形式で構成している。

 猪木と村松氏の対談は1980年代の「月刊プロレス」(ベースボール・マガジン社、現在は週刊)の名物企画だったが、「猪木流『過激なプロレス』の生命力」では、リスペクトし合う双方が顔を合わせては決して言えない本音を個別に聞き出して、それぞれの主張を成立させている出色の対談本だ。「何でもあり」の猪木ワールドが生み出した“格闘芸術”と言っては言い過ぎだろうか。

 ここで、過去の猪木本を振り返ってみよう。やはり自伝から始まる。「燃えよ闘魂」(東京スポーツ、1975年)、「勇気 炎のメッセージ」(スポーツライフ社、1981年)、「苦しみの中から立ち上がれ」(みき書房、1983年)は、黄金時代のバイブルで、私も少年時代に影響を受けた一人だ。その後も、自著は紹介し切れないほど出ているが、決定版は現役引退時に出版された「猪木寛至自伝」(新潮社、1998年)だろう。アントニオというリングネームによって増幅された誇張を脱ぎ捨て、本名で人生を振り返っている。

 評伝も紹介し切れないほどあるが、メジャーの第一人者が村松友視氏。「私、プロレスの味方です」「当然プロレスの味方です」「ダーティヒロイズム宣言」の三部作(情報センター出版局、1980年)で、猪木のプロレスを“過激なプロレス”と定義し、「ファイター 評伝アントニオ猪木」(同、1982年)は、過激実況の古舘伊知郎アナウンサーも引用した名作だ。

 マニアックな第一人者が、井上義啓・元週刊ファイト編集長。「猪木は死ぬか」(プレイガイドジャーナル社、1982年)、「猪木を信じよ」(みき書房、1982年)は、純文学のような筆致で、I編集長(愛称)は、取材記者を超えた“活字プロレス”という文化を生み、“猪木弁護士会会長”と揶揄(やゆ)されるほどだった。この“活字プロレス”をミーハー化させたのが、弟子のターザン山本(元週刊プロレス編集長、現プロレスラー)だ。

 そして、近年では猪木引退後に発表された柳澤健氏の「1976年のアントニオ猪木」(文藝春秋、2007年)がベストセラーになった。前2者とは違って、スポーツノンフィクションを追求するあまり、プロレスの内幕にまで踏み込んでいる。これが売れたため「1985年のクラッシュギャルズ」(文藝春秋、2011年)、「1964年のジャイアント馬場」(双葉社、2014年)、「1984年のUWF」(文藝春秋、2017年)などを連発し、他のライターによる「〇〇年の〇〇」という作品も増えている。

 暴露・スキャンダル系も世間を騒がせてきた猪木だけに多い。月刊誌「噂の眞相」(休刊)の連載から派生した板坂剛氏の「アントニオ猪木 最後の真実」(エスエル出版会、1985年)は、懐かしい遺物。元“過激な仕掛け人”新間寿氏による「さらばアントニオ猪木」(ベストブック、1993年)も今となっては、“輝かしい”通過点だが、これらが自伝と一緒に検索できてしまえるネット時代にあって、猪木はプロレス本検索番付のトップに君臨している。

 近著「猪木流『過激なプロレス』の生命力」で猪木は「俺なりの気づきに至るためには、いろんな批評をする人が大切なんですね」と語っている。それは村松氏に向けられた言葉だが、あらゆる猪木本によって、猪木という存在が大衆に伝わったに違いない。平成の終わりに猪木本を読んでおこう。(酒井 隆之)

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