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2019年2月 1日 (金)

「報知」が伝えた大相撲 第22回

 ◆平成15年1月14日付最終面

 スポーツ報知は、明治5(1872)年に「郵便報知新聞」として創刊し、147周年を迎えました。報知の歴史的記事を元大相撲担当キャップの現メディア局デスクが掘り起こします。第22回は、横綱貴乃花が引退した平成15(2003)年初場所。記録には残らなかった2日目(1月13日)の雅山戦での“決定的場面”にスポットを当てます。


 
 貴乃花の最後の一番は平成15年初場所8日目の安美錦戦で、送り出されて4勝3敗1休となり、決断した。だが、番記者として見ていて象徴的な場面があった。紙面のメイン写真がそれだ。初場所2日目、貴乃花は西前頭筆頭雅山の二丁投げできれいに投げられた。両足を同時に刈られ、宙を浮いて天を仰いだ。
 こんな負け様はない…と思ったら物言いがつき、取り直しとなった。左肩を強打したが、貴乃花は、取り直しの一番では、意地の左上手投げで勝利。記録は〇貴乃花(3秒0上手投げ、取り直し前10秒5)雅山●。雅山の二丁投げは何の記録にもならなかった。
 貴乃花は左腕をつって引き揚げ、3日目に「左肩鎖じん帯損傷」の診断書を提出。引退ではなく、横綱ワースト更新17回目の休場を選んだ。そして、5日目に再出場。昭和29年春場所の東富士以来49年ぶりに横綱として再出場した貴乃花は中日に安美錦戦を迎えたのだった。
 物言いの一番には、日本相撲協会に300件を超える抗議電話が殺到した。「雅山が勝っている」「貴乃花をひいきしているのか」など。三保ケ関審判長(元大関・増位山)は「貴乃花がひっくり返って、柔道なら一本だが、相撲はそうじゃない。落ちるタイミングは同体」とコメント。説得力のある説明だった。
 雅山は「最初は軍配が自分に上がり、勝ったと思いました。負けた感じはなかったんですけどね」と話したが、自身もそれどころではなかった、この一番で右足首を負傷。元大関の意地で強行出場した3日目に大関朝青龍に送り倒され、「右足関節外踝はく離骨折」で4日目から休場となった。朝青龍は、この場所14勝1敗で連続優勝を果たし、横綱昇進を決めている。
 貴乃花の引退と朝青龍の綱取りの間(はざま)で、雅山に残った記録は1勝3敗11休だけ。雅山が引退してしばらくたってから「あの二丁投げが、あの場所一番の名場面だったよ」と酒の席で伝えると、雅山は照れるようにうなずいた。その雅山が現在、二子山親方として二子山部屋を率いている因縁を感じずにはいられない。【酒井 隆之】

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