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2021年3月 4日 (木)

「デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場」

 開高健賞受賞作のノンフィクション「デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場」(河野啓著、集英社)を読み終えました。

 登山の世界を知っている人ならば即座に違和感を感じる「七大陸最高峰単独無酸素登頂」を目標に掲げて、ファンを集めて登攀を自撮り生中継し、8度目のエベレスト挑戦で滑落死した栗城史多とは、何者だったのか。
 著者は、栗城さんのドキュメンタリーを撮ってきた北海道放送のディレクター。栗城さん本人だけでなく、彼の幼なじみや友人、登山仲間、元婚約者などを綿密に取材し、「劇場型登山家」の実像を浮かび上がらせたノンフィクションです。

 私も栗城さんは生前3度、取材したことがありますが、とにかく人あたりの良い、今どきの好青年。成田空港へ見送り取材に行った時には、凍傷で指を失った右手で握手してくれ「帰ってきたら飲みましょう!」と笑顔で旅立った姿が今も目に焼き付いています。ただ、「単独」と謳っているにも関わらず、複数の屈強なスタッフが同伴しており、登山というより「ロケ」に旅立つという雰囲気であることに非常に違和感を感じましたが…。

 栗城さんが亡くなる前から、その登山方法については多くの登山家による批判を耳にしていたので「単独」「無酸素」が、その実態とは大きく異なるということを認識していました。ノーマルルートからですらエベレストには登れなかったそんな彼が最後に挑んだのは、最難関と言われる南西壁。登れるわけがないことは本人も知っていたはずなのに、なぜ挑んだのか。本書はその謎に迫っています。

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 著者の河野さんは、本来登山について深い知識を持っていた方ではありません。当初は純然たる登山家を応援するドキュメンタリーを撮るつもりだったはずが、徐々に疑念を抱くようになる。その心理の移り変わりは、譬えはあまりよくないかもしれませんが、こんな感じに捉えました。
 プロレスに夢中になっていた少年が「何かおかしい」と完全なガチンコではないことに気づいて失望する。そのギャップが別の観点から違う関心を呼び寄せ、益々プロレスから目が離せなくなっていく…。
 結果的には「死者に鞭を打つ」というノンフィクションになっていると言えば、それまでかもしれません。それでも著者が、栗城さんで1冊の力作を書き上げたのは、やはり栗城さんに登山家ではない魅力を感じていたからに他ならないでしょう。
 私自身の反省を言えば、栗城さんが本格的なノンフィクションやドキュメンタリーの対象とすることは不可能だと思い込んでいたということです。登山や冒険の世界にも「リテラシー」が必要なのではないか。そして「他者に認められたい」という承認要求は、なぜ湧き出て来るのか。多くのことを突き付けられるノンフィクション作品でした。

2021年3月 2日 (火)

「鬼才 伝説の編集人 齋藤十一」

 ノンフィクション作家・森功さんの新刊「鬼才 伝説の編集人 齋藤十一」(幻冬舎)を読み終えました。

 「週刊新潮」「フォーカス」などの大衆誌を創刊して次々と成功させ、太宰治、新田次郎、山崎豊子、松本清張らからも畏怖され「新潮社の天皇」とまで呼ばれた天才編集者。その実像を初めて明らかにした評伝です。

 齋藤十一と言えば、私は長らく「週刊新潮」の実質的な編集トップとして強大な力を持っていた、という程度の認識でしたが、その生い立ちから最盛期、晩年までを本書で追うと、まさに出版ジャーナリズムという文化は、この人物をなくして成りえなかったとさえも思えてきます。

 今も読み継がれる作品を書き残した数々の大作家を生み出すことができたのは、齋藤が文学や音楽などの芸術文化への深い造詣があったからでしょう。太宰の名作「斜陽」のタイトルも齋藤の発案だったとは驚きました。

 何よりも注目すべき日本文学の興隆に貢献した人物が、週刊誌ジャーナリズム成功の立役者と同一人物であるという点です。芸術文化を愛するだけでなく、下世話とも言える「俗」なものに対する関心と鋭い嗅覚も持ち合わせていた。2つの価値観は一見、乖離しているようにも思えますが「人間の本質を見抜く」という狙いが通底しているのでしょう。

 出版文化を愛するすべての人に一読をお勧めしたい力作です。私もこの本を読むことができて良かったです。

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2021年2月19日 (金)

「ヴィンテージガール 仕立屋探偵 桐ヶ谷京介」

 「法医昆虫学捜査官」シリーズなどで知られる江戸川乱歩賞作家・川瀬七緒さんの最新作ミステリー「ヴィンテージガール 仕立屋探偵 桐ヶ谷京介」(講談社)を読みました。

 舞台は東京の高円寺南商店街。主人公は商店街にある小さな仕立て屋さんの店主。この仕立て屋さんがタダモノではなく、美術解剖学と服飾の知識を生かして、その人が着ている服を見ると、その人が受けて来た暴力や病気などの遍歴を見抜いてしまう。この特殊能力は、難航する殺人事件の捜査で役に立たないわけがない…。

 奇想天外な着想を得られたのは、川瀬さんご自身が文化服装学院出身のデザインの専門家であるからでしょう。かつてのインタビューで、デザイナーと作家の共通点について「無から何かを作り出す点、人と違う視点で物事を見る点が、似ている」と語られたそうですが、まさに新作は結晶と言えるでしょう。

 ネタばれを避けるために内容は避けますが、私自身の生活圏である高円寺を中心に巣鴨、錦糸町などなじみ深い都内のスポットが登場する新作は、引き込まれ、一気読みしてしまいました。本職のデザイナーによる新機軸ミステリーは、第二弾、三弾が今から待ち遠しいと感じさせるものでした。

 それにしても服に無頓着である私はいろいろ考えさせられました。自分が着る服で、他者にはいろんなものを見抜かれてしまっているかもしれない。服を甘く見てはいけないな、と肝に銘じました。

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2021年2月14日 (日)

「真夜中のカーボーイ」

 編集者・評論家として活躍する山田五郎さんによる書下ろし小説「真夜中のカーボーイ」(幻冬舎)を一気読みしました。

 ダスティン・ホフマン主演の1969年の米映画の邦題と同じタイトルが付けられたこの作品は、出版社に勤める定年間近の「俺」に、高校時代の恋人から39年ぶりの電話がかかって来るところから始まります。再会した二人は、17歳の時にかなわなかった大阪から南紀白浜へのバイク旅行に出かけ…。

 意外な結末へと展開する「ロードノベル」は、構成の見事さに感嘆するだけでなく、自分自身の青春時代を思い出させずにはいられないものでした。世代を超えてお勧めできる作品です。

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2021年2月10日 (水)

「オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る」

 「IQ180」の頭脳で注目を集める時代の寵児、オードリー・タン(唐鳳)の「デジタルとAIの未来を語る」(プレジデント社)を読みました。

 新型コロナウイルスの封じ込めに、成功した台湾と言われる台湾で、その中心的な役割を担ったのが、史上最年少閣僚となったこの人物。日本でも注目度が高まってきたテクノロジー界の異才が、コロナ対策成功の秘密、デジタルと民主主義、デジタルと教育、AIと社会・イノベーション、そして隣国日本についても語っています。

 一読して、めくるめく初耳の知見に驚かされたのですが、最も感銘を受けたのは、今後進んでいくデジタルやAIという叡智は、人間一人ひとりのためのものであり、真の民主主義を実現するためにあるという視点。「AIと人間の関係は、ドラえもんとのび太のようなもの」という説明は感動すら覚えるものでした。

 台湾のコロナ対策が成功しているのも、信頼をデジタルでつないだから。ここに説得力を感じました。是非お勧めしたい新刊です。

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2021年1月30日 (土)

「下山の哲学 登るために下る」

 8000m峰全14座登頂に日本人で唯一成功したプロ登山家・竹内洋岳さんの新刊「下山の哲学|登るために下る」(構成・川口穣、太郎次郎社エディタス)を読みました。

 恐らく単行本としては史上初の「下山論」ではないでしょうか。登った山は下りなければ生きて還れない。竹内さんが14座の登頂に成功し、こうして生きて本を出版しているということは、14度の下山にも成功しているということです。登山のドラマと同じ数だけ、下山のドラマがある。それは登山以上に劇的なものとなる可能性も秘めています。

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 登山は途中で断念することができるが、下山はできない。それは死を意味するからです。そして下山は必ずしも下りばかりとは言い切れない。山の地形というのはそれほど単純なものではなく、下山ルートの中でも厳しい「登り返し」が避けられない場合のほうが普通でしょう。

 竹内さんは「頂上は通過点に過ぎない」と言い切ります。そして「おわりに」でこう語っています。「山の頂上は一点しかなく、その先は、どこに向かうのか、どこまで行くのかを、自由に選び、思いえがくことができます。私は、足下に広がる先に、未踏峰を探しながら下っています」

 下山とは新たな挑戦への出発点だったのか! 小学校の遠足の時には引率の先生に「おうちに帰るまでが遠足ですよ」とよく言われたものですが、その意味がこの年になってようやく分かりました。それを14座サミッターに教えられるとは。

 下山には下山の意味がある。そう意識づけて山に臨めば、登山の楽しみは倍増していくに違いありません。

 本書は登山用時計「PRO TREK」を竹内さんのために開発して来た牛山和人さん、山岳気象予報士の支えてきた猪熊隆之さん、山岳カメラマンの中島健郎さんらが、それぞれの視点で竹内さんを語るコラムが挿入されているのも魅力です。

2021年1月27日 (水)

「わたしは分断を許さない」

ポレポレ東中野でドキュメンタリー映画「わたしは分断を許さない」を観てきました。
 監督は2013年にNHKを退職してフリーランスジャーナリストとして活動する堀潤さん。市民と公権力がぶつかり合う香港、戦乱のガザ、シリア、福島の被災地、辺野古基地建設に揺れる沖縄、国交のない国の首都・平壌…。
 数々の現場で撮影して来た映像を「分断」をテーマに構成した力作。報道が持つ力を伝えようという思いが伝わってくる映画でした。
 「真実を見極めるためには、主語を小さくする必要がある」というのが堀さんのモットー。最初、私は主観を排して報じるという意味なのかと思いましたが、上映後にご本人のお話を聞いて合点がいきました。これは「一人称単数」の主語で報じるべき、という意味ですよね。その思いがこの映画のタイトルにも込められているのだと思います。

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2021年1月26日 (火)

「アルツハイマー征服」

 1月8日に発刊された最新ノンフィクション「アルツハイマー征服」(下山進著、角川書店)を読んだ。

 人物評伝、事件、企業、旅…とノンフィクションのテーマは無限にある。だが、医療やサイエンスをテーマにした作品となると、パッと思い浮かぶのは「脳死」や「臨死体験」などを書いた立花隆さんの作品ぐらいで限られている。しかもテーマが最新であり、なおかつ傑作となれば、ごくわずかだと思う。

 その一番の理由は、書き手の前に立ち塞がる「専門性」という壁ではないか。単純に宇宙や医療などの話に興味を持つことは誰でもできるが、門外漢が踏み込んでいくのは簡単なことではない。膨大な量の科学論文(多くは英文)を読みこなし、それをかみくだいて、

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読者に伝える能力が、最低限必要になるからだ。

 「アルツハイマー征服」は、記憶や運動機能などが低下し、長年不治の病とされて来た神経疾患「アルツハイマー病」の克服を目指して来た研究者、医師、患者たちの闘いを描いたノンフィクション。日、米、欧の当事者たちを直接取材し、まとめ上げた一冊は、米国のジャーナリスト、ハルバースタムのノンフィクション作品を彷彿とさせるほどのスケールの大きさだ。

 著者の下山進さんは、2019年に出版された「2050年のメディア」(文藝春秋)で、報道のインターネット化、デジタル化が進む中でその進路を模索する新聞業界の現状を描き出したノンフィクション作家。大学で講座を持つメディア論の専門家ではあるけれど、医療の専門家ではない。このテーマで書こうと思い立ったのは2002年だったとのことなので、足掛け19年。出版社での管理職なども経験しながらも、追い続けて完成させた並みの情熱ではないだろう。

 もちろん一般書ではあるが、やはり医療の専門用語が多いので、歯ごたえはある。ワクチン療法の項目で、高校生物で習った「抗原抗体反応」なる用語が出てきた時には、私も思わず懐かしい学習参考書の「チャート式」を引っ張り出して参照してしまった。また取材が広範囲に渡るだけに登場人物も多い。その多くはカタカナ名なので、ロシア文学を読むときにありがちな混乱を防ぐため、登場人物名は整理しながら読み進めることをお勧めしたい。

 骨太な一冊を読み終えて感動が残るというのは、何とも言えぬ充実感で、これこそがノンフィクションの醍醐味だ。それが味わえるのはテーマが医療でありながらも、描かれているのが人間であり、その一人ひとりに潤いを感じるからだろう。

 読み進めながら知ったことだが、本書に登場する根本治療薬「アデュカヌマブ」は、米国食品医薬品局(FDA)が3月7日までにその承認可否の判断を下す見込みなのだという。そのタイミングに合わせることができる腕力も圧巻だ。2021年を代表するノンフィクションとなることは間違いない。

2021年1月19日 (火)

「草原の国キルギスで勇者になった男」

 若き冒険家、春間豪太郎さんの「草原の国キルギスで勇者になった男」(新潮社)を読みました。

 中央アジアキルギスの旅のお供にするのは馬、イヌワシ、犬、羊たちといった動物たち。「リアルRPG」をコンセプトとする冒険は、既視感がないまさに新感覚のものです。

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 冒険、探検、登山といった世界に踏み込むきっかけは、人それぞれです。世界の山々を登り、極地冒険の道に進んだ植村直己さんや太平洋単独横断の堀江謙一さんへの憧れから一歩目を踏み出すケースは多い。ですが、春間さんの場合は大学時代、消息不明となった幼なじみを探しに単身フィリピンへ行ったことがきっかけです。

 大学の探検部や山岳部をバックグラウンドにすると、良かれ悪しかれ、それぞれの「型」のようなものが醸成され、それが行動のベースとなって来るものですが、春間さんにはそれがない。いわばスーパーフリー。総合格闘技で言えば空手、柔道、レスリングなどの経験なしでリングに上がり、自己流の技術で力を発揮できてしまうようなもの。冒険は自由であり、かつ独創的でなければ、共感は広がらない。冒険が難しい現代において春間さんはそれができている稀有な存在です。

 2018年に春間さんが「リアルRPG譚 行商人に憧れて、ロバとモロッコを1000km歩いた男の冒険」(KKベストセラーズ)を出版した時に一度インタビーさせて頂いたんですが、ご本人は好感が持てる好青年。著書の中ではあえてそれがあまり伝わらないようにしているところが、また奥ゆかしいです。

 昨年末に探検的ノンフィクションの第一人者、高野秀行さんが、WEBマガジン「考える人」で春間さんとの対談を行っています。見事にこの若き冒険家の魅力を引き出しているので、こちらも併せてご覧になることをお勧めします。

https://kangaeruhito.jp/interviewcat/haruma_takano

2021年1月 7日 (木)

「ルポ新大久保 移民最前線都市を歩く」

 「ルポ新大久保 移民最前線都市を歩く」(室橋裕和著、辰巳出版)を読み終えました。

 韓流ブームが起きた一昔前にはコリアタウンとして知られた街が、今や、ベトナム人やネパール人をはじめとする「移民」たちが暮らし、飲食店などのビジネスを行う多国籍タウンに発展しています。

 タイに移住するなどしてアジア専門のライター、編集者として活動している著者は、人口の35%が外国人だと言われる新大久保に引っ越して、生活者として取材。彼らはなぜ、ここに住み、何をしようとしているのか。地に足のついた取材で描き出す人間模様は、カオスであり、かつ、味わい深いものです。

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 著者の室橋さんは江戸時代にまで遡り、もともとここは「よそもの」たちが歴史を作ってきた町であることを調べており、この視点も非常に面白いものでした。

 かくいう私の祖父も、大正時代に茨城から新大久保近くの百人町に移り住んだ「よそ者」の一人でした。住居は東京大空襲で焼失し、父の代の時に戦後になって中野に移住したと聞いています。

 行きつけの韓国料理店もある新大久保は、私にとって非常に身近な街なのですが、こんなにも懐の深い街だったとは…。言葉だけでなく真の「多文化共生都市」を考える時、新大久保は欠かせない先駆の街と言えるのではないでしょうか。

 

甲斐毅彦

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