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2020年5月24日 (日)

名著「悪役レスラーは笑う」を読み返す

  女子プロレスラー、木村花さん(22)の急死をめぐっていろんなことを考えています。フジテレビの番組出演時の態度がSNSで炎上し、その直後に亡くなったとのこと。

 木村さんのキャラクターは完全な「悪役(ヒール)」ではなかったと思いますが、やはりヒール的要素はあったでしょう。問題になった番組の音声を聴きましたが、確かに、プロレスラーではなく、一般の人が発した言葉ならば不快に感じてしまうのが当たり前の暴言かもしれません。

 私も10年以上前、プロレス担当記者をやっていましたが、「ヒール」たちの素顔は、例外はあるとはいえ、ほとんどが気づかいができる優しい人たちでした。なぜかと言えば、だからこそ「ヒール」を引き受けることができるのです。そしてナイーブな人も多かった。

 例えば、上田馬之助さんはリング上や場外で血まみれになってさんざん暴れても、興行が終わると率先してリングを片づけて、若い衆を自らが運転するトラックに乗せて次の巡業先へ向かったというのは有名な話です。

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 読み返したくなったのは、森達也さんの隠れた名著「悪役レスラーは笑う」(岩波新書)。戦後の米国のプロレス界で「卑劣なジャップ」役に徹したグレート東郷の素顔を追ったノンフィクションです。なぜこの人は憎まれ役を買って出たのだろうか。

 「ヒール」の宿命的な務めである「偽悪」という使命。そこにはいくつもの悲哀ともの悲しさ、人間臭さがあります。それが命をも奪う悲劇にまでつながってしまうようなことは決してあってはならないと思います。

2020年5月 3日 (日)

「一投に賭ける 溝口和洋、最後の無頼派アスリート」

 辺境ノンフィクション作家の高野秀行さんが大絶賛していた「一投に賭ける 溝口和洋、最後の無頼派アスリート」(上原善広著、角川文庫)を読みました。これまで数多くのスポーツノンフィクションを読んできましたが、これほど面白い作品はなかなかありません。

 日本選手にとっては不利な投てき種目の一つ、やり投げで世界のトップ選手たちと渡り合った伝説の選手、溝口和洋。中学時代は将棋部、高校総体にはアフロパーマで出場、試合前にもタバコをふかし、夜は平気でボトル一本開けてしまう、気に入らない記者にはヘッドロックで制裁…。

 ハンマー投げの室伏広治を育てた指導者として名前は聞いたことがありましたが、ここまで破天荒な選手だったとは知りませんでした。マスコミ嫌いで知られる溝口氏を筆者は18年以上かけて粘り強く取材。語らない者を一冊の単行本で一人称で語り通させた。その点においても感動する作品です。

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 すでに引退しているからということもあるのでしょうが、溝口氏の奔放な言動は、組織やライバル選手に気を遣う日本のスポーツ界においては特異とも言えるものです。ライバルの先輩選手を名指しで「嫌いだった」と言って憚らず、日本陸連のことも遠慮なく批判する。それでいて嫌味な印象を感じさせない。これほどまでに精神の自由を持っているスポーツ選手はなかなか思い浮かびません。

 「世の中の常識を徹底的に疑え」が信条とする溝口氏は、トレーニング方法も、投てきのフォームもすべて自分で納得した上で考えだしていった。奔放でありながらも「やり投げ」という種目には命懸けで取り組んでいた。そこがひしひしと伝わってくるので、なじみが薄かったこの種目にまで、心の底から興味が湧き出してきます。

2020年4月30日 (木)

「オリンピック・マネー」

文春新書の新刊「オリンピック・マネー 誰も知らない東京五輪の裏側」(後藤逸郎著)を読みました。

 天文学的な数字にまで上がってしまった放送権料、スタジアムなどハコモノを造る巨額建設費、どこまでも膨れ上がる大会経費と国・都市の予算…。「平和の祭典」にはどこまでもカネの話がつきまとってきます。

 本書は週刊エコノミストの元編集次長の著者が、五輪の歴史から遡り、IOCの不透明な経理、放送権料、スポンサー事情など「カネ」の観点から五輪をひもといた好著です。

 最大の読みどころは、神宮外苑再開発の真相に迫った最終章でしょう。東京五輪開催を受けて新国立競技場建設のために再開発が進められたと思われがち
ですが、実は五輪招致が決定する以前からこの地域の再開発へ向けての準備は水面下で進められていた。著者が入手した内部文書の機密情報を使って、その知られざる過程を描き出しています。

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2020年4月 9日 (木)

「孤塁 双葉郡消防士たちの3・11」

 ノンフィクションの新刊「孤塁 双葉郡消防士たちの3・11」(吉田千亜、岩波書店)を読みました。

 原発が爆発し、死の危険が迫る中で、地震・津波の被災者の救助、避難誘導を行い、さらには原発構内での給水や消火にあたった地元の消防士たちのドキュメントです。

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 筆者の吉田千亜さんは、当時の消防士66人を取材。その数々の人名が次々と登場するので、最初は面食らってしまったのですが、それは、ここに書かれていることの真実性を高めるものだということにすぐ気が付きました。2、3人に話を聞いて組み立てたようなものではないのです。

 66人から話を聞いて、整合性が合うように構成していくのは簡単なことではなかったと思います。取材記者という立場からもう一点感じたのは、一人ひとりの年齢と役職をすべてきっちり入れていることの誠実さです。ノンフィクションは具体性を追求してこそ、説得力が生まれるのですが、その点へのプロの取材者としての矜持を感じました。

 原発事故後に報道でクローズアップされ、称賛されたのは爆発した3号機にヘリで水を投下した陸自や東京消防庁のハイパーレスキュー隊でした。私自身も水を投下した自衛官をインタビューするために木更津基地へ行きました。

 ですが、震災発生直後から命がけで活動していた双葉消防本部はほとんど報道されていなかったように思います。吉田さんによれば「双葉消防は何やってんの?」と咎めるように言われた職員もいたそうです。

 消防士一人ひとりが「英雄」として祭り上げられることを望んでいるわけではなく、彼らが自分から語ることはこれまでもなかったと思います。ただ、それぞれの消防士が守るべき家族を抱えながら「特攻」のようなつもりで、任務に当たっていたということは、取材者が掘り起こして世に示さなければ永遠に知られることがなかったかもしれません。

 緊急事態の中で人の命を救うというのは、どういうことなのか。今こそ一人でも多くの方にお勧めしたい素晴らしい作品でした。

2020年4月 7日 (火)

家で飲むなら甲州ワイン

 ワイン県山梨では、今春も数々のワインイベントが予定されていましたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で軒並み中止に。まだ外出がしにくい状況が続きますが、自宅でゆっくりワインを味わってみるのはいかがでしょうか。県内で手軽に手に入る甲州ワインを「家飲み」で楽しむ方法を教わるならワイン通として知られる元県観光部長で漫画「美味しんぼ」にも登場した仲田道弘さんが一番でしょう。女子バスケットボールWリーグ、山梨クイーンビーズの水野菜穂選手と若原愛美選手が興味津々で駆け付け、伝授してもらいました。

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 水野、若原両選手がやってきたのは甲州市勝沼町のワイナリー、丸藤葡萄酒工業(大村春夫代表取締役)。4代続く老舗は築150年の母屋を見ただけで歴史を感じます。酒は嗜む程度だという2人がふだん飲むのは「缶チューハイとかですかね…」(若原)「私は梅酒…」(水野)。ワインのことはよく分からないらしい。練習前とあってテイスティングは帰宅後までお預けですが、まずは仲田さんのレクチャーに耳を傾けることにしました。

 仲田さんがお勧めとして取り出した一本は「ルバイヤート甲州シュール・リー」(白、720㍉㍑、税込み1980円)。1300年の歴史を有する日本固有の甲州ブドウを使った甲州ワインだ。これがなぜ「家飲み」向きなのか。

 ◇和食に合うんです
 「ワインは和食とは合わないと言われてきましたが、それを覆したのが、穏やかで繊細な味わいの甲州ワインなんです。ほうとうをはじめとする山梨の郷土料理すべて合いますし、生魚でも合います。魚は切ると瞬間に脂身が酸化するので、ワインの中の鉄分と混ざって生臭くなるんですが、甲州ワインは鉄分が少ないから魚の味を邪魔をしないんです」

 ◇洋食でもOKです
 「ワインを料理にかけるソースのようなものだと思えばいい。(一般的には)レモンをかけたくなるような魚料理には白。胡椒やスパイスをかけたくなるような肉料理には赤ワインと考えればずれはないです。ただ、軽やかな甲州ワインはほぼすべての料理に合ってくる。これ一本買っていけば間違いありません」

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◇ラベルの見方
 「『甲州』と表示されているものは、100%甲州ブドウから造られています作られた。年号はブドウが獲れた年。甲州ワインは軽いので2、3年ぐらいがちょうどいい熟成期。今でしたら2017、年ぐらいがお勧めです」。

 ◇グラスの回すこと(スワリング)の意味
 じっと仲田さんの話に聞き入っていた水野選手がおもむろに質問。「あの、グラスを回して、空気を混ぜるのってどういう意味があるんでしょう…」

 「あまり気にしなくていいですが、何年も瓶に閉じ込められていた香りを外に出してあげるんです。1、2年ものならありませんが、5年、10年ものだと香りがすぐに出にくいことがあるので。ちょっとやってみましょうか。テーブルに置いたまま、斜め度に傾けて、右手で持つときは反時計まわりに大きく…。おっうまいですね。さすがスポーツ選手」

 ◇グラスの持ち方
 「ワインが入るボウルの部分ではなく、ステム(脚)を持ちます。適切な温度で飲むためです」

 ◇飲み残したら
 続いて若原選手が質問。「開けちゃったワインが飲み切れなかったことがあるんですが…」
 「空気を抜くセーバーも市販されていますが、ふつうにフタを閉めて冷蔵庫に入れても1週間ぐらいなら大丈夫。ハーフボトルに残ったワインを入れてもいい。空気に触れることで熟成が進む。進みすぎると劣化する可能性があります」

 この場で味わえなかった2人にはお土産に一本ずつ。それぞれ練習を終えた後の自宅で味わっていただきました。水野選手は「ワインというとチーズとか決まった食材が合うイメージでした。和食と合うとはびっくりでした」。若原選手は「ワインというともっとお金持ちの高級なイメージでしたが、山梨に来たし、自分で買っても飲みたいです」と話しました。

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 仲田さんは「唯一お酒の中で酸性ではなくアルカリ性なのがワインです。天然のアルコールなんで非常に健康にいいし、美容にもいい。殺菌作用もあります。もちろん(選手が)ガブガブ飲んではダメでしょうけど。私はガブガブ飲んでしまうんですが…」と言いながら2人にエールを送っていました。

2020年1月10日 (金)

ドキュメンタリー映画「さよならテレビ」

 ポレポレ東中野でドキュメンタリー映画「さよならテレビ」を観てきた。この映画が2020年の最高傑作であることは間違いないだろう。


 この作品は「ヤクザと憲法」をはじめとするタブーと忖度なしのドキュメンタリーを撮り続けきた東海テレビの圡方宏史監督と阿武野勝彦プロデューサーによるもの。今回カメラを向けたのは身内であるテレビ局内だ。突然、局内で企画書を配り、仕事仲間に対して、これから取材対象となってもらうと通告するところから始まる。

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 メディアが自己開示をする以上、そこに忖度があっては意味がない。困惑するスタッフたち、苛立ちを隠さず、撮影を止めさせようとするデスク。普通ならここで企画倒れとなるはずだが、驚くべきことに、こうして劇場で公開されている。


 社会科見学に来た子どもたちには「弱い人を助ける」「権力の監視」と報道の使命を説きながらも、現実には視聴率競争に追われる局員たち。働き方改革が叫ばれる中で、休めと言われても現実的には休めようはずがない。まさに「薄っぺらいメディアリテラシーは、もうたくさん」なのだ。この現実を見てみろよ、ということなのだ。


 私には契約記者として雇われて、1年で切られてしまったワタナベ君にも感情移入できたし、管理職を経験している立場としては、ミスをやらかしたワタナベ君を叱りつけるデスクの気持ちも分かる。報道に携わる者は皆、血の通った人間なのだ。


 もっとも心に残ったのは、「共謀罪」法案の危険性をなんとか視聴者に伝えようとする中年の契約記者、サワムラさんの悪戦苦闘ぶりだ。地方紙や業界紙を渡り歩き、自らもミニコミ紙を作るなどしてたどり着いたのが今の職場。その自宅には、ジャーナリズム、メディア関連の書籍がズラリ。学生時代には、本多勝一のジャーナリズム論や鎌田慧のルポを読み、その原点から離れられず、現実の中で何年も、何年ももがき続けている。

 サワムラさんの苦悩は、まさに私自身の苦悩に他ならない。これを描き出してくれた圡方監督と阿武野プロデューサーに心から拍手を送りたい。本当に感動した。

2019年12月10日 (火)

聖なるズー

今年の開高健ノンフィクション賞受賞作「聖なるズー」(濱野ちひろ、集英社)を読み終えました。ノンフィクションファンとして、毎年楽しみにしている開高賞は「従来の枠にとらわれない作品」がコンセプトですが、今年の受賞作はとらわれなさすぎ! 驚くべきことは、これが創作ではなく、ノンフィクションであるということ。自分の想像力を遥かに超えた世界が実在することに翻弄された感覚が読後の今も残っています。

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 テーマは犬や馬などをパートナーとする動物性愛者。読み始めるまでに少し躊躇してしまいました。動物との性交を好む人がいるということぐらいは知っていましたが、正直に言ってしまえば、それについて詳しく知りたいという気持ちが起こらなかったからです。

 冒頭は性暴力に苦しんだ著者の濱野さんご自身が体験を振り返るところから始まります。苦痛との闘いのための「鎧」を学術に求めた濱野さんは、京都大学大学院で文化人類学の一分野としてのセクシュアリティの研究する道へ。性をめぐり多角的な考察を重ねる、この研究分野で出合ったのが「動物性愛」というテーマでした。

 濱野さんはドイツの動物性愛擁護団体との接触を試み、「ズー」と呼ばれる動物性愛者たちを長期にわたって取材します。社会からは完全に「アブノーマル」と思われる行為なのになぜ…。寝食をともにしながら徐々に聞き出していった彼らの思いを辿る頃には、濱野さんの筆力に引き込まれていきました。そして、これは性とは何か、愛とは何か、多様性とは何か、人間とは何か、という深い問いかけなのだと気づきました。

 人間は「言葉」という便利な道具を持っていても争いや暴力を防ききることはできません。性暴力もその一つでしょう。人間同士の間にのみある「言葉による合意」というのは真実なのだろうか。私には濱野さんは書いた以下の部分が最も心に残りました。

 「言葉での合意さえあれば性暴力ではないと、いったいなぜ言えるのだろうか。言葉を使う私たちは、言葉を重視すればするほどきっと罠にはまる。言葉は、身体からも精神からも離れたところにあるものだ。それは便利な道具だが、私たち自身のすべての瞬間を表現しきれない。言葉が織りなす粗い編み目から抜け落ちるものは、あまりにも多い」
 
 ノンフィクションのテーマは無限にあると思いますが、読み継がれる価値があるものを求めるならば、本作のような学術的な研究分野というのは題材の宝庫なのではないか、ということも考えさせられました。私の場合は「多様性」という言葉は知っているつもりでも、真の意味で理解していたのか、という問いを突き付けられたような気持ちです。

 題材を聞いただけでおぞましく思われる方も多いでしょう。しかし読んだ上でなくては決して議論はできないノンフィクション作品だと思います。

2019年11月27日 (水)

「投げない怪物」

 ノンフィクションライター、柳川悠二さんの新刊「投げない怪物」(小学館)を読みました。今夏の高校野球で最大級の物議を醸したのは、岩手県大会決勝、花巻東対大船渡での出来事。MAX163キロのドラフトの眼玉、大船渡の佐々木朗希投手は國保陽平監督の「故障を防ぐため」という判断で登板せず。大船渡は2―12で大敗しました。

 肯定派と否定派が真っ二つに分かれたこの監督判断を筆者の柳川さんは「高校野球の歴史の転換点」ととらえています。高校球児の将来を守るという観点からどちらかというと「肯定派」の声が優勢の中で、現場を見続けた取材者として感じたのは「英断」として称賛することへの違和感でした。

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 2018年には典型的な先発完投型と言える金足農の吉田輝星が脚光を浴び、その翌年に起きた出来事だと思えば、確かに「転換点」だったと言えるでしょう。筆者は「先発完投」が消えた背景、現代のスカウト合戦、強豪校となるために必要な条件など様々な観点から、この「転換点」を検証しています。

 スポ魂漫画を彷彿とさせるようなボロボロになっても一人で投げ抜く投手が消え、盤石の継投策で、堅実な「勝利の方程式」を構築した学校が生き残っていくという流れは今後も進んでいくでしょう。その一方で、この夏の佐々木投手の「投げたかった」という悔いを蔑ろにして良いわけでもありません。

 簡単に割り切れる問題ではない。だからこそ、様々な観点から事実を把握した上での議論が必要でしょう。本書は、その叩き台とも成り得る好著です。

2019年11月18日 (月)

映画「iー新聞記者ドキュメントー」

 森達也監督の新作ドキュメンタリー映画「i―新聞記者ドキュメント―」を新宿ピカデリーでを観て来ました。

 これまでオウム真理教信者や音楽家・佐村河内守氏の日常を撮影し、作品化して来た森さんが今回、被写体に選んだのは東京新聞社会部記者の望月衣塑子記者。官邸会見で菅官房長官を質問攻めし、官邸側も「質問が「事実に基づかない質問を繰り返している」などと反撃に出たことで世に知られるようになった記者です。

 映画では、その果敢な取材ぶりに圧力がかけられる様子、望月さんへ向けられる声援とバッシング、脅迫の実態が収められています。

 そして菅官房長官に質問を浴びせる望月さんを撮影するため、官邸に入ろうとした森さんがぶつかった厚い壁…。

 率直な感想として、とても社会的なメッセージが強いにも関わらずまったく教条的ではなく、エンタメ映画として観られるほどの面白さでした。ドキュメンタリー映画ではあり得ないような森さんならではの新手法もあります。平日の昼間にも関わらず、ほぼ満席。ぴあ映画初日満足度ランキングで1位だというのも、納得できる作品でした。

https://i-shimbunkisha.jp/

 そもそも、現実の新聞記者というのは、有能であったとしても、報道番組のキャスターなどに転身しない限りは、まず絵になり得るような存在ではありません。リクルート事件、最近では森友事件のようなスクープをものにした記者でさえ、新聞業界以外ではまったくの無名人です。

 それでも望月さんには、森さんに「撮りたい」と思わせるだけの強烈なインパクトがあったのでしょう。そしてこうしてドキュメンタリーの主人公になってしまうわけですから、やはり現在の日本の新聞業界の中では記者として特異な存在になってしまっているのだと思います。作品の中での森さんの「そもそも何で自分は望月さんを撮っているんだろう」という自問が、この映画の核心のように思いました。

 政治であれ、社会であれ、経済であれ、あるいはスポーツであれ、いかなる対象でも記者が取材対象と馴れ合って良いはずがありません。記者会見の場で事実を問いただすのは、本来当たり前のことであって、望月さんはその当たり前のことをしているに過ぎないはずなのです。

2019年11月14日 (木)

「探検家とペネロペちゃん」

 探検家・ノンフィクション作家、角幡唯介さんの子育てエッセイ「探検家とペネロペちゃん」(幻冬舎)を読みました。

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 角幡さんの愛娘ちゃんと私の娘は同じ2013年生まれで、誕生日は5か月違い。なのでこのエッセイは「小説幻冬」で連載されている頃から注目して時折、書店で立ち読みしていたわけですが、こうして単行本として読んで、初めてその核心をつかむことができました。それは本の帯に書かれている、このフレーズに集約されています。
 

「子どもは、極夜より面白い。」

 一応は大学山岳部出身で、本多勝一の冒険論などを読んで学生時代を過ごしながらも、結局は会社員になった私にとって、角幡さんは、自分にはできなかったことを実行して来た探検家です。未踏のチベット秘境の踏査、ヒマラヤでの雪男さがし、北極での1600キロ徒歩行、そしてこれらの探検活動の集大成とも言える「極夜行」。

 これらの探検活動をスポンサーに頼らず、独力で成し遂げてきたということは、登山やら探検・冒険やらを関心事とする者にとっては、驚嘆すべきことです。その角幡さん自身が「極夜よりも、子どもが面白い」というのだから、探検ができなかった者が、胸を射抜かれたといっても大げさではないでしょう。心の中で叫びました。「俺は極夜には行けない。でも俺の家にもペネロペがいるではないか!」と。

 優れた名作小説を読んでいると「自分のことが書かれている」という錯覚に陥るものですが、我が家の「ペネロペ」と日々接している私にとってこのエッセイにはまさにその感覚がありました。子を持つまでは、子どもの写真を年賀状に貼り付けてくる人々の気が知れなかったのに、今ではそれが当然のことと思えている。親バカとは、探検家でも抗えぬ自然の摂理のようなものなのでしょう。

 その親バカぶりは、一読者に過ぎぬはずの私まで恥ずかしく感じてしまう話が満載。恐らく無類のサービス精神によるものでしょうが、角幡さんは読者に「そこまでせんでよろしい」と感じさせるほど、ご自分をさらけ出す癖があります。「空白の五マイル」の書き出しもそうでしたし、「極夜行」で物議を醸したキャバクラの喩えもそうでしょう。子育てエッセイにも関わらず、一定の読者はドン引きするに違いない、エロ動画の話なんかもこの本には出てくるわけですが、これもキレイゴトばかりではないリアリティーを感じさせる大事な要素だと私は思っています。

 感銘を受けずにいられないのは、本の面白さはさることながら、この本の出版を許した奥さまの寛容なる精神です。「ペネロペちゃん」が晴れてゴリラの研究者として、その名を馳せた日に、再びこのエッセイは脚光を浴びることでしょう。
 子育て本では、一貫したヒューマニズムの精神で、子どもたちへの信頼を説いた松田道雄の「育児の百科」(岩波文庫)以来の名著だと思います。

甲斐毅彦

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