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2019年11月18日 (月)

映画「iー新聞記者ドキュメントー」

 森達也監督の新作ドキュメンタリー映画「i―新聞記者ドキュメント―」を新宿ピカデリーでを観て来ました。

 これまでオウム真理教信者や音楽家・佐村河内守氏の日常を撮影し、作品化して来た森さんが今回、被写体に選んだのは東京新聞社会部記者の望月衣塑子記者。官邸会見で菅官房長官を質問攻めし、官邸側も「質問が「事実に基づかない質問を繰り返している」などと反撃に出たことで世に知られるようになった記者です。

 映画では、その果敢な取材ぶりに圧力がかけられる様子、望月さんへ向けられる声援とバッシング、脅迫の実態が収められています。

 そして菅官房長官に質問を浴びせる望月さんを撮影するため、官邸に入ろうとした森さんがぶつかった厚い壁…。

 率直な感想として、とても社会的なメッセージが強いにも関わらずまったく教条的ではなく、エンタメ映画として観られるほどの面白さでした。ドキュメンタリー映画ではあり得ないような森さんならではの新手法もあります。平日の昼間にも関わらず、ほぼ満席。ぴあ映画初日満足度ランキングで1位だというのも、納得できる作品でした。

https://i-shimbunkisha.jp/

 そもそも、現実の新聞記者というのは、有能であったとしても、報道番組のキャスターなどに転身しない限りは、まず絵になり得るような存在ではありません。リクルート事件、最近では森友事件のようなスクープをものにした記者でさえ、新聞業界以外ではまったくの無名人です。

 それでも望月さんには、森さんに「撮りたい」と思わせるだけの強烈なインパクトがあったのでしょう。そしてこうしてドキュメンタリーの主人公になってしまうわけですから、やはり現在の日本の新聞業界の中では記者として特異な存在になってしまっているのだと思います。作品の中での森さんの「そもそも何で自分は望月さんを撮っているんだろう」という自問が、この映画の核心のように思いました。

 政治であれ、社会であれ、経済であれ、あるいはスポーツであれ、いかなる対象でも記者が取材対象と馴れ合って良いはずがありません。記者会見の場で事実を問いただすのは、本来当たり前のことであって、望月さんはその当たり前のことをしているに過ぎないはずなのです。

2019年11月14日 (木)

「探検家とペネロペちゃん」

 探検家・ノンフィクション作家、角幡唯介さんの子育てエッセイ「探検家とペネロペちゃん」(幻冬舎)を読みました。

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 角幡さんの愛娘ちゃんと私の娘は同じ2013年生まれで、誕生日は5か月違い。なのでこのエッセイは「小説幻冬」で連載されている頃から注目して時折、書店で立ち読みしていたわけですが、こうして単行本として読んで、初めてその核心をつかむことができました。それは本の帯に書かれている、このフレーズに集約されています。
 

「子どもは、極夜より面白い。」

 一応は大学山岳部出身で、本多勝一の冒険論などを読んで学生時代を過ごしながらも、結局は会社員になった私にとって、角幡さんは、自分にはできなかったことを実行して来た探検家です。未踏のチベット秘境の踏査、ヒマラヤでの雪男さがし、北極での1600キロ徒歩行、そしてこれらの探検活動の集大成とも言える「極夜行」。

 これらの探検活動をスポンサーに頼らず、独力で成し遂げてきたということは、登山やら探検・冒険やらを関心事とする者にとっては、驚嘆すべきことです。その角幡さん自身が「極夜よりも、子どもが面白い」というのだから、探検ができなかった者が、胸を射抜かれたといっても大げさではないでしょう。心の中で叫びました。「俺は極夜には行けない。でも俺の家にもペネロペがいるではないか!」と。

 優れた名作小説を読んでいると「自分のことが書かれている」という錯覚に陥るものですが、我が家の「ペネロペ」と日々接している私にとってこのエッセイにはまさにその感覚がありました。子を持つまでは、子どもの写真を年賀状に貼り付けてくる人々の気が知れなかったのに、今ではそれが当然のことと思えている。親バカとは、探検家でも抗えぬ自然の摂理のようなものなのでしょう。

 その親バカぶりは、一読者に過ぎぬはずの私まで恥ずかしく感じてしまう話が満載。恐らく無類のサービス精神によるものでしょうが、角幡さんは読者に「そこまでせんでよろしい」と感じさせるほど、ご自分をさらけ出す癖があります。「空白の五マイル」の書き出しもそうでしたし、「極夜行」で物議を醸したキャバクラの喩えもそうでしょう。子育てエッセイにも関わらず、一定の読者はドン引きするに違いない、エロ動画の話なんかもこの本には出てくるわけですが、これもキレイゴトばかりではないリアリティーを感じさせる大事な要素だと私は思っています。

 感銘を受けずにいられないのは、本の面白さはさることながら、この本の出版を許した奥さまの寛容なる精神です。「ペネロペちゃん」が晴れてゴリラの研究者として、その名を馳せた日に、再びこのエッセイは脚光を浴びることでしょう。
 子育て本では、一貫したヒューマニズムの精神で、子どもたちへの信頼を説いた松田道雄の「育児の百科」(岩波文庫)以来の名著だと思います。

2019年10月30日 (水)

「辺境メシ」

ちょうど1年前に出版されたノンフィクション作家、高野秀行さんの「辺境メシ」(文芸春秋)を今さらながら読み終えました。読了が大幅に遅れたのには2つ理由があります。

 一つは2016年から18年にかけて「週刊文春」で連載していた時から毎回楽しみにしていて、すでに読んでしまっていたためです。

 もう一つは、あまりにも面白いので読み進めるのが惜しいと思っていたためです。本当に好きな小説には、こういう感覚がありますよね。

 巻頭のカラー写真を見ながら改めて読んでみると、連載の時以上に一つひとつの「辺境メシ」が強烈に感じられます。ヒキガエルジュース、サルの燻製脳味噌、胎盤餃子、アマゾンのおばさんによる口噛み酒…。

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 私も比較的「ゲテモノ」には挑戦してみるタイプなのですが、「さすがにこれはちょっと…」と腰が引けてしまうものも。高野さんの未知のものへの好奇心、探求心が、やはり筋金入りのホンモノであることを思い知らされます。

 同じように食べるのが無理であっても、この本を読めば、「食」の可動域を広げてみようという勇気が湧いてくること請け合いです。

 高野さん自身が書いているように、ここに挙げられたのは地球上にある「変な食べ物」のごく一部でしょう。これから訪れる初めての土地で、「辺境メシ」を自分で発見する歓びを是非、味わってみたいと思います。

2019年10月13日 (日)

「序列を超えて。ラグビーワールドカップ全史」

 ラグビーW杯観戦をお楽しみの方にお勧めしたい一冊が、スポーツライターでラグビー解説者の藤島大さんの「序列を超えて。 ラグビーワールドカップ全史 1987―2015」(鉄筆文庫、960円)です。

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 藤島大さんは数多いスポーツライターの中でも際立っ て文章が粋で、屈指の名文家の一人だと思います。東京新聞夕刊で連載されていた頃は毎回記事を切り抜いて勉強させて頂いていました。
    早大ラグビー部出身でいらっしゃるということもあり、やはり「本職」はラグビーです。本書は1987年の第1回W杯からジャパンの南アフリカ撃破に沸いた第8回W杯までを現地取材して発表して来た文章を再構成したものです。
     何よりもこれまでの流れがよく分かりますし、ジャパンはよくぞここまで強くなったものだ、と改めて感心してしまいます。思わず「へー」と声が出るエピソードも満載です。
    いよいよ決勝トーナメント直前ですが、この1冊を読んで観戦すれば楽しさは何倍にも膨らむと思います。

2019年10月12日 (土)

「ロウソクの科学」

ノーベル化学賞を受賞した吉野彰さんが、小4の時に先生に勧められて読み、科学者になるきっかけとなったという19世紀英国の科学者、ファラデーの「ロウソクの科学」を読みました。

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 私が中野の明屋書店でこの本を買ったのは、中1だった1983年。「秋だから読書を」という以外には、平積みになっており、160円という廉価だったというぐらいしか理由はありませんでした。

 ロウソクを使っての科学実験の話なのですが、そもそも理科が苦手な私は、まったく引き込まれず、10ページぐらいで挫折。その後も読まないまま眠り続けていました。

 この度、吉野さんが小4の時に読んだと聞いて、36年ぶりに再読。中学生の時の私が挫折したのは無理もありません。今読み返してもけっこう難しいのです。ただ、この1冊が科学の世界への開眼のきっかけとなるというのはなんとなく分かる気がしました。

 この本は1860年にファラデーが英国王位研究所で、少年少女向けに、燃焼時の物理・化学現象についてロウソクを題材にして行った講演を書籍化したものです。

 ロウソクを使って炎の源・構造について説明するところから始まり、燃焼のための空気の必要性、水の性質、空気の中の酸素、大気の性質・・・と展開していきます。現在、教育テレビなどの科学教育番組になじんでいる私たちにとっては、あまり斬新さはありませんが、19世紀の子どもたちは、生活の中でも必需品だったロウソクを使って展開する講義には知的好奇心をそそられたことでしょう。その生き生きとした様子は、この講演録から感じ取ることができました。

 吉野さんの受賞後、「ロウソクの科学」は品薄になっているそうです。もっとも一般的な岩波文庫や、角川文庫も売り切れ状態。ちなみに私が持っている京大名誉教授・吉田光邦訳の講談社文庫はすでに絶版。アマゾンで調べたら10014円という高額がついていました。購入時160円でしたが、36年で60倍以上、価値が跳ね上がったことになります。中1の時にこの1冊を買った自分を初めて褒めてやりたい気持ちになりました。

 

2019年10月 7日 (月)

「国境を越えたスクラム」

 9月22日付の読売新聞書評欄でジャーナリストの森健さんが紹介されていた「国境を越えたスクラム」(山川徹、中央公論新社)を読みました。 
 W杯3連勝中でいよいよ決勝トーナメント進出が見えてきた日本代表のメンバーは31人中15人が外国出身選手。「ガイジンばっかり」などと冷めている方には、是非お勧めしたいノンフィクションです。

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  彼らはなぜ国境を越えて、日本でスクラムを組むことを決めたのか。本書では海外組黎明期のトンガ人留学生選手たちへの取材でその経緯を丁寧に描いていきます。1987年の第1回W杯で日本代表初トライを決めたノフォムリは、当初ソロバンを学ぶためにトンガから大東文化大に留学したのが、そのきっかけだったというエピソードは特に印象に残りました。
 筆者の山川さん自身も山形中央高校ラグビー出身で、2、3年時に花園に出場している元選手。当時、高校ラグビー初の留学生として仙台育英で注目されていたニュージーランド出身のブレンデン・ニールソン(ニールソン・武蓮傳)については、フィールド上で交わった選手目線での印象を描いた上で、現在の本人にインタビューをしています。彼らが海を越えて日本でラグビーに取り組んだ思いが、こんなに熱いものだったとは。屈強な留学生を集めての「勝利至上主義」という批判が、偏った見方であることに読者は気づかされると思います。
 海を越えて桜のジャージを着るようになったのは、トンガやニュージーランドなどのラグビーが盛んな国の出身者だけではありません。本書の最終章では日本代表になった韓国出身の選手たちにスポットを当てています。
 私は以前からサッカーのようにラグビーも日韓の実力が拮抗するようになったら面白いだろうな、と想像して来ましたが、ラグビーに関しては日本の競技人口18万人に対して、韓国は2000人にも満たない。つまり100分の1程度しかいないわけです。純粋に高いレベルを目指す韓国のラグビー選手が、頗る環境が整った日本代表に憧れるというのは、むしろ当然なのかもしれません。
 現在の日本代表で活躍しているプロップの具智元もその一人。ラグビーを通じて日韓の架け橋になりたい、という思いには、心から拍手を送りたいと思います。
 今年4月に改正入管法が施行され、外国人労働者の受け入れを拡大しました。差別を助長しかねないこの政策には疑問がありますが、日本社会は益々外国出身者との共生を目指すべき環境になっていくことは間違いありません。異国から来た能力を日本社会でどう生かしていくか。
 勝利という一つの目標へと向かう国境を越えたスクラムには、偏狭なナショナリズムを超えた崇高とも言えるスピリットがあるのではないか。これからの日本社会が、そこから学び取るべき智慧は、汲みつくせぬほどあるように思います。

2019年9月30日 (月)

映画「帰れない二人」

渋谷のル・シネマで中国映画「帰れない二人」(ジャ・ジャンクー監督)を観ました。

 山東省の裏社会で生きるヤクザ者の男とその恋人の物語なんですが、舞台が2001年から始まり、北京五輪開催、三峡ダムの完成、経済の急成長など現代の中国の姿が映し出されています。

 ストーリーそのものよりも、私にはその情景の方が興味深く感じられましたし、制作者の意図もそこにあるようです。中国の映画にはいまだに検閲があり、表現者にとっては締め付けをどうすり抜けるかという努力を常にしなくてはならないようです。

 それにしてもモウモウと煙る喫煙のシーンが非常に多く、画面を観ているだけで煙たく感じるほど。ある意味で「コミュニケーションは煙草でとる」という従来の中国の姿を映し出しているのだな、と思いました。

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2019年9月16日 (月)

「戦国廃城紀行」

ノンフィクション作家・澤宮優さんの「戦国廃城紀行 敗者の城を探る」(河出文庫)を読みました。

 城巡りですが、大坂城、姫路城、熊本城といった天守閣を見物できる名城はまったく登場しません。徳川家康の敵となった石田三成の佐和山城、織田信長を討った反逆者たる明智光秀の坂本城、秀吉に仕えた加藤清正が勝者から敗者に転じたことを物語る鷹ノ原城…。登場する12の城は戦国時代に疎い私には、すべて初耳のものでした。

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  しかし、それも無理はないでしょう。これらの城址は歴史上の「負け組」が遺していったもの。私たちがこれまで学んできた歴史は、勝者の歴史であり、ここで綴られている敗者たちの物語は、めくるめく知られざる世界なのです。

 かつて、戦死した巨人軍捕手、吉原正喜の生涯を描いた「巨人軍最強の捕手」(晶文社)でミズノスポーツライター賞を受賞した澤宮さんの主分野は、野球をはじめとするスポーツです。廃城というテーマは、あまりにもかけ離れているようにも感じますが、時空を超えて貫いているのは「光が当たらない者への眼差し」でしょう。

 「負け組への応援歌」をモットーとしている澤宮さんがスポーツノンフィクションで描く対象はヒーローやエースといった第一線のアスリートよりも、脚光を浴びたとは言えない選手の方が多い。「負け組」に視点を置いてこそ、初めて見えてくる世界を描くのが、澤宮さんの真骨頂でしょう。

 大学時代に考古学を専攻されたことを考えれば、歴史上の「負け組」に視点を向けることにも合点がいきます。

 若者は就職難、高齢者は貯蓄がなければ生きられない社会になり、自殺者は増加の一方。弱者にとって優しいとは言えない今の世の中で生きる私たちにとって、敗者の城から時空を超えて聞こえて来るメッセージに耳を傾けることは、決して無駄なことではないと思います。

2019年8月29日 (木)

「八九六四『天安門事件』は再び起きるか」

 今年の大宅壮一ノンフィクション賞受賞作となったルポライター、安田峰俊さんの「八九六四 『天安門事件』は再び起きるか」(角川書店)を読みました。

 今から30年前の1989年6月4日、民主化を求める学生らに向かって軍が発砲し、多くの死傷者が出た天安門事件。この作品は事件に直接関わった当時の学生を始め、多くの関係者にインタビューすることにより、語り継がれる中国の民主化運動弾圧事件の実態に迫ったノンフィクションです。

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 事件当時、大学1年生になったばかりだった私にとっても、天安門事件は記憶に新しく、ソ連でペレストロイカが始まり、東西冷戦が終結へと向かう流れの中で起きた事件だととらえていました。

 卓越した中国語能力と取材力の合わせ技で為しえたこの力作を読んで改めて認識できたことは、天安門事件は当時のエリート層が起こした事件であって、市民一般の声を反映した運動だったとは言えないということです。

 30年前を振り返る彼らからは非常に冷めており、とても美化できる運動ではなかったということが分かってきます。興味深いのは、彼らの回想が、日本の全共闘世代のそれと重なり合うという点でした。筆者の安田さんが終章で引き合いに出したのは「西遊記」に登場する孫悟空。これがストンと腑に落ちるというか、非常に効果的だと感じました。

 本書を読めば、30年前の事件を通じて現在の中国を知ることができると思います。そして、現在香港で激しい反政府デモが起きている背景にあるものも見えてくるでしょう。

 終章で安田さんは、今後の数十年、中国で「まともに民主化が実現する可能性はほぼゼロに近いだろう」とつづっています。隣国で暮らす者として、私たちは中国との友好を深め、協調していくべきだと信じていますが、その第一歩として、まずは中国という国の現実を見極めていくことが大切なのだと思います。

2019年8月 1日 (木)

団地と移民 課題最先端「空間」の闘い

 敬愛するジャーナリスト、安田浩一さんの「団地と移民 課題最先端『空間』の闘い」(角川書店)を読みました。


 安田さんは、在日韓国・朝鮮人の生活地域で排外デモを行っている「ネット右翼」の実態を綿密な取材で明らかにしたルポ「ネットと愛国」で講談社ノンフィクション賞を受賞するなど、マスメディアが切り込みにくいテーマに取り組み、高い評価を得てきたジャーナリストです。本書のテーマである「団地」も、これまで安田さんが追ってきたテーマの延長線上にあり、さすがの着眼点だと思いました。

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 団地は戦後の住宅難を解決するために、国策的に全国に広がった住宅。高度成長期に広まった「風呂付き住宅」には夢と希望が詰まっていたのです。


 「転勤族」の家庭で育った安田さん自身も、団地で育ちました。ルポは安田さんが子どもの頃に育った東京・町田市の団地を再訪するところから始まります。40年以上を経て、もっとも顕著に感じられた変化は高齢化。今や、孤独死が起きてしまう都会の限界集落と化しています。

 そこに生活の場を求めて、コミュニティーを形成しているのが中国やブラジルなどからの移住者たち。文化の違いから起こる住民間のトラブルは少なくありません。さらに、そこには住民ではない排外主義者たちが群がってくる…。

 安田さんは憎悪が巻き起こる背景を具に取材しながらも、現状を憂い、相互理解を進めようと尽力する善意にも光を当てています。

 文化や民族、価値観が違うものが、どうすれば共生していけるのか。これは4月1日に改正入管法が施行され、外国人労働者の受け入れに拍車をかけている日本社会が考えていかなくてはいけない最も大きな課題なのではないでしょうか。

 あとがきの中で安田さんは団地を「多文化共生社会の最前線」と書いています。他者とともに生きていく私たちにとって学ぶべきことの多い一冊です。

甲斐毅彦

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