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2021年6月 3日 (木)

「海辺の彼女たち」

  ベトナムから来た「技能実習生」の女性たちをテーマにした映画「海辺の彼女たち」(藤元明緒監督)をポレポレ東中野で観て来ました。
 劣悪にして、過酷な職場から脱走した3人のベトナム女性が、ブローカーを頼りに、たどり着いたのは雪深い港町。不法就労で検挙される恐怖に怯えながら漁村で働く彼女たちが働く理由は「親の借金を返し、結婚したい」「妹に自転車を買ってやりたい」と実に健気なものです。
 そんな中で、3人のうちの1人、フォンが倒れてしまいます。病院には行くものの、在留許可証も健康保険証もなく…。
 実話に基づいたフィクションですが、映像は非常にリアルでドキュメンタリーを観ているかのような錯覚に陥ります。それは在日ミャンマー人をテーマに日本の移民問題を描いた藤元監督の前作「僕の帰る場所」でも感じたところですが、今回はさらに切なく、救いのない悲しみがのしかかるようでした。
 それは私たちが生活するこの国で起きている現実を、突き付けられたからに他ならないからでしょう。

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2021年5月31日 (月)

「犬と歩けばワンダフル」

 ノンフィクション作家の北尾トロさんと言えば、傍聴した裁判で目撃した人間模様をエッセイにした「裁判長! ここは懲役4年でどうすか」が印象深い傑作でした。その北尾さんの最新刊「犬と歩けばワンダフル」(集英社)を読みました。信州で暮らす猟犬と猟師に密着した動物ノンフィクション。

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 冒頭は意外な告白で始まる。私と同様に「猫好き」だというのだ。犬にはむしろ怖いイメージを持っていたと告白する北尾さんが、なぜ猟犬に興味を持つようになったのか。それは、狩猟に興味を持ち、狩猟免許を取って銃砲所持許可を得ていたという流れからすれば当然だったのかもしれません。

 狩猟にはまったく縁のない私ですが、サバイバル登山家として狩猟活動を行っている服部文祥さんの作品の愛読者なので、興味は持っていました。北尾さんが密着した長野市在住の船木さんと、ともに暮らす猟犬たちの世界には、温かみの中にどこか「ゆるさ」もあり、他の動物との間では恐らく成立しえない、犬と人との絆を感じさせられます。

 体験型のノンフィクションというのは、やはり面白い。「猫好き」の一人として新たな視野を広げさせてくれた1冊でした。

2021年4月27日 (火)

狩猟登山家の「読む栄養」

 最小限の装備で入山し、食料は狩猟で現地調達するサバイバル登山家・服部文祥さんの最新刊「You are what you read あなたは読んだものに他ならない」(本の雑誌社)を読みました。

 世界で唯一無二とも言える狩猟登山家は、どのような活字に触れて、その価値観を持つに至ったのか。山中で捕らえた鹿や蛙が、身体をつくっているならば、精神をつくってきたのは書物でしょう。書評というよりも、本をテーマにしたエッセイ集である本書のタイトルはそういう意味を込めているようです。

 服部さんが2017年に初めての小説「息子と狩猟に」(新潮社)を出版した時にインタビューをさせて頂いたことがあります。「取材場所はどこにしましょうか」と尋ねたところ「いえ、そちらまで行きます」と走って、私の勤め先に現れた時には度肝を抜かれました(実はたまたま職場が近かったというだけですが)。

 この「息子と狩猟に」は、極限まで山との一体化を目指し、生死と対峙してきた独自の世界観を具現化した強烈な物語で、人間界の常識や倫理観を超えた根源的な生命についての問い掛けをテーマとした作品でした。読後4年経っても、その強烈な印象が残っていますが、服部さんの読書歴を辿ることで、改めてその世界観を突き付けられたような気がします。

 紹介されている本はナンセンの『極北 フラム号北極漂流記』をはじめとする冒険記ももちろんありますが、『仏教思想のゼロポイント 「悟り」とは何か』(魚川祐司著)のように宗教観に関するものや「生命の根源を問う『私たちはどこから来て、どこへ行くのか 科学に「いのち」の根源を問う』(森達也著)のような書籍も登場する。ヘミングウェイの「老人と海」やサン=テグジュペリの「夜間飛行」など世界の名作も含まれています。様々なジャンルの書籍が、強力な引力で独自の世界観に引き寄せて語られているところに圧倒されました。

 私自身、既読の書籍も多いのですが、狩猟登山家の価値観というフィルターを通して、一つひとつを改めて読み返してみたいという衝動に駆られているところです。そんなことをしているうちに、野生の獣肉が食べたくなってくるのではないか…と、そんな予感がしています。

You_are_what_you_read

2021年4月12日 (月)

「最速で体が変わる『尻』筋トレ」

 新刊「最速で体が変わる『尻』筋トレ」(弘田雄士著、青春出版社)をご紹介します。

 最速で筋トレの効果を実感するには「お尻の筋肉」を鍛えること―。そう力説する本書は、まず腕立て伏せや腹筋から筋トレに取り掛かることは「とても効率が悪い」という重要な指摘から始まります。

 従来の筋トレのイメージを覆すビルドアップ術のキーワードは男性ホルモンの一種である「テストステロン」。初めて聞く話が満載ですが、説得力があるのは筆者であるスポーツトレーナーの弘田雄士さんが、これまでに千葉ロッテマリーンズのコンディショニング・トレーナーとして日本一に貢献するなど、様々なトップアスリートのサポート役としての確かな実績があるからでしょう。

 1日5分、老若男女誰でも手軽にできるトレーニング方法が写真付きで詳述されているのは嬉しいです。

 筋トレ指南本は世に数多くありますが、本書は何よりもプロ野球選手の息子として育った弘田さんが、トレーナーの道を志し、様々なアスリートの体と向き合ってきた信念が貫かれていることを感じます。

 筋トレの一番の成果とは?「自分が潜在的に持っている力を100%発揮できるようになること」

 つまり変わるのは、身体だけに留まらず、人間性にまで良い影響をもたらしていくものだということなのです。

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2021年4月 9日 (金)

「人間の器」

 伊藤忠商事の元会長で、中国特命全権大使などを歴任した丹羽宇一郎氏の人生訓「人間の器」(幻冬舎新書)を読みました。

 本の中で説いている「「器の大きい人」とは自分に利益がなくとも、他人のために行動できる人」。言い換えれば「利他心」を持っている人のことでしょう。

 やはりこういう話の説得力の有無となると、発している人物の行動と照らし合わせて判断することになるでしょう。丹羽氏といえば、伊藤忠商事の社長時代に巨額の不良債権を一括処理して、翌年度には史上最高益を計上した実績があります。日中関係をめぐる様々な発言には賛否両論あると思いますが、少なくとも私利私欲に基づくものではないと、私は思っています。

 人生も後半戦に入った我が身を振り返ると、世の中の役に立ったことなど何一つなく、自らの器の小ささを嘆きたくなるばかりですが、「人間はいつからでも変われる」という丹羽氏の言葉に励まされました。

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2021年3月31日 (水)

相撲漫画家・琴剣さんが大切にしていたこと

  26日に急逝した相撲漫画家、琴剣さん(享年60歳)には、約20年間お世話になりました。2001年から大相撲担当になり、06年に担当が外れた後も、私に長女が生まれた時には愛情あふれるお祝いの言葉を頂いたり、東京・中野区の絶品カレーライスの店へ一緒に行ったり、と思い出は尽きません。

 20年間、琴剣さんと接してきて、すごいと思うことは、誰のことも悪く言わないということ。もっとすごいのは、誰一人として琴剣さんを悪く言う人がいないということです。

 角界は敵と味方に分かれたり、派閥が生じやすい世界です。ましてや、琴剣さんは、スポーツ報知で30年間、力士の喜怒哀楽を描き続けた立場でした。勝って胸を張る力士ばかりならば良いが、負けてみじめな力士を描くこともあります。不本意ながらも不祥事をやらかしてしまった力士を絵にしてもらうことだって度々ありました。それでも、力士や親方からのクレームは一度も聞いたことがありません。これは、根底に何があったからだろうか。琴剣さんが漫画を描く上で、「大切にしてきたこと」を守り続けたからだと私は思っています。

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 琴剣さんが、まだ千葉・船橋市でちゃんこ料理店を経営していた頃の話。店に行って、史上最高に美味しい塩ちゃんこ(決してお世辞ではない)を食べ終わった後、漫画を描く上で心がけていることを尋ねてみました。

 「自分は関取になれず、三段目までしかいけませんでした。だからというわけではないんですが、こう思っています。序ノ口だとか横綱だとかいう番付以前に、土俵に上がってまわし一つで戦うのは、皆同じ人間だということ。その一人ひとりへの敬意と信頼をなくして漫画を描いてはいけないと思うんです」

 琴剣さんは11歳も年下の私に対して常に敬語でした。もっと若い記者に対しても同じ。序列が厳しい番付社会で育ったにも関わらず、地位や年齢で人を差別しない。その徹底した平等な価値観が反映された漫画は、日本を代表する漫画家の目にも止まりました。「アンパンマン」の生みの親、やなせたかし氏(故人)です。

 琴剣さんはやなせ氏から「君の漫画は生きている! 相撲の漫画はしっかり頼むよ」と激励された言葉をずっと大切にし続けていました。

 やなせ氏が2013年に亡くなった時、琴剣さんはこう話していました。「やなせ先生におっしゃっていただいたように、漫画に命を吹き込めるならば、本当に素晴らしいですよね。勝った力士だけではなくて、負けた力士の絵にも命を吹き込んでエールを送りたい。土俵の土というのは、たとえ相撲とは違う道へ進んでも花を咲かせられる養分があると思っているんです」。言うまでもなく、琴剣さんも、土俵を降りてから「相撲漫画家」という「世界で一つだけの花」を咲かせた一人でしょう。

 親方衆や現役力士をはじめ多くの弔問客が訪れた29日の通夜。棺に収まった琴剣さんに涙でお別れのあいさつをして、御礼を言いました。元気だった時と同じように優しい顔のままでした。霊山へと旅立ちますが、描き遺した漫画は、これからも生き続けていきます。

2021年3月25日 (木)

「迷子になった拳」

ミャンマーの伝統格闘技の世界に飛び込んだ日本人格闘家を追ったドキュメンタリー映画「迷子になった拳」(監督・今田哲史)が26日から東京・渋谷ホワイトシネクイントで公開(全国順次公開)されます。
 先日、試写会で観て来たのですが、元格闘技記者の眼から見ても、非常に過酷で、えげつないとも言えるほどの競技。基本はキックボクシングと同じですが、ラウェイはグラブなしでバンテージだけ巻いた拳で殴り合う。肘打ちも、頭突きもOK。故意でなければ金的攻撃まで認められてしまう―。
 プロスポーツの一つとは言え、ファイトマネーで食べているわけがない。それどころか試合の度に血まみれにされ、文字通りの真っ赤な赤字が嵩んでいくのは必至。それなのになぜ、こんな理不尽な世界に挑むのか。「猛者」からはほど遠い不器用な主人公の生きざまを通じて、いろいろなことを考えさせられました。

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 主題は「若者の自分探し」だと私は捉えましたが、それだけに留まらぬことを感じさせられるのは、舞台が私たちにはなじみが薄いラウェイという異界であるという点でしょう。私は数ある格闘技の中でも、最も過酷だとも言えるこの競技をなぜミャンマーの人々が愛好しているのかをもっと知りたくなりました。
 格闘技ファンはもちろん、ミャンマーをはじめとする東南アジアに興味がある方にも観て頂きたい作品です。
 

2021年3月15日 (月)

「あこがれのアスリートになるための50の挑戦」

非常にユニークな本を読みました。「あこがれのアスリートになるための50の挑戦」(P・バッカラリオ、M・プロスペリ著、訳・有北雅彦、太郎次郎社エディタス)。
 イタリアの児童作家とスポーツジャーナリストの合作で、題名のとおりの内容本なのですが、数多くある、この手の日本の出版物とは、観点が微妙に異なるのです。
 「あこがれのアスリート」というと誰を思い浮かべるでしょうか。例えば今ならば、野球の大谷翔平、サッカーの久保建英、テニスの大坂なおみ…。まだまだ挙げられそうですが、本書での定義は、身体能力やテクニックだけでなく、その振る舞いもふくめてヒーロー(ヒロイン)である、ということです。

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 そんなあこがれの存在に近づいていくための50の項目には根性論的な悲壮感はまったくなく、読んでいるだけで楽しい。ついやってみたくなるものばかりです。パスを磨く壁当て、強靭な足腰をつくる階段マラソン、バランス感覚を養う綱渡り、チームワークを学ぶ二人三脚。戦略的思考を鍛えるチェス、自分自身に向き合う深い呼吸、何度でも立ち上がるための敗北体験などなど。
 特長として各競技の超一流アスリートのエピソードや、豆知識を紹介するコラムがに散りばめられている点が挙げられます。最もユニークなのは、一つの項目ごとに、あわせて聴きたい曲やお勧めの本や映画を紹介している点です。
 これはアスリートを目指す人だけが読むのはもったいない。心身をしなやかにしていきたいと願うすべての老若男女にとって、良書であることは間違いないでしょう。

2021年3月 4日 (木)

「デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場」

 開高健賞受賞作のノンフィクション「デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場」(河野啓著、集英社)を読み終えました。

 登山の世界を知っている人ならば即座に違和感を感じる「七大陸最高峰単独無酸素登頂」を目標に掲げて、ファンを集めて登攀を自撮り生中継し、8度目のエベレスト挑戦で滑落死した栗城史多とは、何者だったのか。
 著者は、栗城さんのドキュメンタリーを撮ってきた北海道放送のディレクター。栗城さん本人だけでなく、彼の幼なじみや友人、登山仲間、元婚約者などを綿密に取材し、「劇場型登山家」の実像を浮かび上がらせたノンフィクションです。

 私も栗城さんは生前3度、取材したことがありますが、とにかく人あたりの良い、今どきの好青年。成田空港へ見送り取材に行った時には、凍傷で指を失った右手で握手してくれ「帰ってきたら飲みましょう!」と笑顔で旅立った姿が今も目に焼き付いています。ただ、「単独」と謳っているにも関わらず、複数の屈強なスタッフが同伴しており、登山というより「ロケ」に旅立つという雰囲気であることに非常に違和感を感じましたが…。

 栗城さんが亡くなる前から、その登山方法については多くの登山家による批判を耳にしていたので「単独」「無酸素」が、その実態とは大きく異なるということを認識していました。ノーマルルートからですらエベレストには登れなかったそんな彼が最後に挑んだのは、最難関と言われる南西壁。登れるわけがないことは本人も知っていたはずなのに、なぜ挑んだのか。本書はその謎に迫っています。

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 著者の河野さんは、本来登山について深い知識を持っていた方ではありません。当初は純然たる登山家を応援するドキュメンタリーを撮るつもりだったはずが、徐々に疑念を抱くようになる。その心理の移り変わりは、譬えはあまりよくないかもしれませんが、こんな感じに捉えました。
 プロレスに夢中になっていた少年が「何かおかしい」と完全なガチンコではないことに気づいて失望する。そのギャップが別の観点から違う関心を呼び寄せ、益々プロレスから目が離せなくなっていく…。
 結果的には「死者に鞭を打つ」というノンフィクションになっていると言えば、それまでかもしれません。それでも著者が、栗城さんで1冊の力作を書き上げたのは、やはり栗城さんに登山家ではない魅力を感じていたからに他ならないでしょう。
 私自身の反省を言えば、栗城さんが本格的なノンフィクションやドキュメンタリーの対象とすることは不可能だと思い込んでいたということです。登山や冒険の世界にも「リテラシー」が必要なのではないか。そして「他者に認められたい」という承認要求は、なぜ湧き出て来るのか。多くのことを突き付けられるノンフィクション作品でした。

2021年3月 2日 (火)

「鬼才 伝説の編集人 齋藤十一」

 ノンフィクション作家・森功さんの新刊「鬼才 伝説の編集人 齋藤十一」(幻冬舎)を読み終えました。

 「週刊新潮」「フォーカス」などの大衆誌を創刊して次々と成功させ、太宰治、新田次郎、山崎豊子、松本清張らからも畏怖され「新潮社の天皇」とまで呼ばれた天才編集者。その実像を初めて明らかにした評伝です。

 齋藤十一と言えば、私は長らく「週刊新潮」の実質的な編集トップとして強大な力を持っていた、という程度の認識でしたが、その生い立ちから最盛期、晩年までを本書で追うと、まさに出版ジャーナリズムという文化は、この人物をなくして成りえなかったとさえも思えてきます。

 今も読み継がれる作品を書き残した数々の大作家を生み出すことができたのは、齋藤が文学や音楽などの芸術文化への深い造詣があったからでしょう。太宰の名作「斜陽」のタイトルも齋藤の発案だったとは驚きました。

 何よりも注目すべき日本文学の興隆に貢献した人物が、週刊誌ジャーナリズム成功の立役者と同一人物であるという点です。芸術文化を愛するだけでなく、下世話とも言える「俗」なものに対する関心と鋭い嗅覚も持ち合わせていた。2つの価値観は一見、乖離しているようにも思えますが「人間の本質を見抜く」という狙いが通底しているのでしょう。

 出版文化を愛するすべての人に一読をお勧めしたい力作です。私もこの本を読むことができて良かったです。

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甲斐毅彦

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