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2011年3月22日 (火)

元日本代表の柳沢が慰問

  約300人の遺体が発見された仙台市若林区。中でも壊滅的な被害を被った三本塚は、がれきまみれの沼と化した田んぼの中に、なぎ倒された松の大木が散らばっています。

 1100ヘクタール以上ある水田は、宮城でも知られる良質な米どころ。完全に海水に浸った田んぼをながめた農家Img_3880_3 の70代の男性に聞くと「5、6年かけたって元には戻らねえだろうなあ」と力なくつぶやきました。

  最寄りの避難所は、六郷中学校。避難者は現在400人だが、各農家の備蓄も底をつき始め、人数は増え続けている。21日はインフルエンザ感染の恐れが高まり、入口での手の消毒を義務づけ、緊張感と暗い雰囲気がありました。

  サッカーの元日本代表FW柳沢敦(33、J1仙台)はそんな中、何の予告もなく現れました。関係者によれば、クラブではなく、個人としてのボランティア活動。「あ、柳沢だ」。六郷中サッカー部の少年たちや10代の女の子が瞬く間に列を作り、即興のサイン会となりました。

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 六郷中サッカー部の副キャプテンで、ボランチの舟嶋悠祐君(14)は自分のボールにサインを入れてもらいました。柳沢に「頑張ってね。(被災したけど)家には帰れるの?」と聞かれると照れくさそうに頷きました。もちろんベガルタのサポーターの一人です。

  震災以降、練習は中断しています。練習場のグランドは避難所の駐車場となっており、部活がいつ再開できるか分からない状態です。新人戦は地区大会の3位決定戦で敗退。本来なら6月の中総体へ向け、猛練習をしたいところです。

 舟嶋君は「早く練習したいけど…。今は自宅前でリフティングをしています」と再びグランドでボールを蹴れる日を待ち続けています。

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  同部の間宮智也監督(33)は「子供たちにとっても苦しい日が続く中、元日本代表選手に励まして頂いて感激しています」と話しました。水田の復活には時間がかかるが、スポーツには勇気を与える力があると確信できました。

 六郷中から一歩外に踏み出すと、周囲はこんな光景が広がっています。

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 たくさんの犠牲者が見つかった荒浜の辺りです。警察犬が行方不明者の捜索をしていました。

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甲斐毅彦

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