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2011年3月16日 (水)

被災地に降る雪

被災地入りして4日目。

仙台市にある東北支局での寝泊りにもだんだん慣れてきました。

 16日は、真冬並みの寒さ。被災地にしんしんと降る冷たい雪が、なんとも無情に感じられるとともに、凄惨な被災地を取材して回る中で、自分の無力さも痛感させられています。

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 16日は、海岸沿いの七ヶ浜町、塩竃市の避難所で、被災者の方々のお話を聞いてきました。

 ご自宅が倒壊された方や、ご家族がお亡くなりになられた方、たくさんの遺体を目撃された方・・・。七ヶ浜町役場で救援活動をしていらした女性は、ご自身も津波に巻き込まれて九死に一生を得られたお話をしてくださいました。

 地震発生直後、被害状況を確認するために、同僚の方と乗用車と海岸付近を巡回。路上にいた男性が「危ないから来るな!」と警告する声と同時に、海水が押し寄せてきたそうです。

 Uターンして逃げようにも時遅し。ハンドルもブレーキも効かず、車体は浮き上がり、流され始めました。女性は手動式の窓を開けて必死で脱出。木の枝伝いに近くにあった物置きの屋根に登りました。

 車は濁流に飲み込まれ、見えなくなりました。大声で同乗者を呼んでみても、返事はなかったそうです。数日後、乗用車は見つかりましたが、同乗者の方は今も見つかっていないそうです。

 取材者はこんな話を聞きながら、返す言葉などありません。一体どんな表情で聞いていればいいのか。涙を流しても仕方がなく、ただただ何もできない自分の無力さを感じさせられるばかりです。

 しかし、ほとんどの避難所の方々は取材に訪れた者に対して、よくお話をしてくださいます。やはり、被害に遭った状況を「誰かに話したい」というお気持ちもあるようですし、「少しでも状況を知らせるべき」というお気持ちもあるのではないかと感じました。取材に来た者は、せめてそのお気持ちを無駄にせず、できる限り、今何が不足しているのかを報じていくことが大切なのではないか、と思います。

 町自体が壊滅したような状況を目の当たりにして、復興にどれだけの時間がかかるのか全く想像がつきません。

 自分自身が被災地に入って取材をして、それが社会のためにどれだけ役に立っているのか。無力さを感じています。しかし、私たち一人ひとりが命の大切さ、豊かであることのありがたさを感じて、自分にできることを行動に移していくことが一日も早い復興へつながるのではないか、と思っています。

 

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コメント

被災地の雪から青葉となり薫風を迎えました。
2ヶ月がたち、皆さんからの御支援で復興の真っ最中です。
本欄をお借りしてお礼申し上げます。

私は、車ごと津波に飲まれた女性の知人です。
この出来事を電話で聞き、そして再開して身震いしました。
同乗者の方は、4月末に海洋で見つかり、葬儀を迎えます。
大津波警報の真っ直中に、海沿いにある施設に向かわせる事態に疑念を抱きました。
どちら様も、津波情報は常に入れられますように運転中はカーラジオを聞いていただければと思います。
そして、避難路も念頭にいれていただければよろしいでしょう。

また、浜においでいただき「被災地の薫風」を取材してください。

JoJoさま、ありがとうございました。まさかご親戚の方に気づいていただけるとは思いませんでした。

 女性のお名前もうかがいませんでしたが、あと一歩でご自身も命を落とすという状況だったにも関わらず、避難所で献身的に働かれている姿に胸を打たれました。従姉さまのような方が、被災された方を勇気づけ、社会は復興へと向かうものだと思います。コメントありがとうございました。

七ヶ浜役場で車ごと津波に飲まれたこの女性は私の従姉です。 アザだらけの身体で、その屋根の上で一晩たった一人で過ごし、救助されたあとに直ぐに救助作業に合流し、今でも激務が続いているそうです。私はアメリカにいて、地元が被災しているのに何もすることができず悔しい思いをしていますが、それでもこうして危険な中取材をして発信してくださる方々のおかげでこうして海外からも現状を知ることができることに本当に感謝しています。このようなときは正確な情報の価値は計り知れません。ありがとうございます。

 ありがとうございます。ペンの力を信じて頑張ります。

取材記者は決して無力ではありません。
代表して、人の話を聴き、悲惨な現場を見て、それを伝える場所があること。
これは他の人が出来ないことです。歴史を伝えていくこと。後世に伝えていく紙面があること。決して無力ではありません。必死で伝えることが、被災者の人々のためにもなると信じて下さい。

 海治さん、ありがとうございます。
 
 被災地を取材する日々は、自分がこの仕事を選んだ意味を自分自身に問い直すいい機会になっております。

 またお会いできる日を楽しみにしております。

甲斐さん

 お疲れさまです。

 私たち全員の気持ちを代弁してくれて、とても感謝しています。
本当に無惨で、無念ですね … 。

 文章から無力感がよく伝わって来ます。今の無念さが、いつか
甲斐さんが土俵際で踏ん張る時の力になるものと信じています。

 甲斐さんには、人よりも重い荷物を背負って、それでも必死に
なって登っていく姿が似合うのだと思います。岳人なのでしょう。

 私も、今回の大災害で、感情とはまた別なところで、自分の中
の何かがコトリと音を立てて動くのを感じました。

 新聞記者としての訓練を土台に素直に気持ちをこめて書く文章、
今の日本にはなかなかない、大切なものだと思いました。

海治 広太郎 拝

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甲斐毅彦

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