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2011年12月 1日 (木)

山のカリスマ気象予報士

 8000m峰14座完全制覇を目指す竹内洋岳さん(40)や7大陸最高峰単独無酸素登頂を目指す栗城史多さん(29)ら日本のクライマーたちには、実は司令塔がいます。

日本にいながら数千m離れたヒマラヤ高峰の天気をピタリと当てる、山岳気象予報士の猪熊隆之さん(41)が10月に、日本初の山岳気象予報専門会社を八ヶ岳山麓の長野県茅野市に設立。山ガールの影響でにわかに登山ブームが過熱する中で、遭難防止に一役買おうとしています。

 オフィスからは八ヶ岳連峰が見渡せ、南アルプスの甲斐駒ケ岳もよく見えます。観天望気のためにこの場所も選んだ意味が行ってみてよく分かりました。

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 頂上アタックの前日、猪熊さんが竹内さんへ送る情報・アドバイスは具体的、かつ、正確です。「明日の頂上付近は風速13mぐらい。しかし、じきに弱まります。ちょっと厳しいけど竹内さんなら行けますよ」。

 2008年5月、日本の公募隊がエベレスト挑戦中、他の予報会社がストップをかける中で、唯一ゴーサインを送ったのが猪熊さん。海外の登山隊が断念する中で日本隊だけが好天の中で頂を極めることができた。猪熊さんは「30回以上の遠征隊を受け持ちましたが、予報が半日ずれてしまったのは1回だけ」とのことです。国際的な評価も高まり、竹内さんを通じてドイツなど海外の遠征隊からも依頼が来るようになりました。

 衛星画像データや数値予報モデル、天気図、地図などを駆使するのが普通の予報士。猪熊さんには、さらに豊富な登山経験が加わります。しかし、第一線のクライミングはできない体です。

 中大生だった1993年月、富士山で突風に遭い、大滑落。約30時間後に救出され、一命は取り留めたものの、左足粉砕骨折の重傷を負いました。山専門の旅行会社に勤めていた年にはその後遺症で慢性骨髄炎を発症。しばらくは松葉杖生活となり、第一線の登山は諦めざるをえなくなりました。

 心機一転「足の病気と闘いながらでも、山にかかわりながらやりがいのある仕事をしよう」と、目指したのは大好きだった天気図や地図を生かせる気象予報士の道。2007年3月、独学で見事に合格。気象予報会社に就職し、山岳気象予報を担当しました。けがを機に新たなビジネスモデルを切り開いたという点が素晴らしいですね。

 猪熊さんに絶大な信頼を置く竹内さんは「数値だけなら誰の予報も同じになる。ヒマラヤの地形を知り、私の能力を加味した上で出してくれる予測だから信頼できる。想像力が違うんです」と絶賛しています。

 丹沢などの関東近郊の山を楽しむ中高年や山ガールの登山にも対応。国内15地域での山の天気予報を携帯Web、メールに配信するサービス(月額315円)を開始。大荒れが予想されるときには臨時メールで注意喚起します。警視庁によれば、昨年度の山での遭難件数が過去最多を更新しています。

 あくまで予報なので、中には外れることもあるでしょう。また、登山者自身がラジオ放送を頼りに天気図のつける能力を身に着けることも重要です。しかし、プロからの情報発信が有益な判断材料となるのは間違いないでしょう。猪熊さんは「気象遭難の防止に貢献することも役割だと思っています」と意気込んでいます。
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コメント

先輩ありがとうございます。猪熊さんは人間的にも素晴らしい方でした。私は現在、東北出張中です。

 彼とはそれほど親しいわけではありませんが、1999年にチョーオユーとシシャパンマに行った時、最初彼はメンバーでした。しかし、参加が決まってすぐ入院してしまい、結局一緒に行けずじまいでした。そんな彼がこれほど有名になるとは、その頃の彼からは想像もできませんでしたね。今や「猪熊先生」と呼ばなくてはなりませんね。

 ちなみに彼が2003年にエベレストへ行った際、BCで一緒でした。

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甲斐毅彦

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