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2012年10月10日 (水)

中野富士見中いじめ自殺事件(1986)

 10日付けのスポーツ報知から私が担当する「いじめ連載」が始まりました。

 やはり私には1986年に中野富士見中で起きた事件の印象が強く、この事件から入ることにしました。この事件当時、私は中学3年生で、中野区にあった別の中学校に通っていました。

 「いじめ自殺」がマスメディアで最初に大きく取りあげられた事件だと思います。 現在の教育の現場を見ていない記者が取材するのは非常に難しいテーマで、自分の力不足を強く感じさせられました。決して十分な取材ができたとは思っておりませんが、連載する以上は皆さまに読んでいただき、厳しいご意見をお聞かせいただければ幸いです。

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 1980年代半ばに多発したいじめ自殺。その象徴的事件が起きたのが、東京・中野区立の中野富士見中学校だ。少子高齢化に伴い2009年3月に閉校となり、中野通り沿いにある校舎は現在空き施設になっている。近く福祉施設やスポーツクラブとして再利用される予定だ。

 86年2月1日、中野区弥生町の自宅アパートから遠く離れた国鉄盛岡駅(現JR盛岡駅)地下街のトイレで、当時2年生だった鹿川君は首をつって命を絶った。遺書は買い物袋をちぎった紙切れの裏に、爪でひっかいて芯を出した鉛筆で書かれていた。「俺だってまだ死にたくない。でもこのままじゃ『生きジゴク』になっちゃうよ」

 85年度に起きたいじめ自殺は、警視庁が確認したのは全国で9件。悲痛な遺書を残した鹿川君の事件は、マスメディアで初めてクローズアップされたいじめ自殺事件となった。当時、新聞記者としてこの事件を取材して以来、いじめ問題を追い続けている教育ジャーナリストの豊田充さん(74)は「週刊誌を含めて、記者が会見の教室に入りきれないほど来た。注目されたのは、まず都心で起きたということ。各紙ともに社会部の主力を送り込みやすい環境で競争は激しくなった」と振り返る。

 当時の中野区教委も事態を重く受け止めた。鹿川君の死後約2か月半後の区の教育広報誌「教育だよりなかの」(4月22日号)では、特集を組み、事故の経過と対応や中野区の区立中それぞれの具体的ないじめ対策などを掲載している。

 マスコミ報道が過熱するなか、富士見中では生徒たちにかん口令を敷く一方で、保護者が事件1か月後から校門や通学路で励ましの言葉をかける運動を開始した。3月5日の生徒会の全校集会では「再生のための誓い」を表明。保護者の間でも力を結集して子どもを守ろう、という意識から「おやじの会」が結成された。会は閉校されるまで続いた。

 区では08年10月から区立小中学校で生徒へのアンケートを実施、翌年2月に追跡調査を行っている。区の調査によると解消率は9割だという。09年には「いじめ総合対策」を決定し、〈1〉早期発見〈2〉迅速な対応〈3〉保護者や地域との連携などを柱としている。事件以降「いじめをなくそう」という意識は四半世紀続いているが、区教委が掲げる指針には、当時も今も大差がない。当時14校あった中野区の中学校は統廃合され、現在11校。区が行った11年10月の調査では、全11校で49件のいじめが報告された。

 鹿川君のクラスメートたちから直接話を聞き、事件の真相を探った豊田さんは「いじめは子どもたち同士の人間関係から生まれる。原理はこれに尽きるが、それを指導するための教師のハウツーはなく、対策は簡単なことではない」と指摘する。

 旧中野富士見中の校舎には卒業生、PTA有志が残した「48年間ありがとう」と書かれた看板がかけられ、名残を惜しんでいる。娘がかつて富士見中に通っていたという付近に住む60代の主婦は「富士見中イコールいじめ事件というイメージがあり、内申書を気にする保護者もいた。学校がなくなったのは仕方ないことかもとも思うけど、いつも子どもたちでにぎわっていた通学路が静かになった今は寂しさも感じます」と話した。

 

◆中野富士見中学いじめ自殺事件 1986年2月1日、岩手県の盛岡駅ビル地下のトイレ内で中野富士見中2年の鹿川裕史君(当時13歳)が首をつって自殺。遺書が見つかり、いじめが原因であることが判明。日常的ないじめの中で行われた「葬式ごっこ」には担任の男性教師を含む4人の教師が加担していたことがメディアで大きく報じられ、80年代半ばのいじめ多発期を象徴する事件となった。遺族は遺書で名指しされた生徒2人とその両親、東京都と中野区を相手取って損害賠償訴訟を起こした。2審で鹿川君が受けた肉体的精神的苦痛に対する被告の責任が認定されて4者に1150万円の賠償命令が下された。

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コメント

わたしも、鹿川くんの事件当時、中学生であり、いじめを受けていました。小学5年生からはじまったいじめは、地元の公立中学にほぼ全員が進学してからも、同じように続きました。

いつも薄暗い表情のわたしに、ある同級生が声をかけました。

「おまえも、死んだほうがいいで。」と。

彼の仲間たちは、少し言い過ぎでは?という表情をしながらも、続けて談笑していました。

わたしは、いつもの通り、聞こえていないふりをして、教室へ入りました。

身体中が、冷たくなりました。
自分の皮膚と、肉の境い目を、全身で感じました。

わたしは思いました。こんなことを彼らが言うのは、連日報道されている、あの事件に感化されているからだと。

テレビをつければ、何時も、「いじめ」「自殺」のキーワードの繰り返し。あたまがおかしくなりそうでした。

こんなに、おもしろおかしくかきたてられて、いま、いじめを受けて、助けを求めてもがいている子は、救いを感じられるのか。いじめの行き着く先は、死でもってしか解決しないのだ、と追いつめられた思考回路で、短絡的な結論へ導かないのか。

その後も続いた、いじめが引き金である自殺。
彼らの、こころの引き金を引いたのは、メディアであると当時わたしは思いました。

いじめの加害者も被害者も、未熟な子供たち。
周囲に助けをどうやって求めればよいのかもわからない。
解決方法もわからない。
集団の雰囲気に、簡単に左右されるこころは、メディアからの刺激には、容易にのまれていくと思いました。

事実を掘り下げ、より詳細に伝えることが報道か。

どこか、正義ぶって慢心している大人の姿を、中学生のわたしは想像していました。

わたしはいま、36歳。やっと当時に受けたこころの傷の、カウンセリングをしています。カウンセラーである、精神科のドクターに、先日、鹿川くん事件のことを尋ねましたが、もう記憶にないようでした。

虐めも軽い虐めは 判るが 自殺の前に親に相談市内家庭教育は駄目
税金で教師から国民の税金で なにが取り返せるのか?
虐めで金儲けではないの?

まず親に相談する 家庭のしつけが大切です

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甲斐毅彦

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