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2012年10月29日 (月)

中野富士見中事件その後

 10月19日まで本紙で連載した「いじめ問題を考える よみがえれ学校」は予想以上に多くの方に読んでいただけたようです。続編を現在、検討中ですが、せっかくですのでブログで再録させていただきます。今回は第9回目です。

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「葬式ごっこ」で使われた鹿川君への弔辞を書き込んだ色紙。担任ら4人の教職員も署名していました「『葬式ごっこ』から二十一年」(豊田充著=朝日新聞社=より)

いじめ事実の隠蔽(いんぺい)、責任逃れ、自殺との因果関係を認めようとしない往生際の悪さ。中野富士見中の事件は、その後の学校でのいじめ事件で、現在も繰り返されている諸問題を包含していた。

 担任のF教諭(当時58歳)は事件直後にクラスの生徒たちに「葬式ごっこ」の色紙に自分を含む教職員4人が弔辞を書いていた事実を口止めするなど、いじめ隠し、責任逃れに終始した。だが、都教委は見逃さず、無届けで塾講師をしていた件と併せて責任を問い、論旨免職に処分とした。減給処分となった校長と2教諭は定年を待たずに依願退職している。都教委が、教育行政の責任を認めた形となった。

 しかし、3か月後に鹿川君の両親が起こした損害賠償訴訟が始まると態度は一変。両親が中野区、東京都、遺書に名前があがった生徒2人の両親を相手に東京地裁に訴えると、行政上の責任を一度は認めたはずの区と都が「法的責任は別」として、いじめの事実そのものを否定。年3月の判決では①いじめの事実、②自殺の因果関係、③予見可能性の3点すべてが否定された。
 いじめと自殺の因果関係が認められた民事裁判判例は少なくはないが、学校や教育委員会が「家庭の事情」などを持ち出し、認めたがらない理由には、損害賠償額が数千万円単位となることが挙げられる。1994年7月に神奈川県津久井町(現相模原市)で起きた中2男子いじめ自殺訴訟で、3点すべて法廷の場で認めさせた栗原博史弁護士は「客観的にみて、いじめの内容が分かる証拠があるかどうか。証拠があれば立証することは可能です」と説明する。

 記者は鹿川君事件が起きた当時、別の中野区立中学校の3年生だった。区内の中学校は程度の差こそあれ、富士見中と似た状況で、気が弱い同級生を見つけては菓子パンやジュース、たばこなどを買いに行かせたり、顔に落書きをしたり、プロレス技をかけたりのいじめは日常的なものだった。

 校長が朝礼で事件に触れ「君たちももっとお互いに思いやりをもたないといけない」と訓示したのを覚えているが、生徒たちには他人事だった。気が弱く、からかいやすい男子生徒をターゲットにして「こいつが〇〇中の鹿川」など決めつけ、同様のいじめは続いていた。富士見中でも鹿川君が自殺した日後に、鹿川君が在籍していた隣のクラスで授業中に、生徒が前の席の生徒にからみ「お前は鹿川2世。鹿川みたいに自殺しろ」と殴りかかる暴力事件が起きている。

 鹿川君の遺族は1994年5月、2審で実質的勝訴を勝ち取った。1審判決を翻し、司法の場でいじめの事実と肉体的精神的苦痛への被告責任を認めさせたのだ。しかし、そのわずか半年後、愛知県西尾市で「生きジゴク」の悲劇は繰り返された。

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この葬式ごっこ事件はいじめ事件じゃなく、立派な学校崩壊もしくは学級崩壊だと思う、別の話だが葬式ごっこに加担したいじめ加害少年は間違いなく小学校時代の担任教師を泣かしている事は間違いない、こういう事件が発生した直後にいじめ加害少年の小学校時代の担任教師は証言するべきだと思う、この事件から11年後に神戸小学校殺傷事件が発生してこの少年犯人は小学校時代の担任教師を泣かしている

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甲斐毅彦

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