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2015年4月

2015年4月29日 (水)

「解放老人」

 敬愛するノンフィクション作家、野村進さんの新刊「解放老人」(講談社)を読みました。

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 山形県にある病院の重度認知症治療病棟のお年寄りたちを長期間密着したルポ。糞尿を垂れ流し、最期は身内の顔すら分からなくなってやがて終焉を迎える認知症に関する話は重く、暗いものですが、野村さんは、まったく新しい視点からこの老いに伴う宿命を見つめています。「あとがき」にたどり着いた時には思わず落涙していました。

 痴呆が進み、最後は手がつけられなくなるお年寄りたちには、人を騙そう、はめようという、企みは一切削ぎ落とされた「ありのまま」の姿。認知症が進み、見えてくる幻想は人生最後の真実なのかもしれない。と考えさせられました。...    陳腐な言い方かもしれませんが、人生の終焉を迎えるお年寄りたちを、この角度から見た野村さんの根底にあるものはヒューマニズムなのではないでしょうか。ノンフィクションでありながら文学作品を読み終えたような感動があります。そして私自身がそうであるように、読まれた方の多くは、自身の母親のことを思われるのではないでしょうか。

 そういえば最近は、夢のある夢を全く見なくなりました。中学生ぐらいまでは、例えばプロレスのリング上でディック・マードックと対戦しているような夢を日常的にみたものですが・・・。

 あと30年後ぐらいに、私も作品に登場したお年寄りの皆さんのようなファンタジーをみることができるだろうか。つげ義春の「ねじ式」の世界のような・・・。

2015年4月22日 (水)

船戸与一さん死去

 イラン・イラク国境地帯を描いた「砂のクロニクル」などの冒険小説で知られる船戸与一さんが22日、杉並区内の病院で亡くなられました。71歳。6年前のがんが見つかり、余命1年と宣告されてからも取材・執筆活動を続け、モルトウイスキーを嗜まれていたそうです。まさにハードボイルドそのものの人生だったのではないでしょうか。弔意を込めて最新号の光文社の文芸誌「ジャーロ」に掲載された最後の作品「稲妻の秋」を読ませて頂きました。

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2015年4月20日 (月)

公認されなくていいなっしー。

 千葉県船橋市の非公認キャラ「ふなっしー」が20日、ニンテンドー3DS向けアクションゲーム「梨汁アクション! ふなっしーの愉快なおはなっしー」(4月30日発売)の発表会に登場しました。船橋市の名物、名所がふんだんに登場するゲームとあって、松戸徹市長(60)もゲストとして来場。いまだに市が公認していない「ふなっしー」と壇上で手を握り合いました。

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 「ゲームの方が先に公認されちゃったなしなー」と嫌みをぶつけるふなっしーに、「先日、最年長ふなっしーファンの101歳のおばあちゃんと会ってきた」などとなだめる市長。2013年10月には「知名度アップへの貢献」を評価して感謝状を渡し、14年8月には札幌ドームでの日本ハム始球式でも同席しており、事実上は公認したような関係です。

 ふなっしーは、非公認のままで自由気ままな活動をしたいというのが本心。名産品のニンジンを「ニンジン汁ブシャー!」とPRした後は「市長はフランクなところが大好き。次も当選して欲しい…」と言いかけて「あっ今のはなし、なっし。選挙活動になってしまうなっし」とあわてて取り消していました。

2015年4月15日 (水)

セウォル号事故から1年

 4月16日で、韓国のセウォル号沈没事故から1年です。事故を検証した文献で翻訳されたものは限られていますが「セウォル号の『真実』」(郭東起、竹書房)という本は参考になると思います。工学者としての視点からの事故検証も書かれています。隣国で起きた事故はは他山の石とすべきだと私は思います。

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2015年4月 7日 (火)

山岸一雄さん通夜

 東京・護国寺で、つけ麺・大勝軒の創業者、山岸一雄さん(享年80歳)の通夜が営まれ、弟子や常連客ら約600人が参列しました。

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斎場にはゆかりのラーメン店約60件の幟が並んでいました。

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2015年4月 4日 (土)

松谷みよ子さんお別れ会

 「いないいないばあ」「龍の子太郎」「ちいさいモモちゃん」などの名作で知られる児童文学作家の松谷みよ子さん(享年89歳)のお別れ会が4日、東京・港区の青山葬儀所で開かれました。松谷さんの親族や絵本制作や人形劇団に携わった人たちや出版関係者ら約330人が参列。松谷さんが好きだったフランスのシャンソン歌手、エディット・ピアフの歌声が流れる中で、一般のファン約100人も献花しました。こんな格調高い「お別れ会」は初めて経験しました。

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 会場では映像とともに松谷さんの児童作家としての歩みを紹介。東洋高等女学校卒業後、会社に勤めながら童話を書き始めたこと。疎開先の長野県で作家の坪田譲治に出会い、師事。民話研究家の瀬川拓男と結婚、人形劇団「太郎座」を共同で立ち上げました。60年に発表した長編童話「龍の子太郎」はアニメ映画や舞台化にもされました。「ちいさいモモちゃん」で野間児童文芸賞を受賞。シリーズで600万部を超えるベストセラーになりました。

 長女の瀬川たくみさんが遺族代表として参列者にあいさつ。密葬は3月5日に東京・中野区江古田で催したそうです。「(葬儀場...で)蘭の花が大きく揺れて『たくみ、よろしくね』と言ってくれているように感じた」と振り返りました。

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 たくみさんは西行法師の和歌「願わくは花の下にて春死なん その如月(きさらぎ)の望月の頃」を引用。「如月のうちに逝った母は、これが言いたかったんでしょう。(桜が咲き始めた)葬儀の日には富士山もはっきり見えました。富士山、桜、満月の3つを一人占めして旅立った。最後までかっこ良かったなと思います」。

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 しばらく休館していた練馬区東大泉の自宅の庭に作った私設文庫「本と人形の家」は、喪が明ける18日に再オープンします。私も娘を連れてお邪魔してみたいと思っています。

2015年4月 3日 (金)

追悼の一杯

つけ麺の創始者、山岸一雄さんへの弔意を込めて、東京・東池袋の「大勝軒」へ。もりそば750円。

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 2代目の飯野敏彦さんは涙ながらに「本当にやさしい人だったが、スープの前では一切妥協しない厳しい人でした。大勝軒の看板を守っていくことを山岸さんも望んでいると思う」とお話されました。山岸さんなくして今のつけ麺文化はありません。

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 久々に頂いた元祖の味。醤油スープの酸味が懐かしく、私も思わずホロリときました。これからもまだまだ大勝軒でつけ麺を頂いてまいります。天国でゆっくりお休みください。

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甲斐毅彦

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