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2015年6月 7日 (日)

石井光太さんの「祈りの現場」

  東日本大震災の遺体安置所を取材した「遺体」など災害現場や貧困、難病など様々なテーマのノンフィクション作品を世に放ってきた石井光太さんが、悲しみの現場で祈りをささげて来た仏教、キリスト教の5人の宗教家たちの胸の内を聞いた対話集「祈りの現場」(サンガ、1944円)を刊行しました。津波に襲われ、野ざらしにされた遺体が並ぶ絶望的な現場で、宗教家たちは「祈り」の力を確信しているのでしょうか。

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 インドなどの第三世界や東日本大震災の被災地など数々の悲惨な現場で、石井さんは数え切れないほどの「祈り」を見つめてきました。

 「僕自身は初詣に行っても一人だけ拝まないで、後で一緒に行った人から怒られるタイプ。お守りを持って出掛けたこともない。(僧侶のような)この頭だと信仰を持っているように見られるんですが…(笑い)。宗教というより祈りに興味があったんです。宗教の枠組みを取っ払って、祈りを通じて全員が共感できるものを見つける。それが(ノンフィクション作家としての)自分の役割だと思いました」

 対話の相手は宗教や宗派を問わず、絶望的な悲しみの現場で祈りをささげる宗教家です。東日本大震災の被災地、気仙沼で被災者とともに祈る臨済宗の住職、日雇い労働者の街、釜ヶ崎で引き取り手のない遺骨を預かるカトリック司祭・・・・。

 「話を聞きたいと思ったきっかけは3・の後、被災地でお坊さんを取材した時ですね。『これだけの死の中で自分は何もできなかった。祈ることの意味が見い出せなかった』と皆言うわけです。大きな出来事が目の前であったときに、自分の宗教の意味を考えざるを得なくなる。祈りが万能ではないのを前提に、祈りにどのような意味を見い出しているのかを知りたいと思いました」

 5人の宗教家に共通していたのは、誰もが絶望的な現実の前では無力感を感じていることでした。そして一度は自分の信仰を疑うのが常だといいます。

 「どの宗教家も悩み続けている。その現場に立って初めて、一人ひとりの気持ちに応じた祈りを作り出すことが求められるからです。答えがない問いに向かっていく姿。ただ(葬式のような形式的な)祈りにすがるのではなく、そういう姿の方が神々しいし、信頼でき、頼りがいがある。悩んでいる姿にこそ、ぶれない強さがあった気がします」

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 今回は国内の祈りにテーマを絞りましたがが、今後は海外の祈りに目を向けていく可能性もあるようです。  

 「祈りへの目線の置き方をガラッと変えないと面白くないと思っています。今は雑誌(小説トリッパー)で世界の出産現場でのルポを連載していますが、例えば赤ちゃんが生まれてくる瞬間の祈りでもいいかもしれない。こんな祈りも存在するんだ、というのを見つけてみたいですね」

 石井さんは「祈りの現場」の刊行記念イベントで、作家としてもご活躍中の臨済宗妙心寺派の福聚寺住職、玄侑宗久(げんゆう そうきゅう)さんと7月20日にトークイベントを行います。

第16回サンガクラブ
『祈りの現場』刊行記念
石井光太 × 玄侑宗久 対談講演
【日程】2015年7月20日(月・祝) 16:00~18:00(15:30開場)
【会場】昇龍館ビル2階
  〒101-0052 東京都千代田区神田小川町3-28-7
  JR御茶ノ水駅 聖橋口より徒歩5分

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甲斐毅彦

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