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2015年8月

2015年8月26日 (水)

武藤議員が報道陣を閉め出し

 未公開株をめぐる金銭トラブルを週刊誌に報じられ、自民党を離党した武藤貴也衆院議員(36)が26日、国会内で釈明の記者会見を開きました。しかし「自民党の記者クラブに加盟した社以外の社の出席を認めない」の一点張りで、スポーツ紙や雑誌の記者、カメラマンを会見場から閉め出しました。

 警備員5人に囲まれて武藤氏が会場入りするときには「なぜ閉め出すのか」と問いかけましたが、無言。中では未公開株問題の釈明に終始し、議員辞職については「法的に問題はないので」と否定。(なぜか動画サイトだけは会場に入っており、仕方なく会場の扉の外で動画を観ていました)

 自分に都合の悪いことを書きそうな記者を閉め出したところで逆効果だということぐらい分からないのでしょうか。永田町ももう6年ぐらい取材していますが、ここまで劣化した議員を見たのは初めてです。憤りを通り越して呆れています。

 

2015年8月25日 (火)

「元・中国人、日本で政治家をめざす」

 4月の統一地方選の新宿区議選で取材した「歌舞伎町の案内人」、李小牧さんが「元・中国人、日本で政治家をめざす」(CCCメディアハウス)を出版しました。

 

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 街頭演説で罵倒されても「それでこそ自由にモノが言える民主主義」と話していた姿勢には、いまだに言論の自由がない国から帰化した人ならではの思いを感じさせられました。

 得票数は1018票で当選には及びませんでしたが、日本での政界へ道を諦めるつもりはまったくないようです。「歌舞伎町案内人」を読むと血なまぐさい話ばかりなのですが、接したご本人は好人物でした。

2015年8月16日 (日)

「もぐらとキムチ」

 ある方から在日コリアンの生い立ちをテーマとした「もぐらとキムチ」(幸文堂)という小説を勧められ、手にとってみました。著者の木下繁さんは、何と私が1997年から2年間、静岡支局に勤務していたときにライバル紙の静岡支局に勤めていた朴繁さんではないか。

 退職されて作家になったとは知りませんでした。この作品は、在日コリアンとして育った人でなくては書けない小説。当事者のみならず、第三者まで傷つける「ヘイトスピーチ」が社会問題化している中で、読む価値のある小説。作品内の朝鮮語まじりの日本語は在日の方々が使う独特の会話で、温かみも感じます。帯では名作映画「パッチギ!」を撮った井筒和幸監督が推薦文を寄せています。

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2015年8月 3日 (月)

「徳川の城~天守と御殿~」

江戸幕府を開いた徳川家康ゆかりの城の魅力に迫る特別展「徳川の城~天守と御殿~」(読売新聞社など主催)が4日から東京・両国の江戸東京博物館で始まります。3日、内覧会が行われ、一足早く見学して来ました。

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 江戸城、名古屋城、駿府城、二条城など家康らが全国統治を強化するために全国各地に拠点として築いた城にちなんだ屏風、絵地図、工芸品などを展示。城マニアや歴女たちにはたまらない展示でしょう。

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 同館学芸員の斎藤慎一さんによると、目玉は朝鮮通信使図屏風(166・5センチ×505センチ)。明暦の大火で焼失する以前の江戸城で朝鮮通信使との国書交換の様子を描いた貴重なものです。その他、将軍家の気高い女性が使った「お乗り物」や甲冑などが興味深いです。展示は9月27日まで。

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2015年8月 1日 (土)

「戦時下、立教の日々」

 母校、立教大学が戦後70年を機に開催している企画展「戦時下、立教の日々 1931-1945」を観てきました。

 立教大は米国聖公会の宣教師が創った学校。聖公会のルーツは英国国教会なのでまさに戦時中は「英米の敵性宗教」とみなされていたわけですが、戦時中はどうだったのか、というのは卒業生の私にとっても長年の関心事でした。

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 真珠湾攻撃の翌年の1942年(昭和17年)には学則から「キリスト教主義」やチャプレンについての規定を削除。学長の遠山郁三は就任あいさつ文で「皇室なくば我民族はない」国家主義を煽っています。...  そして滑稽だったのは校歌変更を知らせる校内誌の内容。かいつまんで趣旨を説明すると「時局を鑑みるに校歌の『自由の学府』は許されなくなった。そこで待望の新校歌」となっています。  その歌詞は「大華すすむ大東亜 学徒の任ぞ いや高く」と戦意を煽るもの。1943年(昭和18年)の学徒出陣以降は立教の学生も戦地に送り出されました。私が育った立教山岳部の名簿を見ても、当時の部員は戦死者が多い。きちんと調べないと分かりませんが、極地でも機動力を発揮できる山岳部員は最前線に送り込まれたのではないか、と想像しています。

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 敵国・英米との橋渡しともなるべきだったはずの日本聖公会は全面的に英米との戦争に賛成、協力しました。それを懺悔するのが前後50年あたる1995年だったというのには呆れてしまうわけですが、個人の信徒の中にはカトリックとの合同を拒絶して憲兵に手錠をかけられる人もいたことを展示で知りました。

 また理系を重視する戦時中の風潮の中で立教大学医学部設置構想があったということも興味深かったです。

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 企画展では、当時立教の学生で「小型映画研究会」を創設した、後の民俗学者、宮本馨太郎氏(1911-1979)が遺した映像も上映。立教野球部が初優勝した1931年、池袋の商店街が祝勝セールで沸く様子など、大変貴重な映像を観ることができます。

 展示は9月4日まで。入場は無料。どなたでも自由に見学できます。

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甲斐毅彦

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