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2016年9月 3日 (土)

「漂流」(角幡唯介著)

 探検家・ノンフィクション作家、角幡唯介さんの最新刊「漂流」(新潮社)を読み終えました。

  1994年、37日間の漂流の末、奇跡的な生還を遂げた沖縄のマグロ漁師・本村実の生き様を追ったノンフィクション。角幡さんはこれまでチベットの空白地帯・ツァンポー峡谷、ヒマラヤの雪男探し、北極探検中に消えたフランクリン隊の足跡を辿る冒険など、自身が主体となった探検・冒険記で数々のノンフィクション賞を受賞して来ましたが、最新作は聞き書きを中心とした作品です。新聞記者出身であることを感じさせる粘り強い調査報道の結晶とも言える秀作だと感じました。

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 聞き書き中心とは言え、角幡さんらしい体を張った取材力が十分に発揮されています。まずは沖縄で本村実の家族の話を聞き、その足跡を辿ってフィリピンやグァムへも足を運んで本村実を知る人から話を聞きだし、その人物像を浮かび上がらせていく。さらに自身のマグロ漁船に乗船して追体験する。数々の過酷な探検活動をしてきた角幡さんですら弱ってしまうほど過酷な船上での生活は、私たちの想像を絶するほど厳しいものであることが伝わってきます。

 先日、もう一つの新刊「旅人の表現術」(集英社)の著者インタビューさせて頂いたときに角幡さんは、現代の探検について地理上の空白よりも「時代や社会のシステムの外側を目指すこと」とおっしゃっていました。角幡さんがマグロ漁師の世界に惹かれたのは、やはり「社会の外側」=「他界概念」への好奇心だったのでしょう。著書の終盤では、以下のように書かれていて合点がいきました。

 「いくらマグロ漁船に衛星による自動追尾システムやらGPSやらが搭載されて、管理されたシステムの領界線がテクノロジーによってかつてないほど地球規模でひろがっているとしても、海はしばしばそのニライカナイ性(沖縄で現代まで信仰されて来た他界概念)をむき出しにする」

 「旅人の表現術」のインタビューの中では「自分の探検だけだと行き詰まり、他の人のことも書きたくなる」と言っていました。北極にしてもジャングルにしても探検の日々というのは、実は変化に乏しく単調で、フィリピンへ猿人バーゴンを探しに行った川口浩探検隊のように、ヘビの束が頭上に振ってきたり、隊員が罠にかかって宙吊りにされるという場面にはなかなか遭遇しないわけですね。「漂流」はまさに極限の状態に置かれる自身の体験を他者の経験に投影してみたかったのではないか、とも感じさせられました。

  海外などの慣れない地での取材では、有能なコーディネーターや協力者、通訳を見つけられるかも取材力の一つで、大きな成功のカギとなりますが、非常に多くの取材協力者を得て一冊の本にまとめられたのも、著者の能力の高さだと思います。今後は自身の探検記のみならず、聞き書きルポでも素晴らしいものを読ませてくれそうな期待が高まる作品でした。

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甲斐毅彦

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