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2019年2月

2019年2月21日 (木)

「オリンピックVS便乗商法」

  2020年の東京五輪を前に是非ともお勧めしたい一冊をご紹介します。「オリンピックVS便乗商法 まやかしの知的財産に忖度する社会への警鐘」(友利昴著、作品社」。何よりも本の装丁が挑発的です。

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  日本代表選手の活躍を祝う懸垂幕を掲げてはいけない。選手が所属する学校や企業が、選手を応援するパブリックビューイングをやってはいけない。知的財産権を理由に、そんなルールがあるらしいと広まりましたが、これって本当なのでしょうか。

 本書では五輪に関する合法的な広告宣伝や応援行為についてIOCなどが「便乗商法(アンブッシュマーケティング」とのレッテルを貼ってクレームの対象として規制している状況を豊富な具体例を挙げて概観。そして彼らはなぜ規制しようとするのか。本当にそのクレームには法的な根拠があるのかを精査し、そもそもグレーゾーンなんてものはないはずなのに「触れぬ神にたたりなし」といった便乗や応援への自粛モードを作り出す手口を見事なまでに暴き出しています。

 そして圧巻は1964年東京五輪の時の利用規制に対して、当時の日本人がどのように対峙(たいじ)したかを徹底考察した最終章です。規制をくぐり抜けて、意地でも便乗してやろうという涙ぐましくも、噴き出してしまうような数々の知恵。55年前よりも現在のほうが、社会は成熟していると思いがちですが、読むと真逆なのではないかと思わされます。著者も「道理を重視し分別を大切にする姿勢は、50年以上前の日本の方が勝っているような気がしてならない」と論じていますが、全く同感です。

 大切なのは、作り出された忖度ムードに流されてはいけないということ。応援や便乗の禁止を求める声には、法的な正当性があるのかないのかを正しく知ることが大切だと思います。そうでなければ何のために知的財産法という法が存在するのか、分からなくなってしまいます。

2019年2月10日 (日)

石牟礼道子さん一周忌

 水俣病の悲劇を世に知らしめた石牟礼道子さんが亡くなって2月10日で1年です。追悼の意を込めて代表作の「苦海浄土」を読み返しました。

 読み返して気がついた点は、この作品は一般的なノンフィクションの取材手法のように、被害者の自宅へは足繁く通ってテープを録ってメモを取るという形で取材されて成り立ったものではないということです。

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  患者、その家族の苦しみを自らのものとすることによって魂の声を紡ぎ出した。ノンフィクションというジャンルを超えて真実を描破したのだと思っています。

 この作品は「大宅壮一ノンフィクション賞」の第1回目の受賞作に選ばれましたが、石牟礼さんは「水俣病患者のことを書いた私が晴れ晴れしい舞台に立つのはそぐわない」として辞退されています。ご本人も「ノンフィクションを書いた」という自覚はまったくお持ちになっていなかったのだと思います。

2019年2月 2日 (土)

安田純平さんと語る「ジャーナリストはなぜ危険地を取材するのか」

    文京区民センターで開かれた集会「安田純平さんと語る ジャーナリストはなぜ危険地を取材するのか」に行って来ました。3年4か月の拘束から解放された直後は、だいぶお痩せになっていた安田さんですが、体重も戻られたご様子でした。

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 信濃毎日新聞記者を辞めて戦場報道の世界に飛び込んだ経緯や拘束時のことを改めてお話され、危険地へ取材に行くのは「好奇心なのか、使命感なのか」という問いには迷わず「好奇心ですね。現場に行ってみないことには(そこで起こっていることというのは)分からない。行く前から決めてしまうにはよくないと思う。第一に好奇心が大事だと思います」と答えていらっしゃいました。

 集会では安田さんに先だってフランス「ル・モンド紙」の東京特派員、フィリップ・メスメールさんの基調発言があり、安田さんに対する「自己責任」バッシングが、フランスではありえないと話されていました。フランスでは、自国のジャーナリストが拘束されたときには政府は解放のために尽力し、国民もそのために税金を使うことに異議を唱えることはないとのことでした。「日本には仕事という義務を果たす美徳...があるのに、ジャーナリズムについては、その義務を果たすな、と言っている。ここには矛盾を感じる」というコメントが印象に残りました。

 また、ゲストスピーカーとして壇上に上がられたジャーナリストの土井敏邦さんのお話も印象に残りました。「ジャーナリストが危険なところに入ったことを強調する話には嫌悪感を感じます。危険にさらされているのはジャーナリストではなく、その地に住んでいる住民です。危険だったらジャーナリストは逃げればいい。大切なのは危険なところに行くことではなく、胸で受け止められる素材を伝えるためです」

 むやみなバッシングも問題ですが、「使命感」を振りかざして美化することもやはり危険地報道には相応しくないのでしょう。

甲斐毅彦

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