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2019年10月 7日 (月)

「国境を越えたスクラム」

 9月22日付の読売新聞書評欄でジャーナリストの森健さんが紹介されていた「国境を越えたスクラム」(山川徹、中央公論新社)を読みました。 
 W杯3連勝中でいよいよ決勝トーナメント進出が見えてきた日本代表のメンバーは31人中15人が外国出身選手。「ガイジンばっかり」などと冷めている方には、是非お勧めしたいノンフィクションです。

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  彼らはなぜ国境を越えて、日本でスクラムを組むことを決めたのか。本書では海外組黎明期のトンガ人留学生選手たちへの取材でその経緯を丁寧に描いていきます。1987年の第1回W杯で日本代表初トライを決めたノフォムリは、当初ソロバンを学ぶためにトンガから大東文化大に留学したのが、そのきっかけだったというエピソードは特に印象に残りました。
 筆者の山川さん自身も山形中央高校ラグビー出身で、2、3年時に花園に出場している元選手。当時、高校ラグビー初の留学生として仙台育英で注目されていたニュージーランド出身のブレンデン・ニールソン(ニールソン・武蓮傳)については、フィールド上で交わった選手目線での印象を描いた上で、現在の本人にインタビューをしています。彼らが海を越えて日本でラグビーに取り組んだ思いが、こんなに熱いものだったとは。屈強な留学生を集めての「勝利至上主義」という批判が、偏った見方であることに読者は気づかされると思います。
 海を越えて桜のジャージを着るようになったのは、トンガやニュージーランドなどのラグビーが盛んな国の出身者だけではありません。本書の最終章では日本代表になった韓国出身の選手たちにスポットを当てています。
 私は以前からサッカーのようにラグビーも日韓の実力が拮抗するようになったら面白いだろうな、と想像して来ましたが、ラグビーに関しては日本の競技人口18万人に対して、韓国は2000人にも満たない。つまり100分の1程度しかいないわけです。純粋に高いレベルを目指す韓国のラグビー選手が、頗る環境が整った日本代表に憧れるというのは、むしろ当然なのかもしれません。
 現在の日本代表で活躍しているプロップの具智元もその一人。ラグビーを通じて日韓の架け橋になりたい、という思いには、心から拍手を送りたいと思います。
 今年4月に改正入管法が施行され、外国人労働者の受け入れを拡大しました。差別を助長しかねないこの政策には疑問がありますが、日本社会は益々外国出身者との共生を目指すべき環境になっていくことは間違いありません。異国から来た能力を日本社会でどう生かしていくか。
 勝利という一つの目標へと向かう国境を越えたスクラムには、偏狭なナショナリズムを超えた崇高とも言えるスピリットがあるのではないか。これからの日本社会が、そこから学び取るべき智慧は、汲みつくせぬほどあるように思います。

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甲斐毅彦

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