ブログ報知

スポーツ報知ブログ一覧

« 2019年10月 | メイン | 2019年12月 »

2019年11月

2019年11月27日 (水)

「投げない怪物」

 ノンフィクションライター、柳川悠二さんの新刊「投げない怪物」(小学館)を読みました。今夏の高校野球で最大級の物議を醸したのは、岩手県大会決勝、花巻東対大船渡での出来事。MAX163キロのドラフトの眼玉、大船渡の佐々木朗希投手は國保陽平監督の「故障を防ぐため」という判断で登板せず。大船渡は2―12で大敗しました。

 肯定派と否定派が真っ二つに分かれたこの監督判断を筆者の柳川さんは「高校野球の歴史の転換点」ととらえています。高校球児の将来を守るという観点からどちらかというと「肯定派」の声が優勢の中で、現場を見続けた取材者として感じたのは「英断」として称賛することへの違和感でした。

Photo

 2018年には典型的な先発完投型と言える金足農の吉田輝星が脚光を浴び、その翌年に起きた出来事だと思えば、確かに「転換点」だったと言えるでしょう。筆者は「先発完投」が消えた背景、現代のスカウト合戦、強豪校となるために必要な条件など様々な観点から、この「転換点」を検証しています。

 スポ魂漫画を彷彿とさせるようなボロボロになっても一人で投げ抜く投手が消え、盤石の継投策で、堅実な「勝利の方程式」を構築した学校が生き残っていくという流れは今後も進んでいくでしょう。その一方で、この夏の佐々木投手の「投げたかった」という悔いを蔑ろにして良いわけでもありません。

 簡単に割り切れる問題ではない。だからこそ、様々な観点から事実を把握した上での議論が必要でしょう。本書は、その叩き台とも成り得る好著です。

2019年11月18日 (月)

映画「iー新聞記者ドキュメントー」

 森達也監督の新作ドキュメンタリー映画「i―新聞記者ドキュメント―」を新宿ピカデリーでを観て来ました。

 これまでオウム真理教信者や音楽家・佐村河内守氏の日常を撮影し、作品化して来た森さんが今回、被写体に選んだのは東京新聞社会部記者の望月衣塑子記者。官邸会見で菅官房長官を質問攻めし、官邸側も「質問が「事実に基づかない質問を繰り返している」などと反撃に出たことで世に知られるようになった記者です。

 映画では、その果敢な取材ぶりに圧力がかけられる様子、望月さんへ向けられる声援とバッシング、脅迫の実態が収められています。

 そして菅官房長官に質問を浴びせる望月さんを撮影するため、官邸に入ろうとした森さんがぶつかった厚い壁…。

 率直な感想として、とても社会的なメッセージが強いにも関わらずまったく教条的ではなく、エンタメ映画として観られるほどの面白さでした。ドキュメンタリー映画ではあり得ないような森さんならではの新手法もあります。平日の昼間にも関わらず、ほぼ満席。ぴあ映画初日満足度ランキングで1位だというのも、納得できる作品でした。

https://i-shimbunkisha.jp/

 そもそも、現実の新聞記者というのは、有能であったとしても、報道番組のキャスターなどに転身しない限りは、まず絵になり得るような存在ではありません。リクルート事件、最近では森友事件のようなスクープをものにした記者でさえ、新聞業界以外ではまったくの無名人です。

 それでも望月さんには、森さんに「撮りたい」と思わせるだけの強烈なインパクトがあったのでしょう。そしてこうしてドキュメンタリーの主人公になってしまうわけですから、やはり現在の日本の新聞業界の中では記者として特異な存在になってしまっているのだと思います。作品の中での森さんの「そもそも何で自分は望月さんを撮っているんだろう」という自問が、この映画の核心のように思いました。

 政治であれ、社会であれ、経済であれ、あるいはスポーツであれ、いかなる対象でも記者が取材対象と馴れ合って良いはずがありません。記者会見の場で事実を問いただすのは、本来当たり前のことであって、望月さんはその当たり前のことをしているに過ぎないはずなのです。

2019年11月14日 (木)

「探検家とペネロペちゃん」

 探検家・ノンフィクション作家、角幡唯介さんの子育てエッセイ「探検家とペネロペちゃん」(幻冬舎)を読みました。

Photo

 角幡さんの愛娘ちゃんと私の娘は同じ2013年生まれで、誕生日は5か月違い。なのでこのエッセイは「小説幻冬」で連載されている頃から注目して時折、書店で立ち読みしていたわけですが、こうして単行本として読んで、初めてその核心をつかむことができました。それは本の帯に書かれている、このフレーズに集約されています。
 

「子どもは、極夜より面白い。」

 一応は大学山岳部出身で、本多勝一の冒険論などを読んで学生時代を過ごしながらも、結局は会社員になった私にとって、角幡さんは、自分にはできなかったことを実行して来た探検家です。未踏のチベット秘境の踏査、ヒマラヤでの雪男さがし、北極での1600キロ徒歩行、そしてこれらの探検活動の集大成とも言える「極夜行」。

 これらの探検活動をスポンサーに頼らず、独力で成し遂げてきたということは、登山やら探検・冒険やらを関心事とする者にとっては、驚嘆すべきことです。その角幡さん自身が「極夜よりも、子どもが面白い」というのだから、探検ができなかった者が、胸を射抜かれたといっても大げさではないでしょう。心の中で叫びました。「俺は極夜には行けない。でも俺の家にもペネロペがいるではないか!」と。

 優れた名作小説を読んでいると「自分のことが書かれている」という錯覚に陥るものですが、我が家の「ペネロペ」と日々接している私にとってこのエッセイにはまさにその感覚がありました。子を持つまでは、子どもの写真を年賀状に貼り付けてくる人々の気が知れなかったのに、今ではそれが当然のことと思えている。親バカとは、探検家でも抗えぬ自然の摂理のようなものなのでしょう。

 その親バカぶりは、一読者に過ぎぬはずの私まで恥ずかしく感じてしまう話が満載。恐らく無類のサービス精神によるものでしょうが、角幡さんは読者に「そこまでせんでよろしい」と感じさせるほど、ご自分をさらけ出す癖があります。「空白の五マイル」の書き出しもそうでしたし、「極夜行」で物議を醸したキャバクラの喩えもそうでしょう。子育てエッセイにも関わらず、一定の読者はドン引きするに違いない、エロ動画の話なんかもこの本には出てくるわけですが、これもキレイゴトばかりではないリアリティーを感じさせる大事な要素だと私は思っています。

 感銘を受けずにいられないのは、本の面白さはさることながら、この本の出版を許した奥さまの寛容なる精神です。「ペネロペちゃん」が晴れてゴリラの研究者として、その名を馳せた日に、再びこのエッセイは脚光を浴びることでしょう。
 子育て本では、一貫したヒューマニズムの精神で、子どもたちへの信頼を説いた松田道雄の「育児の百科」(岩波文庫)以来の名著だと思います。

甲斐毅彦

2019年12月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のトラックバック

見出し、記事、写真の無断転載を禁じます。Copyright © The Hochi Shimbun.