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2019年12月

2019年12月10日 (火)

聖なるズー

今年の開高健ノンフィクション賞受賞作「聖なるズー」(濱野ちひろ、集英社)を読み終えました。ノンフィクションファンとして、毎年楽しみにしている開高賞は「従来の枠にとらわれない作品」がコンセプトですが、今年の受賞作はとらわれなさすぎ! 驚くべきことは、これが創作ではなく、ノンフィクションであるということ。自分の想像力を遥かに超えた世界が実在することに翻弄された感覚が読後の今も残っています。

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 テーマは犬や馬などをパートナーとする動物性愛者。読み始めるまでに少し躊躇してしまいました。動物との性交を好む人がいるということぐらいは知っていましたが、正直に言ってしまえば、それについて詳しく知りたいという気持ちが起こらなかったからです。

 冒頭は性暴力に苦しんだ著者の濱野さんご自身が体験を振り返るところから始まります。苦痛との闘いのための「鎧」を学術に求めた濱野さんは、京都大学大学院で文化人類学の一分野としてのセクシュアリティの研究する道へ。性をめぐり多角的な考察を重ねる、この研究分野で出合ったのが「動物性愛」というテーマでした。

 濱野さんはドイツの動物性愛擁護団体との接触を試み、「ズー」と呼ばれる動物性愛者たちを長期にわたって取材します。社会からは完全に「アブノーマル」と思われる行為なのになぜ…。寝食をともにしながら徐々に聞き出していった彼らの思いを辿る頃には、濱野さんの筆力に引き込まれていきました。そして、これは性とは何か、愛とは何か、多様性とは何か、人間とは何か、という深い問いかけなのだと気づきました。

 人間は「言葉」という便利な道具を持っていても争いや暴力を防ききることはできません。性暴力もその一つでしょう。人間同士の間にのみある「言葉による合意」というのは真実なのだろうか。私には濱野さんは書いた以下の部分が最も心に残りました。

 「言葉での合意さえあれば性暴力ではないと、いったいなぜ言えるのだろうか。言葉を使う私たちは、言葉を重視すればするほどきっと罠にはまる。言葉は、身体からも精神からも離れたところにあるものだ。それは便利な道具だが、私たち自身のすべての瞬間を表現しきれない。言葉が織りなす粗い編み目から抜け落ちるものは、あまりにも多い」
 
 ノンフィクションのテーマは無限にあると思いますが、読み継がれる価値があるものを求めるならば、本作のような学術的な研究分野というのは題材の宝庫なのではないか、ということも考えさせられました。私の場合は「多様性」という言葉は知っているつもりでも、真の意味で理解していたのか、という問いを突き付けられたような気持ちです。

 題材を聞いただけでおぞましく思われる方も多いでしょう。しかし読んだ上でなくては決して議論はできないノンフィクション作品だと思います。

甲斐毅彦

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