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2020年5月

2020年5月30日 (土)

「百名山紀行ー股関節痛を乗り越えてー」

 山岳部に所属していた都立鷺宮高校時代に古文を教わった関正美先生が「百名山紀行ー股関節痛を越えて―」(1000円税別)を自費出版しました。

 痛みを抱える股関節に人工置換手術を施し、76歳で登った南アルプス最南端の光岳で百名山登頂を達成。その全記録です。

 関先生は高校山岳部の顧問ではありませんでしたが、顧問の先生と親しかったので、我々生徒の山行に数回同行されていました。

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 最もよく覚えているのは1986年7月25日~30日にかけて北岳、甲斐駒、仙丈ケ岳の鳳凰三山を登った南アルプス合宿です。足は短いけどエネルギッシュ。眺望の良いところで休憩する時には短歌を詠み、メモ用紙に書き込んでいたのをよく覚えています。さすがに国語の先生だな、と感心したものです。
 
 著書の中には34年前の懐かしいこの合宿の話も収録されていました。夕食のカレーライスづくりのくだり。「ジャガイモの皮も剥けない生徒もいて…」。なんだ、これは私のことではないか!

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 高校3年の時には古典を習い、1学期は古文の大鏡と源氏物語、2学期は漢文の史記でした。その時の教科書は今も大切にとってあります。

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 剣道部の顧問だっただけに、声にハリがあり、チャイムが鳴った後も授業を続けていたときに教室の外から「早く終われー」とヤジったダメ同級生を「うるさい!」と一喝。声だけでそいつがよろけたことをよく覚えています。

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あれから30年以上が経ちますが、お元気で何よりでした。当時を懐かしみつつ、一山ずつじっくり拝読させて頂こうと思います。

 著書ご希望の方はコメントなどでお報せください。

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2020年5月24日 (日)

名著「悪役レスラーは笑う」を読み返す

  女子プロレスラー、木村花さん(22)の急死をめぐっていろんなことを考えています。フジテレビの番組出演時の態度がSNSで炎上し、その直後に亡くなったとのこと。

 木村さんのキャラクターは完全な「悪役(ヒール)」ではなかったと思いますが、やはりヒール的要素はあったでしょう。問題になった番組の音声を聴きましたが、確かに、プロレスラーではなく、一般の人が発した言葉ならば不快に感じてしまうのが当たり前の暴言かもしれません。

 私も10年以上前、プロレス担当記者をやっていましたが、「ヒール」たちの素顔は、例外はあるとはいえ、ほとんどが気づかいができる優しい人たちでした。なぜかと言えば、だからこそ「ヒール」を引き受けることができるのです。そしてナイーブな人も多かった。

 例えば、上田馬之助さんはリング上や場外で血まみれになってさんざん暴れても、興行が終わると率先してリングを片づけて、若い衆を自らが運転するトラックに乗せて次の巡業先へ向かったというのは有名な話です。

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 読み返したくなったのは、森達也さんの隠れた名著「悪役レスラーは笑う」(岩波新書)。戦後の米国のプロレス界で「卑劣なジャップ」役に徹したグレート東郷の素顔を追ったノンフィクションです。なぜこの人は憎まれ役を買って出たのだろうか。

 「ヒール」の宿命的な務めである「偽悪」という使命。そこにはいくつもの悲哀ともの悲しさ、人間臭さがあります。それが命をも奪う悲劇にまでつながってしまうようなことは決してあってはならないと思います。

2020年5月 3日 (日)

「一投に賭ける 溝口和洋、最後の無頼派アスリート」

 辺境ノンフィクション作家の高野秀行さんが大絶賛していた「一投に賭ける 溝口和洋、最後の無頼派アスリート」(上原善広著、角川文庫)を読みました。これまで数多くのスポーツノンフィクションを読んできましたが、これほど面白い作品はなかなかありません。

 日本選手にとっては不利な投てき種目の一つ、やり投げで世界のトップ選手たちと渡り合った伝説の選手、溝口和洋。中学時代は将棋部、高校総体にはアフロパーマで出場、試合前にもタバコをふかし、夜は平気でボトル一本開けてしまう、気に入らない記者にはヘッドロックで制裁…。

 ハンマー投げの室伏広治を育てた指導者として名前は聞いたことがありましたが、ここまで破天荒な選手だったとは知りませんでした。マスコミ嫌いで知られる溝口氏を筆者は18年以上かけて粘り強く取材。語らない者を一冊の単行本で一人称で語り通させた。その点においても感動する作品です。

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 すでに引退しているからということもあるのでしょうが、溝口氏の奔放な言動は、組織やライバル選手に気を遣う日本のスポーツ界においては特異とも言えるものです。ライバルの先輩選手を名指しで「嫌いだった」と言って憚らず、日本陸連のことも遠慮なく批判する。それでいて嫌味な印象を感じさせない。これほどまでに精神の自由を持っているスポーツ選手はなかなか思い浮かびません。

 「世の中の常識を徹底的に疑え」が信条とする溝口氏は、トレーニング方法も、投てきのフォームもすべて自分で納得した上で考えだしていった。奔放でありながらも「やり投げ」という種目には命懸けで取り組んでいた。そこがひしひしと伝わってくるので、なじみが薄かったこの種目にまで、心の底から興味が湧き出してきます。

甲斐毅彦

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