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2020年7月

2020年7月29日 (水)

「白嶺の金剛夜叉 山岳写真家 白籏史朗」

 山岳写真の巨匠、白籏史朗の評伝「白嶺の金剛夜叉」(井ノ部康之著、山と渓谷社)を読みました。山梨県大月市で生まれ育ち、日本の山岳写真文化を牽引して、86歳の生涯を閉じるまでを綿密に取材した濃厚な1冊です。

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 私が白籏史朗の山岳写真を初めて目にしたのは、高校1年の夏休みでした。北岳、甲斐駒、仙丈ケ岳に登る南アルプス合宿を終えて、帰京した後に立ち寄った紀伊国屋書店で目に飛び込んできたのが白籏の写真集でした。カラー写真をめくるめく驚いたのは、ついこの間見て来たはずの山々が、自分の肉眼で見るよりも、荘厳な造形美で写し出されているのです。「確かにすごい風景を見て来たが、こんなにもすごかったか」。自分の目がニセモノを見て、写真でホンモノを見せつけられたような奇妙な気持ちになったのを覚えています。

 白籏の写真には、見る者の視覚を強烈に刺激し、この世界を視覚だけではなく五感で感じたいという思いにさせ、実際の山へと引きずり込む強力な引力があると私は思っています。南アルプス、尾瀬、富士山、北アルプス、そして海外の名峰…。数々の名写真が生み出される背景には、何があったのか。すべてが知らないことばかりでした。

 最後まで銀塩フィルムでの撮影にこだわった白籏のイメージは「静」でしたが、波乱万丈の生涯を知った読後のイメージは「躍動」へと変わりました。

 写真だけではなく、山を言葉で表現する詩人でもあった。改めて、白籏が遺した数々の山岳写真を見て、再び自分の足で訪れたいという思いに駆られています。

2020年7月28日 (火)

「日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人」

 ポレポレ東中野で公開中のドキュメンタリー映画「日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人」(脚本・監督、小原浩靖)を観てきました。

 太平洋戦争の敗戦後、フィリピンと中国(当時の満州地方)に置き去りにされた残留邦人の今を追った作品です。父親はフィリピンゲリラに銃殺され、母親は山奥に逃げ込み、今もなお無国籍状態に置かれたフィリピン残留日本人二世。1970年代にやっと帰国が叶うも、言葉の壁による差別と貧困に苦しんで来た中国残留孤児たち。

 すでに80歳を超える高齢者となった彼女、彼らの表情からは時代に翻弄された「侵略戦争の爪痕」を感じずにはいられません。

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 ここまで人間は献身的になれるのか、と感嘆したのは、フィリピン残留邦人の日本国籍取得のために奔走する河合弘之弁護士と、同氏が代表理事と務めるフィリピン日系人リーガルサポートセンターのスタッフたちの姿です。撮影時の時点での調査で残留2世の邦人は1069人。しかし、父親の名前すら曖昧になってしまっている場合は少なくなく、国籍取得の法的な手続きを進めることは容易ではありません。

 戦争という国策が生んだ悲劇。映像の中で東南アジア研究を専門とする清泉女子大の大野俊教授は「本来は政府が支援すべき」と指摘しています。当事者たちはすでに高齢になっており河合弁護士も、政府が望んでいるのは「問題の解決ではなく問題の消滅ではないか」と懸念しています。

 だからといって作品では「政府∥悪」という単純な図式では描いていません。70年代には中国残留孤児の存在をマスメディアが大々的に取り上げることにより、政府も調査に着手し、帰国が実現しました。フィリピンの残留邦人の問題も志のある政治家が支援に乗り出しています。

 まずは私たちがこの悲劇を知り、そして共有すること。残された時間で前に薦めるには、そこから始めるしかないように思いました。
https://wasure-mono.com/

2020年7月19日 (日)

「ジョージ・オーウェル―『人間らしさ』への讃歌」

18日に出版された「ジョージ・オーウェル―『人間らしさ』への讃歌」(川端康雄著、岩波新書」を即日購入し、一気に読み終えました。翻訳されているオーウェルの作品はほとんど読んでいますが、作品の時系列的な流れが分かる評伝を読みたいと長年思っていたので待望の一冊です。著者の川端氏は、これまでもオーウェル評論集などの翻訳を手掛けてきた英文学者です。

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 英国のエリートが通うイートン校に奨学生として入学し、卒業後はインド帝国の警察官としてビルマに赴任。そこで帝国主義を「いかさま」と捉えたオーウェルは高給取りの生活を投げ捨てて、パリ・ロンドンの貧民街に入り込み、初めてのルポ「パリ・ロンドン放浪記」を書きます。

その後、スペイン内戦に従軍し、銃撃されて喉を貫通する重傷を負いますが、九死に一生を得て「カタロニア讃歌」を出版します。その後、ソ連を風刺した「動物農場」を発表し、最もよく知られているディストピア小説「一九八四年」を発表したのは、晩年のことでした。

オーウェルは、作品を書き続ける意欲 を持ち続けたまま46歳で亡くなっています。最晩年に抱えていた問題意識は、現代人の宗教観でした。来世への信仰を持たなくなった現代人がいかにして宗教的態度を取り戻せるか、というテーマ。イデオロギーやドグマを排し、人間の根源的な平等を理念としていたはずのオーウェルが、それをどのように描いたか。読めずじまいだったのは残念です。

一つひとつの作品が生まれる経緯が分かっただけでなく、優れた作品を発表してもすぐには売れず、経済的には恵まれていなかったこと、また結婚相手のことや養子を得たことなどの私生活については初めて知りました。

 個人的には、オーウェルについては小説家としての側面よりも、臨場感あふれるルポルタージュの書き手としての側面が好きです。その背景を知ることができたのが最大の歓びでした。

2020年7月17日 (金)

「ルポ百田尚樹現象 愛国ポピュリズムの現在地」

 ノンフィクションライター、石戸諭さんの新刊「ルポ 百田尚樹現象 愛国ポピュリズムの現在地」(小学館)を読みました。百田氏と言えば「海賊とよばれた男」や「永遠の0」などの万人に感動を呼び起こす名作小説の書き手である一方、ツイッターで「反日」を叩く過激な発言を繰り返すことで知られています。そのギャップは、いったい何なのだろうか。百田氏本人だけでなく保守派の論客たちへのインタビューを通じて、ベストセラー作家の本質に迫ったノンフィクション作品です。

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 石戸さんは、「現象としての百田尚樹」が誕生する土壌ができた転換点を1996年としています。「自虐的」な歴史教育を見直そうと藤岡信勝氏を中心に「新しい歴史教科書をつくる会」ができ、「自虐史観」なる言葉が誕生しました。さらに西尾幹二氏、小林よしのり氏ら保守派の論客が、自らの歴史観を説いた大著を出版し、大きな反響を呼びました。百田氏は、彼らが作り出した土壌の上に立っていると見て良いと思いますが、その上で百田氏が巻き起こした反響は「新しい現象」であるという鋭く分析しています。

 石戸さんは「リベラル派」の立場と言って良いと思います。その上で、あえて対極的な立場に立つ百田氏らのインタビューを試みた思いは、終章に綴られた以下の言葉に集約されているように思います。

 「今は論戦そのものがなくなり、左と右を始め、さまざまな分断線が引かれ、お互いの行き来がないままに党派で固まり「論」を重ねる場ごと消滅しつつある。その結果起きるのは、集団極性化であり、より過激になっていく言葉のぶつけ合いだ。」

 価値観が違う者同士が対話し、議論をすることは、いつの時代でも必要であり、もちろん現在もそうでしょう。その上で、私たちが認識して置くべきなのは、自己の価値観とそぐわない「事実」を突きつけられても、個々の人間が持っている価値観というものは、そう簡単には変わらないという厳しい現実なのかもしれません。

2020年7月11日 (土)

「バッティングピッチャー 背番号三桁のエースたち」

今春、文庫化された「バッティングピッチャー 背番号三桁のエースたち」(澤宮優著、集英社文庫)を読みました。

 打撃投手とも呼ばれるバッティングピッチャーとは、試合には出ず、打撃練習のために投手を務める日本球界独自の専門職です。松井秀喜、清原和博、イチロー…。誰もが知っている名選手のパートナーを務めてきた打撃投手に視点を向けることで、スラッガーたちの新たな一面が浮かび上がってきます。

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 著者の澤宮優さんは「日の当たらない場所で一生懸命生きている人に光を当て」ることをモットーとするノンフィクション作家。本書も、その視点から球界を描いた異色の傑作です。球界に限らず、裏方というのは多くを語らないのが世の常。実は語るに値するものを持っていることに、本人は気がつかないものです。それを掘り起こすことこそ、ノンフィクションの書き手の仕事と言って良いでしょう。

 一読して感じたのは、打撃投手というのは、打者に合わせる受け身の姿勢ではなく、主体性のある専門職であるということです。必ずしも、打者にとって打ちやすい球を投げるだけでなく、時には打者に弱点を気づかせるために投げることもある。それは言葉で伝えるよりも、より効果的な場合があるはずです。

 打者にしてみれば、言葉による助言を受けるのではなく、自ら「気づく」という能動的な精神作用をもたらすことができるのでしょう。言語を超えたコミュニケーションにより、他者に変革をもたらす「打撃投手」は、球界に限らず、社会の至るところに必要な存在ではないか、と感じました。

2020年7月 6日 (月)

「令和の巨人軍」

 「プロ野球死亡遊戯」で知られる現役巨人ファンのライター、中溝康隆さんの新刊「令和の巨人軍」(新潮新書)を読みました。

 昭和のヒーロー、王・長嶋もいなければ、平成のゴジラもいない。地上波中継はなくなって久しく、巨人帽を被った少年を街中で見かけることはめったになくなってしまった。

 それでも、待望の生え抜き4番・岡本和真、不動のエース、菅野智之、史上最高の遊撃手、坂本勇人…。今の巨人にはオーラのある選手、個性豊かな選手がそろっているんです。そうか、彼らは目の前の敵だけではなく、人々の脳裏に焼き付いたノスタルジーとも、きっと戦っているんだな。輝かしい歴史を踏まえつつ、アップデートされた現在の巨人を論じた1冊。こんな巨人論をずっと読みたいものだと思っていたら、まさに、語るにふさわしい中溝さんが出してくださいました。

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 V9時代のプロスポーツと言えば、野球以外には大相撲とボクシングぐらいしかありませんでした(プロレスも入れるべきかもしれませんが)。ところが、今やJリーグが誕生してまもなく30年。プロバスケットボールのBリーグの認知度もだいぶ高まってきました。海外の各スポーツも中継で楽しめる時代です。プロ野球以外にも、楽しめるプロスポーツはいくらでもあります。
 そんな時代だからこそ、敢えて昭和のプロスポーツの代名詞ともいえる「巨人軍」に注目することで、改めて気がつくことはあまりに多い。ファンにとって「今の巨人戦を10倍楽しめる本」と言っても良いでしょう。そしてアンチも、どっちでもない人も、皆が楽しめる新書です。

甲斐毅彦

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