「白嶺の金剛夜叉 山岳写真家 白籏史朗」
山岳写真の巨匠、白籏史朗の評伝「白嶺の金剛夜叉」(井ノ部康之著、山と渓谷社)を読みました。山梨県大月市で生まれ育ち、日本の山岳写真文化を牽引して、86歳の生涯を閉じるまでを綿密に取材した濃厚な1冊です。
私が白籏史朗の山岳写真を初めて目にしたのは、高校1年の夏休みでした。北岳、甲斐駒、仙丈ケ岳に登る南アルプス合宿を終えて、帰京した後に立ち寄った紀伊国屋書店で目に飛び込んできたのが白籏の写真集でした。カラー写真をめくるめく驚いたのは、ついこの間見て来たはずの山々が、自分の肉眼で見るよりも、荘厳な造形美で写し出されているのです。「確かにすごい風景を見て来たが、こんなにもすごかったか」。自分の目がニセモノを見て、写真でホンモノを見せつけられたような奇妙な気持ちになったのを覚えています。
白籏の写真には、見る者の視覚を強烈に刺激し、この世界を視覚だけではなく五感で感じたいという思いにさせ、実際の山へと引きずり込む強力な引力があると私は思っています。南アルプス、尾瀬、富士山、北アルプス、そして海外の名峰…。数々の名写真が生み出される背景には、何があったのか。すべてが知らないことばかりでした。
最後まで銀塩フィルムでの撮影にこだわった白籏のイメージは「静」でしたが、波乱万丈の生涯を知った読後のイメージは「躍動」へと変わりました。
写真だけではなく、山を言葉で表現する詩人でもあった。改めて、白籏が遺した数々の山岳写真を見て、再び自分の足で訪れたいという思いに駆られています。
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