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2020年9月

2020年9月30日 (水)

「苦しみのない人生はないが、幸せはすぐ隣にある」

 新刊「苦しみのない人生はないが、幸せはすぐ隣にある」(小澤竹俊著、幻冬舎)を読みました。コロナ禍の閉塞感の中で生きる人々に是非一読をお勧めしたい一冊です。

 もし、自分にとって大切な人の最期を看取ることになったら|。考えたくもないことですが、死別という宿命から人間は逃れられません。苦しみの渦中にある大切な人とどう接したら良いのか。本書に綴られているその心構えは、読むだけで胸に迫ってくるものがあります。

 めぐみ在宅クリニック院長である筆者は、これまでに3500人を看取ってきたホスピス医。これまでに出版してきたエッセイ集も好評でしたが、最新刊も生きる勇気を与える珠玉の言葉が満ち溢れています。

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2020年9月25日 (金)

「ロレンスになれなかった男 空手でアラブを制した岡本秀樹の生涯」

 新刊ノンフィクション「ロレンスになれなかった男 空手でアラブを制した岡本秀樹の生涯」(小倉孝保著、角川書店)を読みました。

 岡本秀樹とは1970年代に中東、アラブ諸国で空手の普及の生涯を捧げた知る人ぞ知る武道家。本書は新聞社のカイロ特派員時代に岡本と知り合い、交流するようになった著者が、当時の国際情勢を交えて型破りな空手家の生涯を綴った評伝です。

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 その破天荒な人物像は、序章で綴られたエピソードで伝わって来ます。当時まだ空手がまったく普及していなかったシリアで、酒に酔った岡本は、恨みの募った日本の外交官が所有していると信じていた日産ブルーバードの窓ガラスを蹴って破壊。駆けつけた警官3人のアゴを回し蹴りで叩き割り、さらに駆けつけた機動隊員たちと大立ち回りを演じます。

 器物損壊、傷害、公務執行妨害。逮捕の末、強制送還になって当然の一件ですが、この乱闘によってシリアで「空手は実戦で使える」という評判が広まり、国家の指導者お墨付きの空手指導者としての地位を確立したというのです。

 出来過ぎというか、2倍にも3倍にも盛られた逸話のようにも思いますが、新聞社で欧州総局長や外信部長を務めた著者が、そんなデタラメを書くわけがなく、読み進めるにつれて、読み手は引き込まれ「この男ならやりかねない」と確信していくでしょう。

 タイトルの「ロレンス」とは、オスマン帝国からのアラブ独立闘争を指導した実在の英国陸軍将校を題材とした映画「アラビアのロレンス」の主人公。岡本はこの映画を観て、中東を目指し、空手を通じて、アラブ民族に自立への誇りと現地の活気をもたらすために力を尽くしていきます。

 その生涯は波乱万丈というひと言で言い表してしまうのが適当とは言えないほど激烈でもあり、人間臭くもあり、こんな人物がいたのか、と唖然としてしまうほどでした。

 やはり思わざるを得ないのは、日本企業の国際的な競争力が失われ、衰退の一途をたどっている今、一昔前にはこんなパワフルな男が存在したのか、ということです。

 「岡本秀樹」の名は、空手関係者以外にはほとんど知られていないかもしれません。こんな男がいたことをもっとたくさんの方が知っても良いのではないか。そんな思いで、この第一級のこのノンフィクション作品をご紹介させて頂きました。

2020年9月22日 (火)

「ゼロから理解するITテクノロジー図鑑」

 インターネットの時代になっても、私は辞書や六法といった書籍は常に机上、もしくは机の近くに備えておく習慣がついています。最近のその中の一冊に加わったのが「ゼロから理解するITテクノロジー図鑑」(プレジデント社、監修・三津田治夫、イラスト・武田侑大、文・岩崎美苗子)。

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 AI、IoTぐらいならだいたい分かりますが、5G、Pythonといった用語は私には説明できません。その都度ネット検索すれば、だいたい済んでしまうのですが、その場しのぎの繰り返しだと、自分の知識としてなかなか蓄積していかないんですね。

 本書では用語100語を厳選。意外と少ないかなという印象ですが、リード文は、読みやすく、イラストは大きくてゆったり。わずか100語とはいえ、100語のイメージがしっかり掴めれば、これを土台にテクノロジー語彙力は増やしていけそう。まずは苦手意識克服を目指します。

2020年9月18日 (金)

「人生に必要な知恵はすべてホンから学んだ」

 デビュー50周年を迎えた俳優、草刈正雄の「人生に必要な知恵はすべてホンから学んだ」(朝日新書)を読みました。

 二枚目俳優の草刈正雄といえば、私がちょうど物心ついた頃に観た東宝映画「がんばれ! 若大将」の印象が強烈に残っています。「若い大将と言えば加山雄三だろう」という強い違和感を持ちながら観たにも関わらず、意外にも面白く、加山とは一味違ったコミカルなセンスを備えた俳優なのだな、と思ったものです。

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 本書は、50年間、草刈が俳優として発信して来た台詞がテーマ。タイトルの「ホン」とは台本のことです。

 「がんばれ! 若大将」の台詞は本書に登場しないのですが、「真田太平記」(1985~86年)「真田丸」(2016年)「なつぞら」(2019年)の3作から名台詞を抜粋。魂を込めて発した台詞の一句一句は生きており、そこから自分の原点、家族のすがたなどが見えてきたというのです。

 「いかにして台詞を生きるかは、いかにして自分を生きるかだと|」。なんと味わい深い言葉でしょうか。

 映画やドラマの見方も変わってきそうです。俳優が発する台詞というのは、きっとその俳優の生きざまそのものなのでしょう。
 

2020年9月17日 (木)

「チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学」

 今年の大宅壮一ノンフィクション賞の受賞作「チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学」(小川さやか著、春秋社)を読み終えました。

 香港に棲むタンザニア人ビジネスマンの生活を追った異色のノンフィクションです。交易人、難民を巻きこんだ独自の互助組合、信用システム、シェア経済など、その仕組みは、部外者にとっては複雑怪奇。アフリカの零細商人の商慣習や商実践を研究してきた文化人類学者の著者が、カオスな複合ビル、チョンキンマンション(重慶大厦)のボスを中心に、その実態の解明に挑んでいます。

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 成熟したシステムがあるわけではなく、出入りする人間の多くは個性的で、いいかげん。助け合いや交易も「ついで」によって行われる。必ずしも信頼し合っているわけではないのに、うまく調和している彼らのコミュニティーは、厳格で閉塞感のある日本社会で暮らす私たちにとっては、多くのことを考えさせる要素は含まれていると思います。

 ざっくりいうと、在香港タンザニア人のコミュニティーは「異なる相手と緩やかにつながり、他者の多様性が生み出す偶発的な応答」から生じるものに期待している共同体と言えるようです。これは無意識に考えていたSNSの活用法に似ており、はっとさせられました。

 文章にはユーモアがありながらも、学術色が濃く残る作品でした。フィールドワークが不可欠な文化人類学とノンフィクションやルポルタージュはもともと親和性が高いと思いますが、本書は研究者が挑んだノンフィクションの見事な成功例だと思います。

2020年9月11日 (金)

「世紀の落球 『戦犯』と呼ばれた男たちのその後」

 ノンフィクション作家、澤宮優さんの新刊「世紀の落球 『戦犯』と呼ばれた男たちのその後」(中公新書ラクレ)を読みました。

 プロ野球でも、高校野球でも何年経っても語り継がれるシーンがある。大一番で勝負を決定づけるスーパープレーはもちろんですが、球場全体がため息に包まれる「落球」もその一つです。

 著者の澤宮さんは、人々の記憶に焼き付いてしまった「落球の戦犯」の傷跡に、あえて触れに行きました。責任をとって死をも考えた彼らのデリケートな部分に踏み込むことができたのは、「敗者への愛」が著者の根底にあったからでしょう。

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 第1章は、まだ私たちの記憶に新しい2008年の北京五輪3位決定戦の米国戦でフライを捕球し損ねたG・G・佐藤。

 第2章は高校野球屈指の名勝負として今も語り継がれる1979年の夏の甲子園、箕島対星稜。延長18回にまで及んだ、この大熱戦は故・山際淳司氏が名作短編「八月のカクテル光線」で描くなど、様々な題材となって来ました。名勝負の強力なスパイスとなったのは延長16回裏、内野フライを捕り損ねた星稜・加藤直樹一塁手の転倒でした。

 第3章は1973年8月の阪神・巨人戦です。9回二死、巨人・黒江のハーフライナーを捕球できず転倒した池田純一中堅手。

 3者に共通するのは、大バッシングを受けた後、それぞれが汚名を返上するプレーをしているということです。にも関わらず、人々の記憶には「落球」のシーンが焼き付いてしまうという不条理。これは野球という一つのスポーツを超えて考えさせられるテーマのように思えます。

 本書に限らず、澤宮さんのスポーツノンフィクションに共通する点ですが、光が当たるところだけでなく、陰になっている部分に視線を注いでみることで、初めて見えてくるものがあります。スポーツの世界がもっと豊かであることに気づくことができると思います。

 汚名を背負って、それをバネに生き抜いた彼らのその後は、なんと感動的なことか。スポーツ選手は引退してからの人生が長い。彼らのセカンドキャリアを考えるという点からも多くのことを考えさせられました。

 自分を含めて一度もミスを犯したことがないという人はいません。不本意にも何かをやらかしてしまった人を見た時、そっと差し出してあげたい。そんな1冊です。

2020年9月 7日 (月)

「幻のアフリカ納豆を追え! そして現れた<サピエンス納豆>」

 敬愛するノンフィクション作家、高野秀行さんの最新刊「幻のアフリカ納豆を追え! そして現れた<サピエンス納豆>」(新潮社)を読み終えました。

 納豆が日本固有の食べ物だなどと言ったら、とんでもない大間違い。私が海外の納豆を初めて食べたのは、2002年のサッカー日韓W杯取材のために駐在していたソウルでした。豆腐や野菜を煮立てたチゲの中に納豆が入っている「チョングッチャン」(清麹醤)。大衆的な食堂に行けば珍しくなく、ちょうど暑い時期だったので、昼食には少しでも元気が出るものを食べようと「チョングッチャン」かドジョウ鍋の「チュオタン」の二択ということが多かったです。

 ですので私自身はアジアに納豆があると聞いても違和感を感じませんでした。高野さんがタイ、ミャンマー、ネパール、中国などの納豆を取材した前著「謎のアジア納豆」(新潮社)はチョングッチャン体験の延長として自然に受け止められる楽しい読み物でした。

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 ところが、高野さんの納豆の旅はアジアでは終わらなかったのです。ナイジェリア、セネガル、ブルキナファソ…。日本からはるか離れたアフリカの国々に広範囲にわたって多様な納豆が存在していたとは! 納豆観が変わるのは当たり前の話で、食文化を通じての世界観が変わる一冊と言っても大げさではないでしょう。

 世界観が変わるものを追い求めての辺境探検。三畳一間のアパートで暮らした早大探検部時代に幻の怪獣「ムベンベ」を探しに向かったコンゴ探検が高野さんの原点です。そして、ミャンマーの反政府ゲリラ支配区に潜入してはアヘン生産の実態を探り、謎に包まれた西南シルクロード踏査ではインドに不法入国してしまい、世界一危険と言われていたソマリランドに飛び込み|。

 最新作でも未知を求めるスタンスはブレていません。「ムベンベ」から「アフリカ納豆」へ。怪獣探しの時の奔放な青臭さは30年を経て、文字通り納豆のように熟成された味わい深いものになっています。ただ、対象は変われど、内から沸き起こる好奇心に逆らわず突き進めば、誰にも見えなかった世界が見えてくる。そこに感動せずにはいられません。本書を読めば前著の「謎のアジア納豆」も読みたくなるでしょう。

 本書の主舞台はアフリカですが、韓国でのチョングッチャン取材も収録されています。手前ミソならぬ「手前納豆」な話ですが、ちょっとだけこの取材に関わらせて頂きました。高野さんが「知り合いの知り合いのダンナさんの高校の後輩のお母さん」と記している「知り合い」とは、光栄なことに私のことです。

甲斐毅彦

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