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2020年9月11日 (金)

「世紀の落球 『戦犯』と呼ばれた男たちのその後」

 ノンフィクション作家、澤宮優さんの新刊「世紀の落球 『戦犯』と呼ばれた男たちのその後」(中公新書ラクレ)を読みました。

 プロ野球でも、高校野球でも何年経っても語り継がれるシーンがある。大一番で勝負を決定づけるスーパープレーはもちろんですが、球場全体がため息に包まれる「落球」もその一つです。

 著者の澤宮さんは、人々の記憶に焼き付いてしまった「落球の戦犯」の傷跡に、あえて触れに行きました。責任をとって死をも考えた彼らのデリケートな部分に踏み込むことができたのは、「敗者への愛」が著者の根底にあったからでしょう。

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 第1章は、まだ私たちの記憶に新しい2008年の北京五輪3位決定戦の米国戦でフライを捕球し損ねたG・G・佐藤。

 第2章は高校野球屈指の名勝負として今も語り継がれる1979年の夏の甲子園、箕島対星稜。延長18回にまで及んだ、この大熱戦は故・山際淳司氏が名作短編「八月のカクテル光線」で描くなど、様々な題材となって来ました。名勝負の強力なスパイスとなったのは延長16回裏、内野フライを捕り損ねた星稜・加藤直樹一塁手の転倒でした。

 第3章は1973年8月の阪神・巨人戦です。9回二死、巨人・黒江のハーフライナーを捕球できず転倒した池田純一中堅手。

 3者に共通するのは、大バッシングを受けた後、それぞれが汚名を返上するプレーをしているということです。にも関わらず、人々の記憶には「落球」のシーンが焼き付いてしまうという不条理。これは野球という一つのスポーツを超えて考えさせられるテーマのように思えます。

 本書に限らず、澤宮さんのスポーツノンフィクションに共通する点ですが、光が当たるところだけでなく、陰になっている部分に視線を注いでみることで、初めて見えてくるものがあります。スポーツの世界がもっと豊かであることに気づくことができると思います。

 汚名を背負って、それをバネに生き抜いた彼らのその後は、なんと感動的なことか。スポーツ選手は引退してからの人生が長い。彼らのセカンドキャリアを考えるという点からも多くのことを考えさせられました。

 自分を含めて一度もミスを犯したことがないという人はいません。不本意にも何かをやらかしてしまった人を見た時、そっと差し出してあげたい。そんな1冊です。

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甲斐毅彦

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