「実像 広島の『ばっちゃん』中本忠子の真実」
読みたいと思いながら読みそびれていた、昨年出版されたノンフィクション「実像 広島の『ばっちゃん』中本忠子の真実」(秋山千佳著、角川書店)を読み終えました。城山三郎賞の候補作にもなった傑作です。
中本忠子さんは、約40年にわたって非行少年のみならず、その保護者にまで無償で手料理を提供し、物心ともに支えとなって非行や犯罪から立ち直らせてきた保護司。その献身的な活動はマスコミでも取り上げられ、安倍前首相の昭恵夫人とも交流を持つようになった。「マザー・テレサ」とまで呼ばれ、聖人化された中本さんの活動の動機は何だったのか。著者の秋山さんは取材を進めるにつれ、伝えられていたものとは違う実像が浮かび上がってきました。
先入観を排して、無心になって取材対象に当たるということは、ジャーナリズムやノンフィクションの世界での基本姿勢ですが、簡単にできることではありません。本書はこれを実践し、まさに「実像」を浮かび上がらせることに成功しています。
頑なに過去を語りたがらない「ばっちゃん」。しゃべりたくないことを無理やり喋らせることができるのは権力のみで、ノンフィクション作家やジャーナリストはそうはいきません。秋山さんは粘り強く「ばっちゃん」と接し、家族からも話を聞いていきます。最後は「ばっちゃん」が、過去を知られることを受け入れていくわけですが、それができたのは、取材者の熱意と真摯な態度があったからでしょう。
すぐれた人物ノンフィクションは、書かれた本人にとっても新たな発見があるものです。本書もきっとその1冊なのではないでしょうか。カポーティ―の「冷血」や民芸運動を起こした思想家・柳宗悦の言葉の引用が、作品をより滋味深いものにしています。
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