ブログ報知

スポーツ報知ブログ一覧

« 2021年2月 | メイン | 2021年4月 »

2021年3月

2021年3月31日 (水)

相撲漫画家・琴剣さんが大切にしていたこと

  26日に急逝した相撲漫画家、琴剣さん(享年60歳)には、約20年間お世話になりました。2001年から大相撲担当になり、06年に担当が外れた後も、私に長女が生まれた時には愛情あふれるお祝いの言葉を頂いたり、東京・中野区の絶品カレーライスの店へ一緒に行ったり、と思い出は尽きません。

 20年間、琴剣さんと接してきて、すごいと思うことは、誰のことも悪く言わないということ。もっとすごいのは、誰一人として琴剣さんを悪く言う人がいないということです。

 角界は敵と味方に分かれたり、派閥が生じやすい世界です。ましてや、琴剣さんは、スポーツ報知で30年間、力士の喜怒哀楽を描き続けた立場でした。勝って胸を張る力士ばかりならば良いが、負けてみじめな力士を描くこともあります。不本意ながらも不祥事をやらかしてしまった力士を絵にしてもらうことだって度々ありました。それでも、力士や親方からのクレームは一度も聞いたことがありません。これは、根底に何があったからだろうか。琴剣さんが漫画を描く上で、「大切にしてきたこと」を守り続けたからだと私は思っています。

Photo



 琴剣さんが、まだ千葉・船橋市でちゃんこ料理店を経営していた頃の話。店に行って、史上最高に美味しい塩ちゃんこ(決してお世辞ではない)を食べ終わった後、漫画を描く上で心がけていることを尋ねてみました。

 「自分は関取になれず、三段目までしかいけませんでした。だからというわけではないんですが、こう思っています。序ノ口だとか横綱だとかいう番付以前に、土俵に上がってまわし一つで戦うのは、皆同じ人間だということ。その一人ひとりへの敬意と信頼をなくして漫画を描いてはいけないと思うんです」

 琴剣さんは11歳も年下の私に対して常に敬語でした。もっと若い記者に対しても同じ。序列が厳しい番付社会で育ったにも関わらず、地位や年齢で人を差別しない。その徹底した平等な価値観が反映された漫画は、日本を代表する漫画家の目にも止まりました。「アンパンマン」の生みの親、やなせたかし氏(故人)です。

 琴剣さんはやなせ氏から「君の漫画は生きている! 相撲の漫画はしっかり頼むよ」と激励された言葉をずっと大切にし続けていました。

 やなせ氏が2013年に亡くなった時、琴剣さんはこう話していました。「やなせ先生におっしゃっていただいたように、漫画に命を吹き込めるならば、本当に素晴らしいですよね。勝った力士だけではなくて、負けた力士の絵にも命を吹き込んでエールを送りたい。土俵の土というのは、たとえ相撲とは違う道へ進んでも花を咲かせられる養分があると思っているんです」。言うまでもなく、琴剣さんも、土俵を降りてから「相撲漫画家」という「世界で一つだけの花」を咲かせた一人でしょう。

 親方衆や現役力士をはじめ多くの弔問客が訪れた29日の通夜。棺に収まった琴剣さんに涙でお別れのあいさつをして、御礼を言いました。元気だった時と同じように優しい顔のままでした。霊山へと旅立ちますが、描き遺した漫画は、これからも生き続けていきます。

2021年3月25日 (木)

「迷子になった拳」

ミャンマーの伝統格闘技の世界に飛び込んだ日本人格闘家を追ったドキュメンタリー映画「迷子になった拳」(監督・今田哲史)が26日から東京・渋谷ホワイトシネクイントで公開(全国順次公開)されます。
 先日、試写会で観て来たのですが、元格闘技記者の眼から見ても、非常に過酷で、えげつないとも言えるほどの競技。基本はキックボクシングと同じですが、ラウェイはグラブなしでバンテージだけ巻いた拳で殴り合う。肘打ちも、頭突きもOK。故意でなければ金的攻撃まで認められてしまう―。
 プロスポーツの一つとは言え、ファイトマネーで食べているわけがない。それどころか試合の度に血まみれにされ、文字通りの真っ赤な赤字が嵩んでいくのは必至。それなのになぜ、こんな理不尽な世界に挑むのか。「猛者」からはほど遠い不器用な主人公の生きざまを通じて、いろいろなことを考えさせられました。

Photo

 主題は「若者の自分探し」だと私は捉えましたが、それだけに留まらぬことを感じさせられるのは、舞台が私たちにはなじみが薄いラウェイという異界であるという点でしょう。私は数ある格闘技の中でも、最も過酷だとも言えるこの競技をなぜミャンマーの人々が愛好しているのかをもっと知りたくなりました。
 格闘技ファンはもちろん、ミャンマーをはじめとする東南アジアに興味がある方にも観て頂きたい作品です。
 

2021年3月15日 (月)

「あこがれのアスリートになるための50の挑戦」

非常にユニークな本を読みました。「あこがれのアスリートになるための50の挑戦」(P・バッカラリオ、M・プロスペリ著、訳・有北雅彦、太郎次郎社エディタス)。
 イタリアの児童作家とスポーツジャーナリストの合作で、題名のとおりの内容本なのですが、数多くある、この手の日本の出版物とは、観点が微妙に異なるのです。
 「あこがれのアスリート」というと誰を思い浮かべるでしょうか。例えば今ならば、野球の大谷翔平、サッカーの久保建英、テニスの大坂なおみ…。まだまだ挙げられそうですが、本書での定義は、身体能力やテクニックだけでなく、その振る舞いもふくめてヒーロー(ヒロイン)である、ということです。

Photo

 そんなあこがれの存在に近づいていくための50の項目には根性論的な悲壮感はまったくなく、読んでいるだけで楽しい。ついやってみたくなるものばかりです。パスを磨く壁当て、強靭な足腰をつくる階段マラソン、バランス感覚を養う綱渡り、チームワークを学ぶ二人三脚。戦略的思考を鍛えるチェス、自分自身に向き合う深い呼吸、何度でも立ち上がるための敗北体験などなど。
 特長として各競技の超一流アスリートのエピソードや、豆知識を紹介するコラムがに散りばめられている点が挙げられます。最もユニークなのは、一つの項目ごとに、あわせて聴きたい曲やお勧めの本や映画を紹介している点です。
 これはアスリートを目指す人だけが読むのはもったいない。心身をしなやかにしていきたいと願うすべての老若男女にとって、良書であることは間違いないでしょう。

2021年3月 4日 (木)

「デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場」

 開高健賞受賞作のノンフィクション「デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場」(河野啓著、集英社)を読み終えました。

 登山の世界を知っている人ならば即座に違和感を感じる「七大陸最高峰単独無酸素登頂」を目標に掲げて、ファンを集めて登攀を自撮り生中継し、8度目のエベレスト挑戦で滑落死した栗城史多とは、何者だったのか。
 著者は、栗城さんのドキュメンタリーを撮ってきた北海道放送のディレクター。栗城さん本人だけでなく、彼の幼なじみや友人、登山仲間、元婚約者などを綿密に取材し、「劇場型登山家」の実像を浮かび上がらせたノンフィクションです。

 私も栗城さんは生前3度、取材したことがありますが、とにかく人あたりの良い、今どきの好青年。成田空港へ見送り取材に行った時には、凍傷で指を失った右手で握手してくれ「帰ってきたら飲みましょう!」と笑顔で旅立った姿が今も目に焼き付いています。ただ、「単独」と謳っているにも関わらず、複数の屈強なスタッフが同伴しており、登山というより「ロケ」に旅立つという雰囲気であることに非常に違和感を感じましたが…。

 栗城さんが亡くなる前から、その登山方法については多くの登山家による批判を耳にしていたので「単独」「無酸素」が、その実態とは大きく異なるということを認識していました。ノーマルルートからですらエベレストには登れなかったそんな彼が最後に挑んだのは、最難関と言われる南西壁。登れるわけがないことは本人も知っていたはずなのに、なぜ挑んだのか。本書はその謎に迫っています。

Photo

 著者の河野さんは、本来登山について深い知識を持っていた方ではありません。当初は純然たる登山家を応援するドキュメンタリーを撮るつもりだったはずが、徐々に疑念を抱くようになる。その心理の移り変わりは、譬えはあまりよくないかもしれませんが、こんな感じに捉えました。
 プロレスに夢中になっていた少年が「何かおかしい」と完全なガチンコではないことに気づいて失望する。そのギャップが別の観点から違う関心を呼び寄せ、益々プロレスから目が離せなくなっていく…。
 結果的には「死者に鞭を打つ」というノンフィクションになっていると言えば、それまでかもしれません。それでも著者が、栗城さんで1冊の力作を書き上げたのは、やはり栗城さんに登山家ではない魅力を感じていたからに他ならないでしょう。
 私自身の反省を言えば、栗城さんが本格的なノンフィクションやドキュメンタリーの対象とすることは不可能だと思い込んでいたということです。登山や冒険の世界にも「リテラシー」が必要なのではないか。そして「他者に認められたい」という承認要求は、なぜ湧き出て来るのか。多くのことを突き付けられるノンフィクション作品でした。

2021年3月 2日 (火)

「鬼才 伝説の編集人 齋藤十一」

 ノンフィクション作家・森功さんの新刊「鬼才 伝説の編集人 齋藤十一」(幻冬舎)を読み終えました。

 「週刊新潮」「フォーカス」などの大衆誌を創刊して次々と成功させ、太宰治、新田次郎、山崎豊子、松本清張らからも畏怖され「新潮社の天皇」とまで呼ばれた天才編集者。その実像を初めて明らかにした評伝です。

 齋藤十一と言えば、私は長らく「週刊新潮」の実質的な編集トップとして強大な力を持っていた、という程度の認識でしたが、その生い立ちから最盛期、晩年までを本書で追うと、まさに出版ジャーナリズムという文化は、この人物をなくして成りえなかったとさえも思えてきます。

 今も読み継がれる作品を書き残した数々の大作家を生み出すことができたのは、齋藤が文学や音楽などの芸術文化への深い造詣があったからでしょう。太宰の名作「斜陽」のタイトルも齋藤の発案だったとは驚きました。

 何よりも注目すべき日本文学の興隆に貢献した人物が、週刊誌ジャーナリズム成功の立役者と同一人物であるという点です。芸術文化を愛するだけでなく、下世話とも言える「俗」なものに対する関心と鋭い嗅覚も持ち合わせていた。2つの価値観は一見、乖離しているようにも思えますが「人間の本質を見抜く」という狙いが通底しているのでしょう。

 出版文化を愛するすべての人に一読をお勧めしたい力作です。私もこの本を読むことができて良かったです。

Photo

甲斐毅彦

2021年7月

        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

最近のトラックバック

見出し、記事、写真の無断転載を禁じます。Copyright © The Hochi Shimbun.