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2019年4月29日 (月)

「無目的な思索の応答」

   芥川賞作家・又吉直樹さんとライター・武田砂鉄さんが「東京新聞」紙上で交わした往復書簡の単行本「無目的な思索の応答」(朝日出版社)を読みました。

 「無目的」だからこそ、自在に泳いでいってしまう思索のキャッチボール。これを成り立たせることができたのはこのお二人だからでしょう。「無目的」とは何と自由なことか。

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  又吉さんが本の中で例として挙げているように「流しそうめん」は流す必要がないのに、わざわざ流すという無駄な行為があるから楽しいのです。

 考えてみれば、自分が山に登ったり、知らない土地に行ってみたりしたことも「無目的」ですが、だからこそ自由であり、豊かな時間が過ごせたと思います。

 自分の日々の行いは「有目的」なことに縛られすぎてはいないだろうか。そんなことに気づかせていただけたのですから「無目的」は間違いなく意味のあることなのです。

2019年4月22日 (月)

マック赤坂氏初当選

組織を持たず、パフォーマンスを武器に国政選挙や都知事選など数々の選挙に立候補してきたマック赤坂氏が港区議選で初当選。選挙挑戦12年目、14度目での初めて結果が出ました。
 コスプレでの政見放送のみならず、有力候補者の街頭演説に乱入するゲリラ戦術には賛否があると思いますが「組織を持たないものには勝ち目がない」という日本の選挙制度に対するマックさんなりのレジスタンスだったと思います。

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 何度供託金を没収されようとも、一切の組織を持たずに選挙に挑んだことには意義があったと思います。

 当選後はご本人とも少しお電話でお話できました。「もうコスプレはやらない」とおっしゃっていましたが、本当ですかね。

 当選することだけが目的だったと思われないためにも、今後は是非、市民目線に立っての政治を。マック区議に注目していきたいと思います

2019年3月22日 (金)

映画「新宿タイガー」

 新宿へ出掛けた時に、虎のお面とピンクのかつらをかぶり、ド派手な花柄の衣装を着て新聞配達をしている奇怪な人物を目撃したことはありませんか?


 この姿で40年以上、新宿を闊歩して来た男性を主人公にしたドキュメンタリー映画「新宿タイガー」が22日からテアトル新宿で公開されます。監督はフリーランスのTVディレクターとしても活躍する佐藤慶紀氏(44)。

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 東京・中野区で育った私自身が新宿タイガーを見て度肝を抜かれたのは80年代後半、高校生の頃でした。正体の原田吉郎さん(71)は、これまでに何度かメディアの取材は受けていたので、素顔は知っていましたが、情報は断片的でした。何のためにこんな格好をしているのか。単に目立ちたがり屋なのか。それとも思想があるのだろうか。ついにドキュメンタリー映画ができると聞き、長年の謎が解けるのではないかという期待を持って試写会に行って来ました。


 その素顔は美女と酒と映画を愛する純粋な人物。交流のある美女たちと日替わりでゴールデン街でグラスを傾け、語らう背中から伝わって来るのは、人生をどこまでも楽しもうという自由な精神です。
 原田さんは1948年、長野県出身。67年に上京して大学に入学しますが、69年に中退。タイガーのお面をかぶり始めたのは72年頃。75年に新聞配達を始め、44年経った今も続けています。


 知りたいのは、お面をかぶり始めた理由です。映画の中での原田さんの答えは、神社のお祭りで売られている虎のお面を見たときに「オレ、新宿の虎になる」と思ったとのこと。でもどうして? 「直感に理由はない」。これ以上多くは語ろうとはしませんでした。


 原田さんが上京した60年代後半は、新宿が若者文化の中心地でした。ベ平連のフォークゲリラが西口広場に集い、68年には過激派と機動隊が衝突する新宿騒乱が発生。そんな中で、新宿の街づくりの中心人物だった紀伊國屋書店の創業者・田辺茂一氏が「新宿メディアポリス宣言」を発表しました。メディアと一体化して新しい街づくりをしようという構想は、まもなくスタジオアルタを生み出し、フォークゲリラは姿を消していきました。


 ただし、原田さんは学生運動には関わっていないと言います。この頃、原田さんが夢中になっていたのは映画。とりわけ当時大ヒットしていた「唐獅子牡丹」には夢中になったとのことです。男は黙ってサッポロビール。原田さんは、黙って「虎」になることを選んだのかもしれません。

 40年以上の歳月が経ち、変わり続ける新宿で、変わらずに「虎」であり続けるのは、なぜなのだろうか。映画を見終わった後は、ずっと問いかけられているような気持ちになりました。

2019年2月21日 (木)

「オリンピックVS便乗商法」

  2020年の東京五輪を前に是非ともお勧めしたい一冊をご紹介します。「オリンピックVS便乗商法 まやかしの知的財産に忖度する社会への警鐘」(友利昴著、作品社」。何よりも本の装丁が挑発的です。

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  日本代表選手の活躍を祝う懸垂幕を掲げてはいけない。選手が所属する学校や企業が、選手を応援するパブリックビューイングをやってはいけない。知的財産権を理由に、そんなルールがあるらしいと広まりましたが、これって本当なのでしょうか。

 本書では五輪に関する合法的な広告宣伝や応援行為についてIOCなどが「便乗商法(アンブッシュマーケティング」とのレッテルを貼ってクレームの対象として規制している状況を豊富な具体例を挙げて概観。そして彼らはなぜ規制しようとするのか。本当にそのクレームには法的な根拠があるのかを精査し、そもそもグレーゾーンなんてものはないはずなのに「触れぬ神にたたりなし」といった便乗や応援への自粛モードを作り出す手口を見事なまでに暴き出しています。

 そして圧巻は1964年東京五輪の時の利用規制に対して、当時の日本人がどのように対峙(たいじ)したかを徹底考察した最終章です。規制をくぐり抜けて、意地でも便乗してやろうという涙ぐましくも、噴き出してしまうような数々の知恵。55年前よりも現在のほうが、社会は成熟していると思いがちですが、読むと真逆なのではないかと思わされます。著者も「道理を重視し分別を大切にする姿勢は、50年以上前の日本の方が勝っているような気がしてならない」と論じていますが、全く同感です。

 大切なのは、作り出された忖度ムードに流されてはいけないということ。応援や便乗の禁止を求める声には、法的な正当性があるのかないのかを正しく知ることが大切だと思います。そうでなければ何のために知的財産法という法が存在するのか、分からなくなってしまいます。

2019年2月10日 (日)

石牟礼道子さん一周忌

 水俣病の悲劇を世に知らしめた石牟礼道子さんが亡くなって2月10日で1年です。追悼の意を込めて代表作の「苦海浄土」を読み返しました。

 読み返して気がついた点は、この作品は一般的なノンフィクションの取材手法のように、被害者の自宅へは足繁く通ってテープを録ってメモを取るという形で取材されて成り立ったものではないということです。

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  患者、その家族の苦しみを自らのものとすることによって魂の声を紡ぎ出した。ノンフィクションというジャンルを超えて真実を描破したのだと思っています。

 この作品は「大宅壮一ノンフィクション賞」の第1回目の受賞作に選ばれましたが、石牟礼さんは「水俣病患者のことを書いた私が晴れ晴れしい舞台に立つのはそぐわない」として辞退されています。ご本人も「ノンフィクションを書いた」という自覚はまったくお持ちになっていなかったのだと思います。

2019年2月 2日 (土)

安田純平さんと語る「ジャーナリストはなぜ危険地を取材するのか」

    文京区民センターで開かれた集会「安田純平さんと語る ジャーナリストはなぜ危険地を取材するのか」に行って来ました。3年4か月の拘束から解放された直後は、だいぶお痩せになっていた安田さんですが、体重も戻られたご様子でした。

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 信濃毎日新聞記者を辞めて戦場報道の世界に飛び込んだ経緯や拘束時のことを改めてお話され、危険地へ取材に行くのは「好奇心なのか、使命感なのか」という問いには迷わず「好奇心ですね。現場に行ってみないことには(そこで起こっていることというのは)分からない。行く前から決めてしまうにはよくないと思う。第一に好奇心が大事だと思います」と答えていらっしゃいました。

 集会では安田さんに先だってフランス「ル・モンド紙」の東京特派員、フィリップ・メスメールさんの基調発言があり、安田さんに対する「自己責任」バッシングが、フランスではありえないと話されていました。フランスでは、自国のジャーナリストが拘束されたときには政府は解放のために尽力し、国民もそのために税金を使うことに異議を唱えることはないとのことでした。「日本には仕事という義務を果たす美徳...があるのに、ジャーナリズムについては、その義務を果たすな、と言っている。ここには矛盾を感じる」というコメントが印象に残りました。

 また、ゲストスピーカーとして壇上に上がられたジャーナリストの土井敏邦さんのお話も印象に残りました。「ジャーナリストが危険なところに入ったことを強調する話には嫌悪感を感じます。危険にさらされているのはジャーナリストではなく、その地に住んでいる住民です。危険だったらジャーナリストは逃げればいい。大切なのは危険なところに行くことではなく、胸で受け止められる素材を伝えるためです」

 むやみなバッシングも問題ですが、「使命感」を振りかざして美化することもやはり危険地報道には相応しくないのでしょう。

2019年1月28日 (月)

「北東アジア市民圏構想」

 スポーツ報知でコラム「月刊佐藤優」をご執筆頂いている元外務省主任分析官・佐藤優さんと国際法学者・金惠京さんの対談「北東アジア市民圏構想」(第三文明社)を読みました。

 日本、韓国、北朝鮮、中国、ロシア。それぞれの国家が国益を主張するのは当然ですが、佐藤さんの「北東アジアを結ぶ『ナショナリズムを超克する普遍的な価値観』を作っていかなくてはならない」という主張には、心から共感します。

 そのために必要なのは市民レベルで相互理解へとつながる対話だと思っています。

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2019年1月 5日 (土)

「タコの心身問題」

 昨年12月16日付の読売新聞書評欄で紹介されていた「タコの心身問題 頭足類から考える意識の起源」(ピーター・ゴドフリー=スミス、みすず書房」をやっと入手して読み終えました。

 生物哲学を専門とする著者がタコの知性の謎に迫った奇書。脊椎動物である人間はチンパンジーやらゴリラとは近い関係にありますが、タコのような頭足類とは生物進化の早い段階で別れました。そして、そのタコの世界とは人間とは全く別世界。人間の思考は当然、頭脳一極集中であるのに対して、神経系は足に集中している。吸盤一つひとつに、味覚と触覚をつかさどるニューロンが約1万個あるのだそうです。つまり人間の知性が「中央集権型」であるのに対して、タコは「地方分権型」と言えるようなのです。

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  それでいて、タコの知能は驚くほど高く、水槽に入れられた状態でも、学習すると電球にわざと水をかけてショートさせることができるようになり、水中の中ではスキューバーダイビングで潜ってきた人間に関心を示すと、人の手を引いて案内のような行為をすることもあるのだそうです。

 

 読めば誰もがきっと、タコになったらどんな気持ちなのだろう、という疑問を持つでしょう。私も本気で一度タコになってみたいと思ってしまいました。 

 タコたちは「オクトポリス」と呼ばれる集落を形成し、そこにはサメなどの捕食者から守るための「門番」も置かれているとのこと。長い年月をかければタコの社会は、進化していく可能性があるそうで興味は尽きません。

 くだらないことですが、翻訳本では「オクトポリス」を「タコノポリス」と訳して欲しかったです。

2018年12月24日 (月)

「私説 集英社放浪記」

 新刊「私説 集英社放浪記」(鈴木耕著、河出書房新社)を読了しました。筆者の鈴木さんは集英社の編集現場に36年間在籍した名エディター。10回以上の部署異動を経験されたとのことで、「月刊明星」を振り出しに「月刊PLAYBOY」「週刊プレイボーイ」」、文庫編集、「イミダス」編集、新書創刊と多岐に渡っての活躍されてきた足跡をたどる回顧録です。

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  取材仲間をはじめとする関わってきた人物のほとんどが実名で記されているおおらかさに味わい深く、興味深く、一気に読んでしまいました。

 芸能人インタビューから原発やオウム事件といった社会問題までジャンルを問わず取材するスタンスは、スポーツ紙記者も同じです。鈴木さんからは取材対象が何であれ、譲れない一線を保ち、取材対象者や取材仲間とぶつかり合うことも辞さなかった気概を感じさせられました。そして編集とは殿戦、つまり逃げながら戦うこと、という結論に考えさせられました。

 メディアの一媒体が攻め続けるというのには無理がある。かといって逃げてばかりではいけないわけで、逃げながらでも戦おうよ、というメッセージと受け止めました。

 紙媒体の古き良き時代、として振り返るだけではなく、今後も紙媒体を守っていこうという情熱を思い出させてくれる好著でした。

2018年12月21日 (金)

「共犯者たち」

ポレポレ東中野で公開中の韓国ドキュメンタリー映画「共犯者たち」(공범자들)を観てきました。全報道関係者が観るべきと言っても大げさではないほど強烈な作品でした。

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 2008年、国民の支持を失いつつあった李明博大統領が、韓国の主要放送局であるKBSやMBCに対して露骨な政治介入を行った「報道の自由の危機」を記録した作品です。政権に批判的な経営陣は次々と排除され、李政権を追及していた調査報道チームは解散させられ、記者たちはスポーツ中継担当などに異動させられていきます。放送局の労組はストライキで対抗。ですが、政権が送り込んだ経営陣が次々と解雇していきます。そして、政府の広報機関と化した放送局は、セウォル号事件で「全員救助」という大誤報をやらかす。腐敗したメディアが、朴槿恵政権で起きた崔順実ゲート事件の隠蔽に加担するところまで描かれています。

 監督は2012年にMBCのストライキを主導したとして解雇され、市民の支援で独立メディア「ニュース打破(뉴스 타파)を起ち上げた崔承浩氏。李大統領を直撃し「記者に質問をさせない国は滅びます」と訴えかけ...るシーンには、報道の自由を守りたいという信念を感じました。

 私が知る範囲では、1980年の光州事件以降、全斗煥政権が徹底したメディア統制を進めた影響で、韓国国民の新聞やテレビへの信頼度はそもそも高くありません。その反動で80年代には市民が株主になり、広告収入に依存しない「ハンギョレ新聞」が創刊され、さらには市民一人ひとりが記者になるネットメディアの「オーマイニュース」が誕生しました。

 日韓の大きな違いを一つ挙げれば、日本ではこの「市民型メデイア」がまったく育たないという点だと思います。「オーマイニュース」はジャーナリストの鳥越俊太郎さんが代表者となって日本版も起ち上げられたのですが、韓国のように軌道には乗りませんでした。

 政治権力がメディアに介入しようととするということは、韓国も日本も同じでしょう。ただ、日本の場合は韓国ほど露骨ではないかもしれません。韓国のような「市民型メディア」が育たないように、私たちが巧みにコントロールされているのかもしれない。上映後には、そんなことを感じました。
http://www.kyohanspy.com/

甲斐毅彦

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