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時事問題

2021年6月23日 (水)

立花隆さんから学んだこと

  ジャーナリズムの巨匠、立花隆さんが亡くなりました。私が学生時代に最も愛読していたのは「中核vs革マル」(講談社文庫)。すでに学生運動は下火になっていた時期ですが、高い理想や正義感を持っていたはずの若者たちが、なぜ殺し合いの内ゲバ闘争を展開するようになったのか。これは引きつけられるテーマでした。「正義は暴走する」という普遍的なテーマを考える時にいつも思い出すノンフィクション作品です。

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 とはいえ、ジャーナリスト志望だった学生時代に立花さんの本にのめり込んだわけではありません。ジャーナリストに「現場型」と「分析型」というタイプがあるとすれば、立花さんは典型的な後者。私が憧れていたのは、読売の本田靖春、朝日の本多勝一、共同の斎藤茂男といった現場志向の強い記者でした。
 私が立花さんのすごさに気がついたのは、むしろ自分が現場に取材に出る記者になってからでした。特に事件取材などをするときに感じたのは、どんなに努力しようと、もがこうと「自分の眼で見て、自分の耳で聞ける事実」は極めて限られているという現実に阻まれます。「現場」が最も大切であることは変わりはないけれど、読者に真相を伝えるためには「マクロ的」な視点を持つ必要があるということに気がつきました。
 立花さんの代表作はやはり「田中角栄研究」(1974年)でしょう。当時の田中首相の金脈を追求して、田中内閣を退陣に追い込んだ伝説的なレポートです。膨大なデータを精査し、不動産登記簿まで調べ上げ、ペーパーカンパニーの土地取引の疑惑を浮かび上がられました。これこそ「分析型」ジャーナリストでこそなせる業でしょう。雑誌のみに限らず、新聞においてもその後の調査報道をする上での手法に与えた影響は大きいのではないでしょうか。
 政治、経済、最先端の科学技術…。一つの分野に執着せず、好奇心が向くままに縦横無尽に取材した足跡の多さは驚異的なものだと改めて感じます。その中で、今思い出すのは「臨死体験」をご自身のテーマの一つにされていたということ。蘇生した人々の証言を取材した著書には「まばゆい光、暗いトンネル、亡き人々との再会」があると書かれています。天命を全うした立花さんは、ご自身で体験し、旅立たれたのでしょうか。
 作品の一つひとつを読み返しながら偲びたいと思います。

2019年4月22日 (月)

マック赤坂氏初当選

組織を持たず、パフォーマンスを武器に国政選挙や都知事選など数々の選挙に立候補してきたマック赤坂氏が港区議選で初当選。選挙挑戦12年目、14度目での初めて結果が出ました。
 コスプレでの政見放送のみならず、有力候補者の街頭演説に乱入するゲリラ戦術には賛否があると思いますが「組織を持たないものには勝ち目がない」という日本の選挙制度に対するマックさんなりのレジスタンスだったと思います。

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 何度供託金を没収されようとも、一切の組織を持たずに選挙に挑んだことには意義があったと思います。

 当選後はご本人とも少しお電話でお話できました。「もうコスプレはやらない」とおっしゃっていましたが、本当ですかね。

 当選することだけが目的だったと思われないためにも、今後は是非、市民目線に立っての政治を。マック区議に注目していきたいと思います

2019年2月 2日 (土)

安田純平さんと語る「ジャーナリストはなぜ危険地を取材するのか」

    文京区民センターで開かれた集会「安田純平さんと語る ジャーナリストはなぜ危険地を取材するのか」に行って来ました。3年4か月の拘束から解放された直後は、だいぶお痩せになっていた安田さんですが、体重も戻られたご様子でした。

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 信濃毎日新聞記者を辞めて戦場報道の世界に飛び込んだ経緯や拘束時のことを改めてお話され、危険地へ取材に行くのは「好奇心なのか、使命感なのか」という問いには迷わず「好奇心ですね。現場に行ってみないことには(そこで起こっていることというのは)分からない。行く前から決めてしまうにはよくないと思う。第一に好奇心が大事だと思います」と答えていらっしゃいました。

 集会では安田さんに先だってフランス「ル・モンド紙」の東京特派員、フィリップ・メスメールさんの基調発言があり、安田さんに対する「自己責任」バッシングが、フランスではありえないと話されていました。フランスでは、自国のジャーナリストが拘束されたときには政府は解放のために尽力し、国民もそのために税金を使うことに異議を唱えることはないとのことでした。「日本には仕事という義務を果たす美徳...があるのに、ジャーナリズムについては、その義務を果たすな、と言っている。ここには矛盾を感じる」というコメントが印象に残りました。

 また、ゲストスピーカーとして壇上に上がられたジャーナリストの土井敏邦さんのお話も印象に残りました。「ジャーナリストが危険なところに入ったことを強調する話には嫌悪感を感じます。危険にさらされているのはジャーナリストではなく、その地に住んでいる住民です。危険だったらジャーナリストは逃げればいい。大切なのは危険なところに行くことではなく、胸で受け止められる素材を伝えるためです」

 むやみなバッシングも問題ですが、「使命感」を振りかざして美化することもやはり危険地報道には相応しくないのでしょう。

2018年6月16日 (土)

「世界難民の日」

6月20日の「世界難民の日」を前に16日、JR渋谷駅ハチ公前広場で、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)による啓発イベントが開催されていました。

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 難民キャンプで実際に使用されているテントを設営。1件につき、栄養補助食品50円分が寄付される署名を募っています。

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 イベントには9年前に難民としてアフガニスタンから来た東大大学院生のジャファル・アタイさん(28)も参加。


首都カブールで生まれ、3歳の頃にタリバンに家を追われ、内戦が激しくなる中で、住まいを転々。 2009年に来日しました。

 苦学しながら難民高等教育プログラムに応募し、2012年、明治大学に入学。現在は東大大学院の総合文化研究科で「アフガニスタンの平和構築」を研究しています。

私を含めて難民についての知識は乏しい人がほとんどだと思います。「文化や宗教が違う人との共存は、マイナス面が強調されがちですが、異なった社会的背景を持つ難民を助けることは人類への貢献というプラス面があると思います」とジャファルさん。世界で起きていることについて考える貴重な機会でした。

 

2018年1月15日 (月)

センター試験 ムーミンの問題を解いてみました。

センター試験の地理Bで、ムーミンの舞台を問う問題が出たことが話題になっているので、解いてみました。「

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小さなバイキング ビッケ」と並列で、どちらがノルウエーで、どちらがフィンランドかを選ばさせ、さらに「いくらですか?」のノルウェー語とフィンランド語を選ばせる問題。 かなりの難問ですが、「ヴァイキング」が「ヴィク=入り江の人」が由来でノルマン人の別名であることを知っていれば、「小さなヴァイキング ビッケ」がノルウェーであることが判断でき、ムーミンがフィンランドであることが判明します。

 「いくらですか?」の識別はさらに困難。ノルウェー語がゲルマン語族、フィンランドがウラル語族であることを知っていれば、選択肢Aのほうがヨーロッパ言語的な特徴を感じられるのでAがノルウエー語と判断できるでしょう。思考力を問う意図で作られたのでしょうけど、あまり良問とは思いませんでした。

2017年2月28日 (火)

小金井女子大生刺傷事件の判決を聞いて

  東京都小金井市で昨年5月21日、シンガー・ソングライターとして活動していた私立大学生の冨田真由さん(21)をナイフで34回刺し、一時重体とさせたとして殺人未遂罪などに問われた岩埼友宏被告(28)に、東京地裁立川支部は28日、懲役14年6月(求刑17年)を言い渡しました。

 事件発生日、冨田さんが救急搬送された小平市の病院へ取材に行った私は、当初「心肺停止」と伝えられたこともあり、殺人事件だと思っていました。冨田さんには致死量の2000CCを超える出血がありましたが、輸血と2度の緊急手術を受け、一命を取り留めました。蘇生できたのは医師・看護師の必死の対応もあったと思いますが、何よりも冨田さんに「こんなことで負けられない」という生へ意志があったからだと思います。

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 今まで様々な殺人事件などの凶悪事件の裁判を傍聴して来ましたが、今回ほど辛い気持ちになり、法が正義を実現することの難しさを感じさせられた公判はありませんでした。衝立で冨田さんの姿は隠されていたとはいえ、後遺症が残る瀕死の大けがを負った被害者が、狭い法廷という空間で加害者と居合わせたからだと...思います。

 23日の公判で冨田さんは意見陳述。静まりかえった法廷で、振り絞るような涙声で切り出すまで2分ほどの沈黙がありました。  「犯人は、私の調書を法廷で読み上げてもらっている間、笑っていたようですが、どうして笑うことができるのか。今、私が意見陳述している間も、きっと心の中では笑っていて、反省はしていないと思います。犯人は絶対に同じことをする。また犠牲者になる人が絶対に出る。こんな人を野放しにしてはいけない」と述べたところで、岩埼被告は突然「じゃあ殺せよ!」と怒鳴り声を上げました。

 裁判長から「発言を止めなさい!」と諭されたましたが、冨田さんが「今度こそ私を殺しに来ると思います」と続けたところで今度は「殺さない!」。裁判長から退廷を命ぜられ、両腕を抱えられて退廷しながらも「殺すわけがないだろ!」と二度叫び声を上げました。

 実際の法廷でドラマや映画のようなシーンになることはめったにありません。その「映画のようなシーン」が、被告の身勝手な言動によってなされたということに吐き気を催すほどの嫌悪感を感じました。被害者に消えない傷を負わせた上にさらに心に傷つけるのか、と。

 判決後、冨田さんは代理人弁護士を通じて「17年でも短いと思っていたのに…」とコメントを発表しました。14年6か月後に岩埼被告が出所すれば「今度こそ殺しに来る」と被害者が思うのは当然のことだと思います。

 罪刑法定主義というのは、近代以前に繰り返されてきた「目には目を」的な被害者による加害者への報復が、良い結果をもたらさないことを人類が学んできた中で導き出された原則。自由主義、民主主義両方の観点から根拠があるものです。しかし、法に基づいた判決が被害者を救い切れていないというのも事実です。殺人事件での原状回復は不可能なわけなので当たり前のことですが、今回の事件は被害者が生還できたからこそ、第三者に感じさせるものが大きかったと思います。何よりも冨田さんが勇気を持って出廷し、自らの声で意見陳述をしたことは決して無駄ではなかったのではないでしょうか。

 被害者は、どうすれば救うことができるのか。考えても解決策は見つからないことですが、答えがなくても考え続けなくてはいけないのだと思います。冨田さんが体と心に負われた傷が、これから少しでも消えていくように心から願っています。

2017年2月14日 (火)

金正男氏殺害

 北朝鮮の故金正日総書記の長男・金正男氏がマレーシアで殺害されました。正男氏を直接取材して「父・金正「日と私 金正男独占告白」を出版した東京新聞編集委員の五味洋治さんをインタビューさせていただいたときのブログ記事を以下、再アップします。

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▽2012年2月15日掲載ブログ

 2011年12月に急死した北朝鮮の金正日総書記の長男、金正男氏)との150通のメール対話と2度の単独インタビューをまとめて公開した東京新聞編集委員、五味洋治さんの「父・金正日と私 金正男独占告白」(文芸春秋 1470円)が20万部を超えるベストセラーになりました。

 正男氏の心は開かせたものの、出版には完全な承諾を得ぬまま踏み切った五味さん。発刊後、メール交換は途絶えていますが、五味さんの取材によると、どうやら正男氏本人もこの本を読んだらしい。

 どうやって、正男氏とメル友になれたのか。2004年9月、北京国際空港に現れた正男氏を偶然取材できた日本からの特派員は五味さんだけではありませんでした。しかし、北朝鮮の現体制への批判のみならず、お互いの家族や健康のことまで会話ができるようになった記者はほかにはいませんでした。

 「特に私に取材力とか人間的な魅力があったわけではなく、単に正男氏に関心があったということです。(後継者争いの)レースからはすでに脱落してるし(報道関係者の間で)『あんな遊び人の話を聞いても仕方ない』というムードはあった。確かにそう思ったけど、偶然会った時から礼儀正しく、義理堅く、フレンドリーな人だった。取材のチャンスがあれば何かしゃべってくれるんじゃないかな、と」。始まりは好奇心。あきらめずにコンタクトを取り続け、一冊の本にまでなるとは本人も思わなかったそうです。

  韓国・北朝鮮への関心の原点は駆け出し記者時代に赴任した川崎支局だったそうです。在日韓国・朝鮮人が多く住むコリアタウンの近くで暮らす中で興味を持ち、韓国の延世大に留学。言葉とともに隣国民の思考、生活様式、歴史を学ぶ日々は「人生で一番楽しい時期だった」と振り返りました。

 五味さんによれば「友達としての彼は本当にいい人」なのだそうです。本書には、これまで5回来日したという正男氏が新橋のおでん屋によく行ったことや、赤坂の高級クラブで遊んだエピソードが明かされています。ミサイル実験などについて父に直言したとも。しかし、メル友にはなれたものの、完全に気を許してくれたわけではありません。「父親(正日氏)の健康状態、ロイヤルファミリーや軍の人間関係とか。いくら聞いても答えないことには答えなかった」そうです。

 マカオでの生活の資金源についても正男氏は明言していませんが、五味さんは「友達としての彼は本当にいい人。北朝鮮からの送金以外にも支援してくれる人は多いのではないか」と推測しています。

 メール交換は2012年の1月3日、正男から三代世襲に反対する内容が届いたのが最後。出版については「父の死後、喪に服す100日が過ぎるまで待って欲しい」と意向を示されましたが、五味さんは刊行に踏み切りました。正日総書記が死去したタイミングで、発表したいという記者としての気持ちを正男氏も理解してくれると信じたからでした。

 五味さんが得た情報によると正男氏も一読している模様。しかし、本人からの連絡はまだありません。国家的事業となる故・金日成主席生誕100周年記念(4月15日)を過ぎたタイミングで再びメールを送ってみる考えだそうです。

 「まず謝らないといけないでしょうね。でも『たくさんの人が読んでくれてあなたのファンが増えましたよ』という報告はしたいですね」

2017年2月 5日 (日)

「狂犬」マティス米国務長官の愛読書

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  初来日して安倍さんと会談した「狂犬」マティス米国防長官(66)の愛読書がローマ皇帝マルクス・アウレーリウスの「自省録」だと聞いて「へー」と思いました。私が大学に入学した読んだ2冊目の本が岩波文庫の「自省録」でした。「やる気が出るぞ」と勧めてくれた方がやる気のない方だったのですが、読んでみるとめくるめく心に響く人生訓が散りばめられていました。中国の「菜根譚」と並ぶ世界的名著だと思います。

 反乱の平定のために東奔西走していた哲人皇帝が、孤独な時間に自らの行動を点検し、ストア哲学と照らしつつ瞑想のもとに書き残したもの。私が読んだのは28年も前ですが、ところどころに線を引いています。

 「君の肉体がこの人生にへこたれないのに、魂のほうが先にへこたれるとは恥ずかしいことだ」(P90)

  「名誉を愛する者は自分の幸福は他人の行為の中にあると思い、享楽を愛する者は自分の感情の中にあると思うが、もののわかった人間は自分の行動の中にあると思うのである」(P98)  

 「睡気、暑気、食欲不振。以上のいずれかのために不機嫌になった場合には、自分にこういいきかせるがよい。私は苦痛に降参しているのだ、と」(P117)

 「他人の厚顔無恥に腹の立つとき、ただにに自らに問うて見よ、『世の中に恥知らずの人間が存在しないということがありうるだろうか』と。ありえない。それならばありえぬことを求めるな、その人間は世の中に存在せざるをえない無恥な人々のい一人なのだ」

 など。2000年近くたった現代でも心に響く言葉ばかりです。    マティスさんが、この書物を愛しているのならば、狂犬ではなく高潔な人物のはずなのですが。しばらくは「自省録」と照らし合わせながら観察してみたいと思います。

2017年1月18日 (水)

小池都知事が十文字高イレブンを激励

  今日は東京都庁で小池百合子知事(64)を取材。全日本高校女子サッカー選手権決勝(1月8日)で初優勝を決めた東京都代表の十文字高校の選手たちが表敬訪問に訪れました。

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 全国大会で東京勢が優勝したのは25回目の今回が初めて。高校の所在地は豊島区で、小池さんの地元でもあります。決勝の大商学園(大阪代表)戦で決勝ゴールを決めて、1―0の勝利に導いた3年生のFW村上真帆主将は「3年間、全国制覇を目指して来ました。しかしこれに満足せず、2020年東京五輪でメンバー入りして活躍できるように頑張って参ります」と小池さんの前で宣言しました。  小池さんは「本当におめでとうございます。(決勝は)テレビで拝見していました。鮮やかなミドルシュートでした。皆さんは高校生。2020年に向けてまさにぴったりの選手たち。これからも日本の女子サッカーをリードするチームであって下さい」と激励。村上主将にサイン入りのサッカーボールを手渡していました。

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2016年8月16日 (火)

築地市場移転問題

 小池都知事の築地市場と移転予定先の豊洲新市場視察に同行。築地市場は勝鬨橋側の駐車場ビル屋上から市場全体を一望できます。豊洲市場は11月開場予定ですが、建物はほとんどできてしまっています。

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 それにしても仲卸業者の大多数が移転に反対しているのに、なぜ強行しようとしているのでしょうか。私には理解できないのですが、推進派、反対派双方の意見をしっかり聞いてみたいと思います。

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 すでに11月開場で決定してしまっていますが、小池さんには是非、この移転問題の本質を見抜いていただき「都民ファースト」の決断をお願いしたいところです。

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甲斐毅彦

2021年7月

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