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映画

2021年9月13日 (月)

「ミッドナイトトラベラー」

 渋谷のシアター・イメージフォーラムでドキュメンタリー映画「ミッドナイトトラベラー」(監督 ハッサン・ファジリ)を観てきました。
 2015年、タリバンから死刑宣告を受けた映像作家が、妻と2人の娘を連れてアフガニスタンから欧州まで5600キロの旅をした模様を3台のスマートフォンで撮影したという異色作。
 故郷を追われ、安住の地を求める難民という存在を私たちは知っていますが、その一人ひとりの背景はよく知らない。また受け入れ先を求める中で、どのような仕打ちを受けるのかということも、よく知らないでしょう。
 この作品はその冷徹な現実を何としても伝えようと、スマホで撮影した映像作家の執念と信念が込められているように思いました。改めて映像が伝える力の大きさを感じるとともに、私たちが所有しているスマホであっても、それが成し得るということに感じ入るものがありました。
 

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2021年7月17日 (土)

「東京クルド」

 渋谷のシアターイメージフォーラムで公開中の「東京クルド」(日向史有監督)を観てきました。幼少の頃に故郷トルコでの迫害を逃れるために日本にやって来た18歳と19歳の2人のクルド人青年を撮ったドキュメンタリー映画です。https://tokyokurds.jp/

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 難民申請をしても認められず、入管の収容を一時的に解除される「仮放免」処分の状態にある2人。日本で生活していかなくてはいけないのに、合法的に働くことすら認められない状態で悪戦苦闘する彼らの姿を通じて見えて来る日本社会。その排他性には愕然とするしかありません。

 私自身も妻が外国籍なので、これまでに在留許可や永住権の申請のために何度も入国管理局には足を運んでいるのですが、改めて外国人の視点に立つことで、初めて見えて来るものがあります。日向監督は敢えて施設内には足を踏み入れずに撮影することで、入管施設の本質を浮かび上がらせたようにも感じました。

 無期限で密室に閉じ込められ、死んでしまってもその経緯を公表しない日本の入管施設の問題は、スリランカ人女性の死亡事件を受けてようやく報道される機会が多くなって来ました。私は、諸外国の制度や国際条約を検討した上で、日本の入管施設がなぜここまでひどいものになったのか歴史的な背景を多角的に知っていくことが必要だと日頃、思っています。その前提として、映像を通してでも彼らがどのような差別的待遇を受けているかという事実を知ることが不可欠なのではないでしょうか。

 まもなく開催される東京五輪でも「難民選手団」が結成されるそうです。日本は当然、歓迎の意を表するのでしょう。それはそれで良いとしても、その裏で難民を認めようとしない日本の入管行政の現実から目を背けてはいけないと私は思います。

2021年6月 3日 (木)

「海辺の彼女たち」

  ベトナムから来た「技能実習生」の女性たちをテーマにした映画「海辺の彼女たち」(藤元明緒監督)をポレポレ東中野で観て来ました。
 劣悪にして、過酷な職場から脱走した3人のベトナム女性が、ブローカーを頼りに、たどり着いたのは雪深い港町。不法就労で検挙される恐怖に怯えながら漁村で働く彼女たちが働く理由は「親の借金を返し、結婚したい」「妹に自転車を買ってやりたい」と実に健気なものです。
 そんな中で、3人のうちの1人、フォンが倒れてしまいます。病院には行くものの、在留許可証も健康保険証もなく…。
 実話に基づいたフィクションですが、映像は非常にリアルでドキュメンタリーを観ているかのような錯覚に陥ります。それは在日ミャンマー人をテーマに日本の移民問題を描いた藤元監督の前作「僕の帰る場所」でも感じたところですが、今回はさらに切なく、救いのない悲しみがのしかかるようでした。
 それは私たちが生活するこの国で起きている現実を、突き付けられたからに他ならないからでしょう。

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2021年3月25日 (木)

「迷子になった拳」

ミャンマーの伝統格闘技の世界に飛び込んだ日本人格闘家を追ったドキュメンタリー映画「迷子になった拳」(監督・今田哲史)が26日から東京・渋谷ホワイトシネクイントで公開(全国順次公開)されます。
 先日、試写会で観て来たのですが、元格闘技記者の眼から見ても、非常に過酷で、えげつないとも言えるほどの競技。基本はキックボクシングと同じですが、ラウェイはグラブなしでバンテージだけ巻いた拳で殴り合う。肘打ちも、頭突きもOK。故意でなければ金的攻撃まで認められてしまう―。
 プロスポーツの一つとは言え、ファイトマネーで食べているわけがない。それどころか試合の度に血まみれにされ、文字通りの真っ赤な赤字が嵩んでいくのは必至。それなのになぜ、こんな理不尽な世界に挑むのか。「猛者」からはほど遠い不器用な主人公の生きざまを通じて、いろいろなことを考えさせられました。

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 主題は「若者の自分探し」だと私は捉えましたが、それだけに留まらぬことを感じさせられるのは、舞台が私たちにはなじみが薄いラウェイという異界であるという点でしょう。私は数ある格闘技の中でも、最も過酷だとも言えるこの競技をなぜミャンマーの人々が愛好しているのかをもっと知りたくなりました。
 格闘技ファンはもちろん、ミャンマーをはじめとする東南アジアに興味がある方にも観て頂きたい作品です。
 

2021年1月27日 (水)

「わたしは分断を許さない」

ポレポレ東中野でドキュメンタリー映画「わたしは分断を許さない」を観てきました。
 監督は2013年にNHKを退職してフリーランスジャーナリストとして活動する堀潤さん。市民と公権力がぶつかり合う香港、戦乱のガザ、シリア、福島の被災地、辺野古基地建設に揺れる沖縄、国交のない国の首都・平壌…。
 数々の現場で撮影して来た映像を「分断」をテーマに構成した力作。報道が持つ力を伝えようという思いが伝わってくる映画でした。
 「真実を見極めるためには、主語を小さくする必要がある」というのが堀さんのモットー。最初、私は主観を排して報じるという意味なのかと思いましたが、上映後にご本人のお話を聞いて合点がいきました。これは「一人称単数」の主語で報じるべき、という意味ですよね。その思いがこの映画のタイトルにも込められているのだと思います。

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2020年11月 2日 (月)

「相撲道ーサムライを継ぐ者たちーSUMODO」

10月30日から公開されているドキュメンタリー「相撲道|サムライを継ぐ者たち|SUMODO」(坂田栄治監督)をポレポレ東中野で観て来ました。
 2018年暮れから19年夏にかけて、大関・豪栄道(現・武隈親方)擁する境川部屋と、幕内・竜電擁する高田川部屋に密着した作品。外部者は相撲記者かタニマチにでもならない限り、なかなか知り得ない力士たちの素顔を撮っています。

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 相撲部屋というのは、なかなか敷居が高く感じたり、とっつきにくく感じる面もあるわけですが、その辺りは、コーディネートプロデューサーとして登場し、劇中画も提供している相撲漫画家・琴剣さんの存在が効いています。角界に縁のない方がご覧になっても温かみ、親しみを感じられることでしょう。
 私もあっという間に相撲記者を外れて14年が経ってしまいました。私が担当した最後の年だった2006年に初土俵を踏んだ豪栄道がもう引退して親方になってしまったと思うと、感慨深いものがあります。迫力満点の映像を見ながら、いろいろなことを思い出しました。
 懐かしい人物もたくさん登場しましたが、私が見て、最も変わったなと感じたのは(もちろん良い意味ででですが)元関脇・安芸乃島で竜電の師匠・高田川親方ですね。昔気質の関取だった印象が強いだけに….。時代が変わり、人も変わっていくものですね。

2020年7月28日 (火)

「日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人」

 ポレポレ東中野で公開中のドキュメンタリー映画「日本人の忘れもの フィリピンと中国の残留邦人」(脚本・監督、小原浩靖)を観てきました。

 太平洋戦争の敗戦後、フィリピンと中国(当時の満州地方)に置き去りにされた残留邦人の今を追った作品です。父親はフィリピンゲリラに銃殺され、母親は山奥に逃げ込み、今もなお無国籍状態に置かれたフィリピン残留日本人二世。1970年代にやっと帰国が叶うも、言葉の壁による差別と貧困に苦しんで来た中国残留孤児たち。

 すでに80歳を超える高齢者となった彼女、彼らの表情からは時代に翻弄された「侵略戦争の爪痕」を感じずにはいられません。

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 ここまで人間は献身的になれるのか、と感嘆したのは、フィリピン残留邦人の日本国籍取得のために奔走する河合弘之弁護士と、同氏が代表理事と務めるフィリピン日系人リーガルサポートセンターのスタッフたちの姿です。撮影時の時点での調査で残留2世の邦人は1069人。しかし、父親の名前すら曖昧になってしまっている場合は少なくなく、国籍取得の法的な手続きを進めることは容易ではありません。

 戦争という国策が生んだ悲劇。映像の中で東南アジア研究を専門とする清泉女子大の大野俊教授は「本来は政府が支援すべき」と指摘しています。当事者たちはすでに高齢になっており河合弁護士も、政府が望んでいるのは「問題の解決ではなく問題の消滅ではないか」と懸念しています。

 だからといって作品では「政府∥悪」という単純な図式では描いていません。70年代には中国残留孤児の存在をマスメディアが大々的に取り上げることにより、政府も調査に着手し、帰国が実現しました。フィリピンの残留邦人の問題も志のある政治家が支援に乗り出しています。

 まずは私たちがこの悲劇を知り、そして共有すること。残された時間で前に薦めるには、そこから始めるしかないように思いました。
https://wasure-mono.com/

2020年6月16日 (火)

映画「なぜ君は総理大臣になれないのか」

 ポレポレ東中野が上映再開。早速新作ドキュメンタリー映画「なぜ君は総理大臣になれないのか」(大島新監督)を観てきました。首相・安倍の「桜を見る会」を追及する質疑で知られる小川淳也衆院議員(当選5期、四国比例)を初出馬した2003年から追った作品です。

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 東大法学部を出て総務省に入るも、官僚に失望して政界へ。しかし、霞が関も、永田町も志だけではままならない。誠実だが、愚直とも言える一議員を通じて政界の現状を描き出しています。

 あえて単純化してしまえば、小池百合子都知事とは対照的な政治家と言えるかもしれません。この昨品は、小池氏の「排除発言」後に小川議員が翻弄されるところが最大の見どころと言っても良いでしょう。

 東京都民には都知事選の前にお勧めしたい映画。都民以外の方にも是非観て欲しいと思います。

2020年1月10日 (金)

ドキュメンタリー映画「さよならテレビ」

 ポレポレ東中野でドキュメンタリー映画「さよならテレビ」を観てきた。この映画が2020年の最高傑作であることは間違いないだろう。


 この作品は「ヤクザと憲法」をはじめとするタブーと忖度なしのドキュメンタリーを撮り続けきた東海テレビの圡方宏史監督と阿武野勝彦プロデューサーによるもの。今回カメラを向けたのは身内であるテレビ局内だ。突然、局内で企画書を配り、仕事仲間に対して、これから取材対象となってもらうと通告するところから始まる。

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 メディアが自己開示をする以上、そこに忖度があっては意味がない。困惑するスタッフたち、苛立ちを隠さず、撮影を止めさせようとするデスク。普通ならここで企画倒れとなるはずだが、驚くべきことに、こうして劇場で公開されている。


 社会科見学に来た子どもたちには「弱い人を助ける」「権力の監視」と報道の使命を説きながらも、現実には視聴率競争に追われる局員たち。働き方改革が叫ばれる中で、休めと言われても現実的には休めようはずがない。まさに「薄っぺらいメディアリテラシーは、もうたくさん」なのだ。この現実を見てみろよ、ということなのだ。


 私には契約記者として雇われて、1年で切られてしまったワタナベ君にも感情移入できたし、管理職を経験している立場としては、ミスをやらかしたワタナベ君を叱りつけるデスクの気持ちも分かる。報道に携わる者は皆、血の通った人間なのだ。


 もっとも心に残ったのは、「共謀罪」法案の危険性をなんとか視聴者に伝えようとする中年の契約記者、サワムラさんの悪戦苦闘ぶりだ。地方紙や業界紙を渡り歩き、自らもミニコミ紙を作るなどしてたどり着いたのが今の職場。その自宅には、ジャーナリズム、メディア関連の書籍がズラリ。学生時代には、本多勝一のジャーナリズム論や鎌田慧のルポを読み、その原点から離れられず、現実の中で何年も、何年ももがき続けている。

 サワムラさんの苦悩は、まさに私自身の苦悩に他ならない。これを描き出してくれた圡方監督と阿武野プロデューサーに心から拍手を送りたい。本当に感動した。

2019年11月18日 (月)

映画「iー新聞記者ドキュメントー」

 森達也監督の新作ドキュメンタリー映画「i―新聞記者ドキュメント―」を新宿ピカデリーでを観て来ました。

 これまでオウム真理教信者や音楽家・佐村河内守氏の日常を撮影し、作品化して来た森さんが今回、被写体に選んだのは東京新聞社会部記者の望月衣塑子記者。官邸会見で菅官房長官を質問攻めし、官邸側も「質問が「事実に基づかない質問を繰り返している」などと反撃に出たことで世に知られるようになった記者です。

 映画では、その果敢な取材ぶりに圧力がかけられる様子、望月さんへ向けられる声援とバッシング、脅迫の実態が収められています。

 そして菅官房長官に質問を浴びせる望月さんを撮影するため、官邸に入ろうとした森さんがぶつかった厚い壁…。

 率直な感想として、とても社会的なメッセージが強いにも関わらずまったく教条的ではなく、エンタメ映画として観られるほどの面白さでした。ドキュメンタリー映画ではあり得ないような森さんならではの新手法もあります。平日の昼間にも関わらず、ほぼ満席。ぴあ映画初日満足度ランキングで1位だというのも、納得できる作品でした。

https://i-shimbunkisha.jp/

 そもそも、現実の新聞記者というのは、有能であったとしても、報道番組のキャスターなどに転身しない限りは、まず絵になり得るような存在ではありません。リクルート事件、最近では森友事件のようなスクープをものにした記者でさえ、新聞業界以外ではまったくの無名人です。

 それでも望月さんには、森さんに「撮りたい」と思わせるだけの強烈なインパクトがあったのでしょう。そしてこうしてドキュメンタリーの主人公になってしまうわけですから、やはり現在の日本の新聞業界の中では記者として特異な存在になってしまっているのだと思います。作品の中での森さんの「そもそも何で自分は望月さんを撮っているんだろう」という自問が、この映画の核心のように思いました。

 政治であれ、社会であれ、経済であれ、あるいはスポーツであれ、いかなる対象でも記者が取材対象と馴れ合って良いはずがありません。記者会見の場で事実を問いただすのは、本来当たり前のことであって、望月さんはその当たり前のことをしているに過ぎないはずなのです。

甲斐毅彦

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