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2021年7月11日 (日)

「サイレント 黙認」

 ホラー小説と言えば20年以上前に映画化されて話題になった鈴木光司さんの「リング」ぐらいしか読んだ覚えはないのですが、やはり本というのは、ふだん読まないジャンルを読んでみてこそ新鮮な感覚が味わえるものです。

 12日に刊行される神津凛子さんのサイコ・ホラーミステリー新作「サイレント 黙認」(講談社)は、まさにこの大切なことを思い出させてくれた1冊でした。帯の紹介文には、こんなふうに書かれています。

 建築会社に勤める勝人は、コーヒーショップ店員の華と運命の出会いを果たす。一目で心を奪われた勝人は、彼女との距離を少しずつ縮めていく。ところが、それから勝人は奇妙な子どもの姿を目撃するようになる。自分以外の誰も見えない幻影に苦しめられながらも、華の優しさに救われる勝人。一方、華の弟である星也は、突然様子が変わった姉が気に入らない。華の彼氏は本当に信用できるやつなのか?血のつながらない姉にほのかな恋心を寄せる星也は、親友の葉月とともに、勝人のことも調べだすが…。

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 舞台設定には何の変哲もないですが、その後の展開が独創的。そして何よりもこれから蒸し暑くなる時期に、背筋を冷やしてくれる場面が多い点でもお勧めできます。

 著者の神津さんは歯科衛生専門学校を卒業後に2018年「スイート・マイホーム」で小説現代長編新人賞を受賞。なぜホラー小説の書き手になられたのか、存じませんが、他の作品も読んでみたい気持ちになりました。

2021年6月29日 (火)

「小売の未来」

 未だにいつ収束するかも分からない新型コロナウイルスによるパンデミックのせいで、日常の買い物だけでもめっきりオンラインストアの利用する回数が増えました。

 私はどちらかというと、商品は実際に自分の手にとってみないと納得できないタイプだったので、オンラインでの買い物には抵抗があったのですが、もうそうも言っていられなくなりました。使っているうちに、何よりも「ポチ」で買えてしまう手軽さ、それだけでなくポイントが加算されるというメリットもあり、いつのまにか買い物の主流になってしまいました。

 これは私が世界的な流れの中に呑み込まれているということに過ぎず、特殊なことではないでしょう。こうなってくると門外漢でも「リアル店舗」がどうすれば生き残っていけるのか、という素朴な疑問が浮かんできます。業績が低迷する量販店は次々と閉店している現実もあり、気になるところです。そんな思いから手に取ったのが、 プレジデント社の最新刊「小売の未来」(ダグ・スティーブンス著、斎藤栄一郎訳)です。

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 著者は世界的に知られる小売コンサルタント。人口動態、科学技術、経済、消費者動向などを踏まえた予測はウォルマートやグーグルなどの世界的に知られたブランドに影響を与え続けているそうです。その視点はとにかく多角的、立体的であり、薄っぺらいハウツー本とは一線を画するものでした。特に「パンデミック後も消費者が抱いている10の問いかけ」は圧巻。これがプロによる分析か、と唸ってしまうほどです。

 本書には各章の冒頭にシェイクスピア、ゴッホ、レオナルド・ダ・ヴィンチなどによる格言が添えられています。これは説かれていることが「小売業」という枠を超えて、広く応用できるという著者の自信の表れでしょう。小売業に限らず、ポスト・コロナに向けて、あらゆるビジネスに取り組んで行く方々にとって得るものがある名著だと思います。

2021年6月25日 (金)

「十六歳のモーツァルト」

ノンフィクションを読んで思わず落涙したのは、いつ以来のことだろうか。KADOKAWAの新刊「十六歳のモーツァルト」(小倉孝保著)を読み終え、生命の尊さをひしひしと感じています。
 4歳の頃から自分で音符を書いて作曲をはじめた加藤旭は、その驚異的な才能で音楽関係者を驚かせ「モーツァルトの再来」とまで称賛された天才少年です。将来を嘱望されましたが、神奈川県の難関校、栄光学園中学に進学後に脳腫瘍を発症。作り出したおよそ500曲を遺し、2016年にわずか16歳で旅立ちました。

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 本書は加藤旭の家族をはじめ、関わった音楽関係者、学校関係者、友人、医療従事者らを綿密に取材して、生い立ちから旅立ちまでの16年間を追った作品です。こんなにも短い人生で、確かな「生きた証」を遺しただけでなく、多くの人の心をも動かした少年がいたとは。
 加藤旭の余命宣告がなされた後、尽きようとしている命を輝かせようと、奔走する人々の姿が、強く胸に迫って来るのです。
 こんなにも感動的な話なのに、過剰な美化や押しつけがましい表現が一切ない。著者はこれまでに小学館ノンフィクション大賞などを受賞している毎日新聞の論説委員。その文章の巧さは言うまでもなく、新聞記者の模範のようなものです。
 本書に登場する人物はすべて実名で、進学塾や、利用したファミリーレストランのメニューまでが具体名で記されています。それが加藤旭が生きていた時の足跡の一つひとつを慈しむかのように感じられて来ました。
 この秀作をもっと多くの人に読んでもらって良いのではないか。ただその思いで、ご紹介させて頂きました。

2021年6月23日 (水)

立花隆さんから学んだこと

  ジャーナリズムの巨匠、立花隆さんが亡くなりました。私が学生時代に最も愛読していたのは「中核vs革マル」(講談社文庫)。すでに学生運動は下火になっていた時期ですが、高い理想や正義感を持っていたはずの若者たちが、なぜ殺し合いの内ゲバ闘争を展開するようになったのか。これは引きつけられるテーマでした。「正義は暴走する」という普遍的なテーマを考える時にいつも思い出すノンフィクション作品です。

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 とはいえ、ジャーナリスト志望だった学生時代に立花さんの本にのめり込んだわけではありません。ジャーナリストに「現場型」と「分析型」というタイプがあるとすれば、立花さんは典型的な後者。私が憧れていたのは、読売の本田靖春、朝日の本多勝一、共同の斎藤茂男といった現場志向の強い記者でした。
 私が立花さんのすごさに気がついたのは、むしろ自分が現場に取材に出る記者になってからでした。特に事件取材などをするときに感じたのは、どんなに努力しようと、もがこうと「自分の眼で見て、自分の耳で聞ける事実」は極めて限られているという現実に阻まれます。「現場」が最も大切であることは変わりはないけれど、読者に真相を伝えるためには「マクロ的」な視点を持つ必要があるということに気がつきました。
 立花さんの代表作はやはり「田中角栄研究」(1974年)でしょう。当時の田中首相の金脈を追求して、田中内閣を退陣に追い込んだ伝説的なレポートです。膨大なデータを精査し、不動産登記簿まで調べ上げ、ペーパーカンパニーの土地取引の疑惑を浮かび上がられました。これこそ「分析型」ジャーナリストでこそなせる業でしょう。雑誌のみに限らず、新聞においてもその後の調査報道をする上での手法に与えた影響は大きいのではないでしょうか。
 政治、経済、最先端の科学技術…。一つの分野に執着せず、好奇心が向くままに縦横無尽に取材した足跡の多さは驚異的なものだと改めて感じます。その中で、今思い出すのは「臨死体験」をご自身のテーマの一つにされていたということ。蘇生した人々の証言を取材した著書には「まばゆい光、暗いトンネル、亡き人々との再会」があると書かれています。天命を全うした立花さんは、ご自身で体験し、旅立たれたのでしょうか。
 作品の一つひとつを読み返しながら偲びたいと思います。

2021年6月17日 (木)

「近親殺人 そばにいたから」

 ノンフィクション作家・石井光太さんの最新刊「近親殺人 そばにいたから」(新潮社)を読みました。

 実感としてはあまりありませんが、日本の殺人事件の件数は戦後9年目の1954年をピークに減少しつつあります。にも関わらず、家族・親族間での事件の割合は増え続けている。これはいったいなぜなのでしょうか。

 「介護放棄」「引きこもり」「貧困心中」「家族と精神疾患」「老老介護殺人」「虐待殺人」「加害者家族」。石井さんは遺棄致死罪なども含む7つの事件を取材し、その背景を抉り出しています。

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 日本国憲法25条では「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と定めており、この生存権を実現するために制度化されているのが、生活保護をはじめとする社会保障です。その上で必要なのが自助努力でしょう。

 しかし「公的扶助+自助努力」があれば、身内に手をかけるような悲劇は100%防げるのでしょうか。否。石井さんは敢えて「殺す側の論理」に視点を向けることで、社会保障や個々の努力だけではいかんともしがたい現実を炙り出しています。これができるのが「ペンの力」。ノンフィクションの醍醐味が味わい、改めて「家族の在り方」について考えさせられる1冊です。

2021年5月31日 (月)

「犬と歩けばワンダフル」

 ノンフィクション作家の北尾トロさんと言えば、傍聴した裁判で目撃した人間模様をエッセイにした「裁判長! ここは懲役4年でどうすか」が印象深い傑作でした。その北尾さんの最新刊「犬と歩けばワンダフル」(集英社)を読みました。信州で暮らす猟犬と猟師に密着した動物ノンフィクション。

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 冒頭は意外な告白で始まる。私と同様に「猫好き」だというのだ。犬にはむしろ怖いイメージを持っていたと告白する北尾さんが、なぜ猟犬に興味を持つようになったのか。それは、狩猟に興味を持ち、狩猟免許を取って銃砲所持許可を得ていたという流れからすれば当然だったのかもしれません。

 狩猟にはまったく縁のない私ですが、サバイバル登山家として狩猟活動を行っている服部文祥さんの作品の愛読者なので、興味は持っていました。北尾さんが密着した長野市在住の船木さんと、ともに暮らす猟犬たちの世界には、温かみの中にどこか「ゆるさ」もあり、他の動物との間では恐らく成立しえない、犬と人との絆を感じさせられます。

 体験型のノンフィクションというのは、やはり面白い。「猫好き」の一人として新たな視野を広げさせてくれた1冊でした。

2021年4月12日 (月)

「最速で体が変わる『尻』筋トレ」

 新刊「最速で体が変わる『尻』筋トレ」(弘田雄士著、青春出版社)をご紹介します。

 最速で筋トレの効果を実感するには「お尻の筋肉」を鍛えること―。そう力説する本書は、まず腕立て伏せや腹筋から筋トレに取り掛かることは「とても効率が悪い」という重要な指摘から始まります。

 従来の筋トレのイメージを覆すビルドアップ術のキーワードは男性ホルモンの一種である「テストステロン」。初めて聞く話が満載ですが、説得力があるのは筆者であるスポーツトレーナーの弘田雄士さんが、これまでに千葉ロッテマリーンズのコンディショニング・トレーナーとして日本一に貢献するなど、様々なトップアスリートのサポート役としての確かな実績があるからでしょう。

 1日5分、老若男女誰でも手軽にできるトレーニング方法が写真付きで詳述されているのは嬉しいです。

 筋トレ指南本は世に数多くありますが、本書は何よりもプロ野球選手の息子として育った弘田さんが、トレーナーの道を志し、様々なアスリートの体と向き合ってきた信念が貫かれていることを感じます。

 筋トレの一番の成果とは?「自分が潜在的に持っている力を100%発揮できるようになること」

 つまり変わるのは、身体だけに留まらず、人間性にまで良い影響をもたらしていくものだということなのです。

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2021年4月 9日 (金)

「人間の器」

 伊藤忠商事の元会長で、中国特命全権大使などを歴任した丹羽宇一郎氏の人生訓「人間の器」(幻冬舎新書)を読みました。

 本の中で説いている「「器の大きい人」とは自分に利益がなくとも、他人のために行動できる人」。言い換えれば「利他心」を持っている人のことでしょう。

 やはりこういう話の説得力の有無となると、発している人物の行動と照らし合わせて判断することになるでしょう。丹羽氏といえば、伊藤忠商事の社長時代に巨額の不良債権を一括処理して、翌年度には史上最高益を計上した実績があります。日中関係をめぐる様々な発言には賛否両論あると思いますが、少なくとも私利私欲に基づくものではないと、私は思っています。

 人生も後半戦に入った我が身を振り返ると、世の中の役に立ったことなど何一つなく、自らの器の小ささを嘆きたくなるばかりですが、「人間はいつからでも変われる」という丹羽氏の言葉に励まされました。

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2021年3月15日 (月)

「あこがれのアスリートになるための50の挑戦」

非常にユニークな本を読みました。「あこがれのアスリートになるための50の挑戦」(P・バッカラリオ、M・プロスペリ著、訳・有北雅彦、太郎次郎社エディタス)。
 イタリアの児童作家とスポーツジャーナリストの合作で、題名のとおりの内容本なのですが、数多くある、この手の日本の出版物とは、観点が微妙に異なるのです。
 「あこがれのアスリート」というと誰を思い浮かべるでしょうか。例えば今ならば、野球の大谷翔平、サッカーの久保建英、テニスの大坂なおみ…。まだまだ挙げられそうですが、本書での定義は、身体能力やテクニックだけでなく、その振る舞いもふくめてヒーロー(ヒロイン)である、ということです。

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 そんなあこがれの存在に近づいていくための50の項目には根性論的な悲壮感はまったくなく、読んでいるだけで楽しい。ついやってみたくなるものばかりです。パスを磨く壁当て、強靭な足腰をつくる階段マラソン、バランス感覚を養う綱渡り、チームワークを学ぶ二人三脚。戦略的思考を鍛えるチェス、自分自身に向き合う深い呼吸、何度でも立ち上がるための敗北体験などなど。
 特長として各競技の超一流アスリートのエピソードや、豆知識を紹介するコラムがに散りばめられている点が挙げられます。最もユニークなのは、一つの項目ごとに、あわせて聴きたい曲やお勧めの本や映画を紹介している点です。
 これはアスリートを目指す人だけが読むのはもったいない。心身をしなやかにしていきたいと願うすべての老若男女にとって、良書であることは間違いないでしょう。

2021年3月 4日 (木)

「デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場」

 開高健賞受賞作のノンフィクション「デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場」(河野啓著、集英社)を読み終えました。

 登山の世界を知っている人ならば即座に違和感を感じる「七大陸最高峰単独無酸素登頂」を目標に掲げて、ファンを集めて登攀を自撮り生中継し、8度目のエベレスト挑戦で滑落死した栗城史多とは、何者だったのか。
 著者は、栗城さんのドキュメンタリーを撮ってきた北海道放送のディレクター。栗城さん本人だけでなく、彼の幼なじみや友人、登山仲間、元婚約者などを綿密に取材し、「劇場型登山家」の実像を浮かび上がらせたノンフィクションです。

 私も栗城さんは生前3度、取材したことがありますが、とにかく人あたりの良い、今どきの好青年。成田空港へ見送り取材に行った時には、凍傷で指を失った右手で握手してくれ「帰ってきたら飲みましょう!」と笑顔で旅立った姿が今も目に焼き付いています。ただ、「単独」と謳っているにも関わらず、複数の屈強なスタッフが同伴しており、登山というより「ロケ」に旅立つという雰囲気であることに非常に違和感を感じましたが…。

 栗城さんが亡くなる前から、その登山方法については多くの登山家による批判を耳にしていたので「単独」「無酸素」が、その実態とは大きく異なるということを認識していました。ノーマルルートからですらエベレストには登れなかったそんな彼が最後に挑んだのは、最難関と言われる南西壁。登れるわけがないことは本人も知っていたはずなのに、なぜ挑んだのか。本書はその謎に迫っています。

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 著者の河野さんは、本来登山について深い知識を持っていた方ではありません。当初は純然たる登山家を応援するドキュメンタリーを撮るつもりだったはずが、徐々に疑念を抱くようになる。その心理の移り変わりは、譬えはあまりよくないかもしれませんが、こんな感じに捉えました。
 プロレスに夢中になっていた少年が「何かおかしい」と完全なガチンコではないことに気づいて失望する。そのギャップが別の観点から違う関心を呼び寄せ、益々プロレスから目が離せなくなっていく…。
 結果的には「死者に鞭を打つ」というノンフィクションになっていると言えば、それまでかもしれません。それでも著者が、栗城さんで1冊の力作を書き上げたのは、やはり栗城さんに登山家ではない魅力を感じていたからに他ならないでしょう。
 私自身の反省を言えば、栗城さんが本格的なノンフィクションやドキュメンタリーの対象とすることは不可能だと思い込んでいたということです。登山や冒険の世界にも「リテラシー」が必要なのではないか。そして「他者に認められたい」という承認要求は、なぜ湧き出て来るのか。多くのことを突き付けられるノンフィクション作品でした。

甲斐毅彦

2021年7月

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