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2019年1月 5日 (土)

「タコの心身問題」

 昨年12月16日付の読売新聞書評欄で紹介されていた「タコの心身問題 頭足類から考える意識の起源」(ピーター・ゴドフリー=スミス、みすず書房」をやっと入手して読み終えました。

 生物哲学を専門とする著者がタコの知性の謎に迫った奇書。脊椎動物である人間はチンパンジーやらゴリラとは近い関係にありますが、タコのような頭足類とは生物進化の早い段階で別れました。そして、そのタコの世界とは人間とは全く別世界。人間の思考は当然、頭脳一極集中であるのに対して、神経系は足に集中している。吸盤一つひとつに、味覚と触覚をつかさどるニューロンが約1万個あるのだそうです。つまり人間の知性が「中央集権型」であるのに対して、タコは「地方分権型」と言えるようなのです。

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  それでいて、タコの知能は驚くほど高く、水槽に入れられた状態でも、学習すると電球にわざと水をかけてショートさせることができるようになり、水中の中ではスキューバーダイビングで潜ってきた人間に関心を示すと、人の手を引いて案内のような行為をすることもあるのだそうです。

 

 読めば誰もがきっと、タコになったらどんな気持ちなのだろう、という疑問を持つでしょう。私も本気で一度タコになってみたいと思ってしまいました。 

 タコたちは「オクトポリス」と呼ばれる集落を形成し、そこにはサメなどの捕食者から守るための「門番」も置かれているとのこと。長い年月をかければタコの社会は、進化していく可能性があるそうで興味は尽きません。

 くだらないことですが、翻訳本では「オクトポリス」を「タコノポリス」と訳して欲しかったです。

2018年12月24日 (月)

「私説 集英社放浪記」

 新刊「私説 集英社放浪記」(鈴木耕著、河出書房新社)を読了しました。筆者の鈴木さんは集英社の編集現場に36年間在籍した名エディター。10回以上の部署異動を経験されたとのことで、「月刊明星」を振り出しに「月刊PLAYBOY」「週刊プレイボーイ」」、文庫編集、「イミダス」編集、新書創刊と多岐に渡っての活躍されてきた足跡をたどる回顧録です。

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  取材仲間をはじめとする関わってきた人物のほとんどが実名で記されているおおらかさに味わい深く、興味深く、一気に読んでしまいました。

 芸能人インタビューから原発やオウム事件といった社会問題までジャンルを問わず取材するスタンスは、スポーツ紙記者も同じです。鈴木さんからは取材対象が何であれ、譲れない一線を保ち、取材対象者や取材仲間とぶつかり合うことも辞さなかった気概を感じさせられました。そして編集とは殿戦、つまり逃げながら戦うこと、という結論に考えさせられました。

 メディアの一媒体が攻め続けるというのには無理がある。かといって逃げてばかりではいけないわけで、逃げながらでも戦おうよ、というメッセージと受け止めました。

 紙媒体の古き良き時代、として振り返るだけではなく、今後も紙媒体を守っていこうという情熱を思い出させてくれる好著でした。

2018年12月19日 (水)

「ドラガイ」

 ノンフィクション作家・田崎健太さんの新刊「ドラガイ」(カンゼン)を読みました。プロ野球はスタートの時点で序列が決められる厳しい世界。しかし、ドラフト外での入団から頭角を現し、人々の記憶に残る活躍を見せた選手もいます。作品では石井琢朗、石毛博史、亀山努、大野豊、団野村、松沼博久、松沼雅之の7人の野球人生をインタビューを交えて追っています。

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 「プロになるのが夢なのか、プロになってから活躍するのが夢なのか。その差は大きい」と言い切る石井。「野球の技術にしたって、人間ができていなかったら上にはいけない」と心技体の「心」が大事だと説く石毛。「出会いとか巡り合わせで人間はできていく」と振り返る大野。成功の鍵となったものとして語られるものが、それぞれ違うところが面白いのですが、人並み以上の努力が大前提にあったというのは言うまでもないことでしょう。

 プロ野球に限らず、競争原理が働く組織の中にいる人にとって共感し、励まされる本だと思います。様々な分野で活躍している「ドラガイ」」への応援歌です。

2018年11月 9日 (金)

本屋大賞ノンフィクション部門賞に「極夜行」

今年新設された「本屋大賞 ノンフィクション部門大賞」は、探検家・ノンフィクション作家、角幡唯介さんの「極夜行」(文芸春秋)が受賞。出版不況で、しかもお金と時間がかかって、どう考えても採算が合わないはずのノンフィクション作品を応援しようという企画ができたこと自体が喜ばしいことですが、第1回の受賞作がまさに大賞に相応しい作品だったことを心から喜びたいと思います。

 
 「極夜行」は、太陽が昇らない北極で4か月間、一匹の犬と行動した角幡さんの体験ノンフィクション。視界が効かぬ中で、あえてGPSを持たず、一頭の犬を相棒に連れてひたすら歩き続けた中で、見えてきたものが何だったのか。圧倒的な構成力と文章力で引き込んでいきます。

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 この本を読んだのは、2月に平昌五輪を取材して帰ってからだったのですが、平昌を「極限の寒さ」などとリポートして来た来た自分が無性に恥ずかしくなってしまいました。

 開会式の前に寒波が直撃し、平昌は氷点下15度前後でしたが、本当の極地では、これはだいぶ暖かい状態らしい。角幡さんによれば、身体に異常をきたす恐れを感じる寒さは氷点下30度を下回った時だという。しかも、容赦のないブリザードが吹き荒れているとなると体感温度は想像を絶する。いくら平昌の風が強いといったところで、比較にならないでしょう。

 「空白の五マイル」「アグルーカの行方」などで数々のノンフィクション賞を受賞して来た角幡さんの著書は、記者時代に書いた「川の吐息、海のため息―ルポ黒部川ダム排砂」(桂書房)を含めて全部読ませて頂いています。自らの体を張った体験を活字で表現して行くスタイルは一貫していて、聞き書きルポの「漂流」(新潮社)でさえも、自らも漁船に乗り込んで取材対象の追体験しています。

 2016年夏、角幡さんが自らの探検論などをまとめた「旅人の表現術」(集英社)を刊行した時に、著者インタビューをさせて頂きました。現代では残された地球上の未知の地帯が、ほぼなくなっている中で「探検家」であり続けることについて、こう語っていました。

 「グーグルアースを見れば、僕が行ったツアンポー峡谷(「空白の五マイル」の舞台)の滝の位置も分かってしまう時代。地理的な空白には、もうあまり関心がないんです。行ったら面白いとは思いますが、新しくて時代を切り開くものにはならない気がするんですよ。現代の探検というのは、地理上の空白ではなく、社会や時代のシステムの外側を目指す行為。自分で『新しい地図』を見つけ出すことだと思います」

 受賞作の「極夜行」は、まさにその実践に他なりません。太陽が地平線の下に沈み、長い漆黒の夜が延々と続く冬の北極。すでに多くの探検家が足跡を残した地ではありますが、そこにはまさに角幡さんが見つけ出した「新しい地図」があったのです。

 行為者(探検家)として真似ができないことをしているのはもちろんのこと、それを表現者(ノンフィクション作家)として読ませる力も卓越しているのが、角幡さんの真骨頂です。しょうもないと思えるような話までも織り込んで、さらけ出してしまう奔放さも角幡さんの持ち味で、これがまた臨場感とリアリティーを強める要素になっています。極地にいても安倍政権を皮肉ることを忘れないところがまた何とも言えません。今後もノンフィクション史に残っていく金字塔的作品です。

2018年8月14日 (火)

「ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと」

  敬愛するノンフィクション作家の高野秀行さんが絶賛していた「ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと」(奥野克巳著、亜紀書房)を精読しました。

 著者は立教大学異文化コミュニケーション学部教授の文化人類学者。ボルネオ島の狩猟採集民「プナン」との11年に及ぶフィールドワークをまとめた知的好奇心を駆り立てる濃厚な一冊です。

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  私たちは社会で生きる中で「感謝」と「反省」の気持ちを持って、それを明日に生かしていくのが、あるべき姿だと思っているわけですが、貸したモノを壊したまま返して何も言わない「プナン」には、そもそも「感謝」や「反省」といった概念がない。それでも民族のコミュニティーは持続しているのです。

 

 おかしいのは私たちなのか、「プナン」なのか。全く違った価値観で暮らしている民族について調べていくと、そもそもなんで私たちは「感謝」や「反省」をするようになったのかという根本的な疑問に行き着きます。

 卑近な例を挙げれば企業不祥事やら著名人の不倫について開かされる「謝罪会見」は、当事者に向けてのものではありません。当事者ではない「世間」に対して反省の意を示す必要が本当にあるのだろうか。そんなことを考えてしまいました。

 本書はノンフィクションとしても面白いのですが、「近代」を否定したポストモダンの先駆者とも言えるニーチェの言葉をプナンの価値観に照射しているのが最大の特徴です。アカデミズムをもって、世界観を揺さぶるすごい本です。

 私も立教大生時代にこういう先生の授業を聴きたかったです。

2018年6月10日 (日)

「日本の気配」

 フリーライター、武田砂鉄さんの最新刊「日本の気配」(晶文社)を読みました。ヘイト、安倍首相、稲田朋美氏、小池百合子都知事、ショーンK、新国立競技場など幅広い時事ネタを類例のない文体でつづった類型化が難しい本。

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 3年前に武田さんがデビュー作「紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす」を出版したときに著者インタビューしましたが、皮肉に満ちた世の中への着眼点が面白く、注目していましたが、最新刊も1冊目に劣らぬ面白さでした。

 的確に簡潔に本の内容を伝えるのは困難なので、読んでいただくしかないのですが、読後は「あとがき」に書かれている以下の言葉に深く共感しました。

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 「ムカつくものにムカつくと言うのを忘れたくない。個人が物申せば社会の輪郭はボヤけない。個人が帳尻を合わせようとすれば、力のある人たちに社会を握られる。今、力のある人たちに、自由気ままに社会を握らせすぎだと思う。」

2018年5月 3日 (木)

「新・冒険論」

 大学の山岳部や探検部に所属した者にとって長年、未踏峰や未踏の地を目指す行動原理の指針となって来たのは、元朝日新聞記者のジャーナリスト・本多勝一氏が書いた「『創造的登山』とは何か」(「山を考える」に所収)や「冒険と日本人」でした。


 1990年代前半に大学山岳部に所属していた私もそうでした。「人の行かないところへ行きたい」という単純ながらも消しがたい願望がなぜわき出てくるのか。そして日本社会ではなぜその行動が叩かれるのか。本多氏のこれらの著書は、これらの疑問に明快な答えを出してくれるもので、読んだ時の感動は30年近くたった今でも忘れられません。

 しかし、本多氏の著作はいまやだいぶ「年代物」になってしまっています。「『創造的登山』とは何か」が書かれたのは63年前の1955年、「冒険と日本人」に収められた文章もほとんどは40年ほど前に書かれたものです。
 山岳部や探検部で過ごした者の多くは、本多氏の冒険論を頭の中を引きずりながらも、結局は大したことができずに壮年期を迎えてしまう…。私もその一人です。

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 早大探検部出身の探検家・ノンフィクション作家の角幡唯介氏の新刊「新・冒険論」(集英社インターナショナル、799円)は、本多氏の冒険論を数十年ぶりに更新した画期的な本です。


 なぜこれほどまでに長い間、更新されなかったのか。それは語りうる人物が、本当の意味での冒険を実践している人物でなくてはいけないのが、まず一点ではないでしょうか。もう一点は、自身の冒険行動の本質を突き詰めようと思考する人物でなくてはならないからだと思います。


 角幡氏は、チベットの未踏部ツァンポー峡谷を単独で踏破し、ヒマラヤで雪男を探索し、北極探検隊全滅の真相を追い、そして極夜の北極を探検し、ノンフィクション作品にして来た人物。言うまでもなく冒険論を語る2つの条件を満たしています。


 現代において地理上の空白地帯を見つけること自体がもはや困難です。角幡氏は現代の探検を脱システム(社会や時代のシステムから脱する行為)だと定義づけています。2016年から17年にかけて行った北極の極夜探検は、まさにその実践に他ならないでしょう。


 角幡氏は、マニュアル化されたエベレスト登山やアドベンチャーレース、「最年少での北極点到達」といった行為を角幡氏は「疑似冒険」と喝破する。それは本書で語られている冒険と照らし合わせれば、納得ができるはずです。
 そして読み終えた後は、人生の中で一つでいいから「脱システム」を成し遂げてみたいという衝動に駆られることでしょう。

2018年3月24日 (土)

「君たちはどう生きるか」

 漫画版が170万部を超えるベストセラーになっている「君たちはどう生きるか」(吉野源三郎著)を原作の岩波文庫で読みました。

 この本は大学3年生の時に勧めてくれた知人に頂いたのですが、あまり読む気にならず、ほったらかしにしていました。それから27年。ブームに火が付いているのを機に読んでみたのですが、これはやはり学生のうちに読んでおくべき本でした・・・。

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 この本が刊行されたのは日中戦争の発端となった盧溝橋事件が起きた1937年。軍国主義が勢いを増し、泥沼の戦争、そして破滅的戦争へと突き進んでいく時代でした。言論統制が厳しくなる中で「せめて子どもたちには、時勢の悪い影響から守りたい」という願いを込めて書かれた本なのです。

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 主人公は旧制中学校に通う15歳の「コペル君」。学校でのいじめや同級生間の家庭の「階級」の格差と向いあう中で、コペル君は悩みます。その悩みを受け止める「叔父さん」との対話で、コペル君は成長していきます。

 テーマは、価値観や立場が違う「他者」とどう共存し、どう共生していくかということ。80年以上前に書かれたとは思えないほど現代的なテーマであり、未来を背負う子どもたちへの愛情が全編にほとばしっています。

 排外主義的な風潮が高まり、時勢が80年前と似ているとの分析もある中で、この本が注目され、読まれていることは救いのような気さえしてきます。

2018年3月11日 (日)

「魂でもいいから、そばにいて 3・11後の霊体験を聞く」

 
 3・11から7年。昨年感銘を受けた「魂でもいいから、そばにいて 3・11後の霊体験を聞く」(奥野修司著、新潮社)を読み返しました。

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 東日本大震災の被災地で、死別した人と再会できたような不思議でかけがえのない体験をした遺族は少なくありません。本書は「ナツコ 沖縄密貿易の女王」で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した奥野さんが3年半にわたって毎月のように被災地へ通い、その一つひとつの体験を聞いて、検証したノンフィクションです。ここに記された体験には「霊」が連想させるようなしらじらしさ、胡散臭さが全くありません。

 津波に流された遺体が、遺族と再会したときに涙を流したという話は、実際によくあり、私も被災地取材をしたときに娘さんを亡くした男性から直接聞いたことがあります。

 

2018年3月 8日 (木)

「三陸海岸大津波」

  「3.11」からまもなく7年。津波による被災現場での取材をするにあたって、私にとっての津波の基本書「三陸海岸大津波」(吉村昭)を読み返しました。

 宮城、岩手、青森の3県にわたる三陸海岸が大津波に曝されたのは、今回が初めてではありません。明治以降では明治29年(1896年)、昭和8年(1933年)、昭和35年(1960年)と3度に渡って、多くの人命が奪われる悲劇に見舞われています。

 これまでの津波の被害を体験者の証言や文献で、再現したこの記録文学は、是非一読をお勧めしたいと思います。

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  吉村昭氏の作品は、大学4年のときに、多くの犠牲者を出しながらも国策として工事が貫徹された黒部ダムのトンネル工事を描いた作品「高熱隧道」(新潮文庫)を読んで以来、ファンになりました。最近では「桜田門外の変」が映画化されています。

 緻密な調査で史実を掘り起こすのが、吉村氏の作品の特徴だと思いますが、三陸津波による悲劇を記したこの作品は今こそ読むべきではないでしょうか。

 これを読めば、大変悲しいことですが、津波による悲劇は繰り返されていることがよく分かると思います。2万6360人が亡くなった明治三陸津波は、105年前の出来事であるにも関わらず、人間が津波に翻弄される様子は同じです。自然災害は常に想定外。いかに文明が発達したところで、人間は自然に打ち勝つことはできないのではないか、と考えさせられます。

 今回の大津波で、甚大な被害が出た宮古市の田老地区は明治、昭和の大津波でも最大の被害者が出た区域。昭和津波の様子は、当時の子供たちが書いた作文と生存者の証言でリアルに再現されています。

 「万里の長城」の異名で呼ばれていた宮古市の防潮堤は、これまでの凄惨な災害を経て数十年の歳月をかけて作られたものです。世界最大規模とも言われていました。

 田老町を訪れた吉村氏は防潮堤についてこう記しています。「堤は高く、弧をえがいて海岸を長々とふちどっている。町の家並は防潮堤の内部に保護されて、海面から完全に遮断されている、町民の努力の結果なのだろうが、それは壮大な景観であった」

 その一方でこうも記しています。「しかし、自然は、人間の想像を越えた姿を見せる」」「そのような大津波が押し寄せれば、海水は高さ10メートルほどの防潮堤を越すことは間違いない」「しかし、その場合でも、頑丈な防潮堤は津波の力を損耗させることはたしかだ。それだけでも、被害はかなり軽減されるにちがいない」

 そして、3月11日の大津波。町民の努力の結晶たる巨大防潮堤は、打ち砕かれました。私も4月10日に現地へ行ってまいりましたが、二重構造になっている堤防の海側は水圧で粉砕されてしまいました。

 吉村氏が予想していたとおり、確かに防潮堤は、津波の力を損耗はさせたでしょう。それでもこの田老地区だけで230人以上の死者が出ました。吉村氏は故人ですが、この惨状をもしご覧になったらどう思われたでしょうか。

 大津波が再び、三陸海岸を襲うことは間違いはないでしょう。これまでよりも高く、頑丈な潮堤を造ったとしても、自然の力に勝てることはないでしょう。これは三陸で暮らしている方々の方が、私などよりも身にしみて分かっていらっしゃることです。

 田老地区で家屋を流され、避難所生活をしている60代の女性に聞きました。それでも、風光明媚で海の幸に恵まれたこの土地から離れたくない、とおっしゃっていました

 「命が助かったんだもの。贅沢は言えない。今度は少し高台に住めばいい。津波とはうまく付き合っていけばいい

 津波はいつか来るもの。宿命を受け止めて、この地に住み続ける。それが三陸の人々の姿であり、生き方なのでしょう。私は復興後も、新天地を求めることなく、この土地での暮らしを続けることを選ぶ方が多いような気がします

甲斐毅彦

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