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2021年2月19日 (金)

「ヴィンテージガール 仕立屋探偵 桐ヶ谷京介」

 「法医昆虫学捜査官」シリーズなどで知られる江戸川乱歩賞作家・川瀬七緒さんの最新作ミステリー「ヴィンテージガール 仕立屋探偵 桐ヶ谷京介」(講談社)を読みました。

 舞台は東京の高円寺南商店街。主人公は商店街にある小さな仕立て屋さんの店主。この仕立て屋さんがタダモノではなく、美術解剖学と服飾の知識を生かして、その人が着ている服を見ると、その人が受けて来た暴力や病気などの遍歴を見抜いてしまう。この特殊能力は、難航する殺人事件の捜査で役に立たないわけがない…。

 奇想天外な着想を得られたのは、川瀬さんご自身が文化服装学院出身のデザインの専門家であるからでしょう。かつてのインタビューで、デザイナーと作家の共通点について「無から何かを作り出す点、人と違う視点で物事を見る点が、似ている」と語られたそうですが、まさに新作は結晶と言えるでしょう。

 ネタばれを避けるために内容は避けますが、私自身の生活圏である高円寺を中心に巣鴨、錦糸町などなじみ深い都内のスポットが登場する新作は、引き込まれ、一気読みしてしまいました。本職のデザイナーによる新機軸ミステリーは、第二弾、三弾が今から待ち遠しいと感じさせるものでした。

 それにしても服に無頓着である私はいろいろ考えさせられました。自分が着る服で、他者にはいろんなものを見抜かれてしまっているかもしれない。服を甘く見てはいけないな、と肝に銘じました。

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2021年2月14日 (日)

「真夜中のカーボーイ」

 編集者・評論家として活躍する山田五郎さんによる書下ろし小説「真夜中のカーボーイ」(幻冬舎)を一気読みしました。

 ダスティン・ホフマン主演の1969年の米映画の邦題と同じタイトルが付けられたこの作品は、出版社に勤める定年間近の「俺」に、高校時代の恋人から39年ぶりの電話がかかって来るところから始まります。再会した二人は、17歳の時にかなわなかった大阪から南紀白浜へのバイク旅行に出かけ…。

 意外な結末へと展開する「ロードノベル」は、構成の見事さに感嘆するだけでなく、自分自身の青春時代を思い出させずにはいられないものでした。世代を超えてお勧めできる作品です。

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2021年2月10日 (水)

「オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る」

 「IQ180」の頭脳で注目を集める時代の寵児、オードリー・タン(唐鳳)の「デジタルとAIの未来を語る」(プレジデント社)を読みました。

 新型コロナウイルスの封じ込めに、成功した台湾と言われる台湾で、その中心的な役割を担ったのが、史上最年少閣僚となったこの人物。日本でも注目度が高まってきたテクノロジー界の異才が、コロナ対策成功の秘密、デジタルと民主主義、デジタルと教育、AIと社会・イノベーション、そして隣国日本についても語っています。

 一読して、めくるめく初耳の知見に驚かされたのですが、最も感銘を受けたのは、今後進んでいくデジタルやAIという叡智は、人間一人ひとりのためのものであり、真の民主主義を実現するためにあるという視点。「AIと人間の関係は、ドラえもんとのび太のようなもの」という説明は感動すら覚えるものでした。

 台湾のコロナ対策が成功しているのも、信頼をデジタルでつないだから。ここに説得力を感じました。是非お勧めしたい新刊です。

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2021年1月30日 (土)

「下山の哲学 登るために下る」

 8000m峰全14座登頂に日本人で唯一成功したプロ登山家・竹内洋岳さんの新刊「下山の哲学|登るために下る」(構成・川口穣、太郎次郎社エディタス)を読みました。

 恐らく単行本としては史上初の「下山論」ではないでしょうか。登った山は下りなければ生きて還れない。竹内さんが14座の登頂に成功し、こうして生きて本を出版しているということは、14度の下山にも成功しているということです。登山のドラマと同じ数だけ、下山のドラマがある。それは登山以上に劇的なものとなる可能性も秘めています。

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 登山は途中で断念することができるが、下山はできない。それは死を意味するからです。そして下山は必ずしも下りばかりとは言い切れない。山の地形というのはそれほど単純なものではなく、下山ルートの中でも厳しい「登り返し」が避けられない場合のほうが普通でしょう。

 竹内さんは「頂上は通過点に過ぎない」と言い切ります。そして「おわりに」でこう語っています。「山の頂上は一点しかなく、その先は、どこに向かうのか、どこまで行くのかを、自由に選び、思いえがくことができます。私は、足下に広がる先に、未踏峰を探しながら下っています」

 下山とは新たな挑戦への出発点だったのか! 小学校の遠足の時には引率の先生に「おうちに帰るまでが遠足ですよ」とよく言われたものですが、その意味がこの年になってようやく分かりました。それを14座サミッターに教えられるとは。

 下山には下山の意味がある。そう意識づけて山に臨めば、登山の楽しみは倍増していくに違いありません。

 本書は登山用時計「PRO TREK」を竹内さんのために開発して来た牛山和人さん、山岳気象予報士の支えてきた猪熊隆之さん、山岳カメラマンの中島健郎さんらが、それぞれの視点で竹内さんを語るコラムが挿入されているのも魅力です。

2021年1月26日 (火)

「アルツハイマー征服」

 1月8日に発刊された最新ノンフィクション「アルツハイマー征服」(下山進著、角川書店)を読んだ。

 人物評伝、事件、企業、旅…とノンフィクションのテーマは無限にある。だが、医療やサイエンスをテーマにした作品となると、パッと思い浮かぶのは「脳死」や「臨死体験」などを書いた立花隆さんの作品ぐらいで限られている。しかもテーマが最新であり、なおかつ傑作となれば、ごくわずかだと思う。

 その一番の理由は、書き手の前に立ち塞がる「専門性」という壁ではないか。単純に宇宙や医療などの話に興味を持つことは誰でもできるが、門外漢が踏み込んでいくのは簡単なことではない。膨大な量の科学論文(多くは英文)を読みこなし、それをかみくだいて、

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読者に伝える能力が、最低限必要になるからだ。

 「アルツハイマー征服」は、記憶や運動機能などが低下し、長年不治の病とされて来た神経疾患「アルツハイマー病」の克服を目指して来た研究者、医師、患者たちの闘いを描いたノンフィクション。日、米、欧の当事者たちを直接取材し、まとめ上げた一冊は、米国のジャーナリスト、ハルバースタムのノンフィクション作品を彷彿とさせるほどのスケールの大きさだ。

 著者の下山進さんは、2019年に出版された「2050年のメディア」(文藝春秋)で、報道のインターネット化、デジタル化が進む中でその進路を模索する新聞業界の現状を描き出したノンフィクション作家。大学で講座を持つメディア論の専門家ではあるけれど、医療の専門家ではない。このテーマで書こうと思い立ったのは2002年だったとのことなので、足掛け19年。出版社での管理職なども経験しながらも、追い続けて完成させた並みの情熱ではないだろう。

 もちろん一般書ではあるが、やはり医療の専門用語が多いので、歯ごたえはある。ワクチン療法の項目で、高校生物で習った「抗原抗体反応」なる用語が出てきた時には、私も思わず懐かしい学習参考書の「チャート式」を引っ張り出して参照してしまった。また取材が広範囲に渡るだけに登場人物も多い。その多くはカタカナ名なので、ロシア文学を読むときにありがちな混乱を防ぐため、登場人物名は整理しながら読み進めることをお勧めしたい。

 骨太な一冊を読み終えて感動が残るというのは、何とも言えぬ充実感で、これこそがノンフィクションの醍醐味だ。それが味わえるのはテーマが医療でありながらも、描かれているのが人間であり、その一人ひとりに潤いを感じるからだろう。

 読み進めながら知ったことだが、本書に登場する根本治療薬「アデュカヌマブ」は、米国食品医薬品局(FDA)が3月7日までにその承認可否の判断を下す見込みなのだという。そのタイミングに合わせることができる腕力も圧巻だ。2021年を代表するノンフィクションとなることは間違いない。

2021年1月19日 (火)

「草原の国キルギスで勇者になった男」

 若き冒険家、春間豪太郎さんの「草原の国キルギスで勇者になった男」(新潮社)を読みました。

 中央アジアキルギスの旅のお供にするのは馬、イヌワシ、犬、羊たちといった動物たち。「リアルRPG」をコンセプトとする冒険は、既視感がないまさに新感覚のものです。

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 冒険、探検、登山といった世界に踏み込むきっかけは、人それぞれです。世界の山々を登り、極地冒険の道に進んだ植村直己さんや太平洋単独横断の堀江謙一さんへの憧れから一歩目を踏み出すケースは多い。ですが、春間さんの場合は大学時代、消息不明となった幼なじみを探しに単身フィリピンへ行ったことがきっかけです。

 大学の探検部や山岳部をバックグラウンドにすると、良かれ悪しかれ、それぞれの「型」のようなものが醸成され、それが行動のベースとなって来るものですが、春間さんにはそれがない。いわばスーパーフリー。総合格闘技で言えば空手、柔道、レスリングなどの経験なしでリングに上がり、自己流の技術で力を発揮できてしまうようなもの。冒険は自由であり、かつ独創的でなければ、共感は広がらない。冒険が難しい現代において春間さんはそれができている稀有な存在です。

 2018年に春間さんが「リアルRPG譚 行商人に憧れて、ロバとモロッコを1000km歩いた男の冒険」(KKベストセラーズ)を出版した時に一度インタビーさせて頂いたんですが、ご本人は好感が持てる好青年。著書の中ではあえてそれがあまり伝わらないようにしているところが、また奥ゆかしいです。

 昨年末に探検的ノンフィクションの第一人者、高野秀行さんが、WEBマガジン「考える人」で春間さんとの対談を行っています。見事にこの若き冒険家の魅力を引き出しているので、こちらも併せてご覧になることをお勧めします。

https://kangaeruhito.jp/interviewcat/haruma_takano

2021年1月 7日 (木)

「ルポ新大久保 移民最前線都市を歩く」

 「ルポ新大久保 移民最前線都市を歩く」(室橋裕和著、辰巳出版)を読み終えました。

 韓流ブームが起きた一昔前にはコリアタウンとして知られた街が、今や、ベトナム人やネパール人をはじめとする「移民」たちが暮らし、飲食店などのビジネスを行う多国籍タウンに発展しています。

 タイに移住するなどしてアジア専門のライター、編集者として活動している著者は、人口の35%が外国人だと言われる新大久保に引っ越して、生活者として取材。彼らはなぜ、ここに住み、何をしようとしているのか。地に足のついた取材で描き出す人間模様は、カオスであり、かつ、味わい深いものです。

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 著者の室橋さんは江戸時代にまで遡り、もともとここは「よそもの」たちが歴史を作ってきた町であることを調べており、この視点も非常に面白いものでした。

 かくいう私の祖父も、大正時代に茨城から新大久保近くの百人町に移り住んだ「よそ者」の一人でした。住居は東京大空襲で焼失し、父の代の時に戦後になって中野に移住したと聞いています。

 行きつけの韓国料理店もある新大久保は、私にとって非常に身近な街なのですが、こんなにも懐の深い街だったとは…。言葉だけでなく真の「多文化共生都市」を考える時、新大久保は欠かせない先駆の街と言えるのではないでしょうか。

 

2020年12月18日 (金)

「オールドタイムズ」

  作家・本城雅人さんの新作「オールドタイムズ」(講談社)を読みました。スポーツ紙記者から作家に転身し、直木賞候補にもなった本城さんの作品はこれまでに、プロ野球のスカウトを主人公にした「スカウト・バトル」(講談社文庫)を楽しく読んだことがあるのですが、こちらの新作は、夕刊紙のエース記者が主人公。
 40代の記者が、長年勤めた会社を早期退職し、ウェブニュース会社の設立メンバーに加わるという話。ですが新規参入のウェブサイト運営がそんなに簡単にいくわけはなく、悪戦苦闘するのですが、ひねり出した方針は、世に溢れる「フェイクニュース」の真相を突き詰めることだったー。
 ネット媒体によって、紙媒体が苦戦を強いられ、ネット上には真偽不明の情報が氾濫するという現在のメディア状況を見事に描いた秀作。一気読みしてしまいました。

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 本城さんのこれまでの作品も遡って読みたくなり、手に取ったのは、2018年に文庫化された「トリダシ」(文春文庫)。ニュース至上主義で記者への無茶ぶりを繰り返す名物デスクを主人公にスポーツ新聞の現場を描いた連作短編集です。
 ここで描かれているのは、紛れもなくスポーツ新聞で働いている私たちの日常がベース。小説なのでドラマチックにはなっていますが、どれ一つとっても、スベッていない。もともと業界にいた方が描いたのですからリアリティーがあるのは当然なのですが、登場人物の一人ひとりが、私が知る実在の人物と重なり合ってしまうほどでした。
 登場する記者たちが感じる喜怒哀楽は、私自身がこれまで感じてきたそのもの。ただ、楽しい記憶ばかり振り返ることができるというわけにはいかず、力及ばず他紙にニュースを抜かれた辛い記憶や切ない記憶も蘇り…。それでもやはり読んで良かった。「俺たちは日々、こんなに面白い仕事をしているじゃないか」と初心に返ることができました。

2020年12月 7日 (月)

「老いの落とし穴」

 タレント・作家、遥洋子さんの「老いの落とし穴」(幻冬舎新書)を読みました。ご両親を介護し、看取った著者が、その経験から後悔しない老後の迎え方を考え、問いかけた1冊です。

 必死で働いている時には、自分の老後を考えることなどなかなかないでしょう。それをふと考えさせられる最初の機会は、自分の肉親を見送る時にやって来るのかもしれません。

 私の父親は20年以上前に亡くなってしまったのですが、当時のことを振り返ってみると、遥さんがここに書いたことと自分の経験を突き合わせると、多くのことに合点がいきます。「死ぬ前にはシグナルを出す」、「手放しで医療は信用するな」、「「老後は人生の総決算」、そして「人は最後に本音を残す」。

 人生100年時代になっても、いつかは必ず終わりが来ます。人生の閉じ方について、考える時は来るでしょう。親の最後の姿は、自分に向けられた最後のメッセージと考えるべきなのかもしれません。

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2020年12月 5日 (土)

「新版 絵はがきにされた少年」

 ジャーナリスト、藤原章生さんの「新版 絵はがきにされた少年」(柏艪舎)を読みました。

 開高健ノンフィクション賞受賞作でもあるこの作品は、特派員として駐在した南アフリカをはじめとするアフリカ諸国を自分の足で歩き、五感での体験を基に綴ったオムニバス。収録された11の短編は、どれも珠玉というに相応しい。一つひとつに、ガルシア・マルケスの短編小説を読み終えた後に感じる、何かを問いかけられるような余韻がありました。

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 「ハゲワシと少女」でピュリッツァー賞受賞直後に自殺したカメラマンをテーマにした「あるカメラマンの死」で感じさせられた事実の裏側を知る大切さ。ルワンダ大虐殺を生き延びた老人を取材した「ガブリエル老の孤独」では、単発の国際ニュースだけでは決して見えて来ない深み。植民地時代の元鉱夫を主人公にした「老鉱夫の勲章」では、誰かを勝手に「不幸」と決めつけてしまっている先入観の浅はかさを感じさせられました。

 この本は2005年に出版された本を刷新したものですが、15年経っても作品は色褪せるどころか、価値が増しているように思います。ノンフィクション作品というのは、小説以上に古びていきやすい。それは小説のように古典として残っていくノンフィクションが、ごく一部しかないという事実からも間違いはないでしょう。

 そして何よりも巻末の「あとがきにかえて」には、この一冊を形にしたかった筆者の情熱がほとばしっています。

 わが身を振り返れば、20代の時にケニアとエチオピアの放浪の旅をした私自身もこの大陸に魅せられた一人です。ですが、その体験はあまりにも浅かった。命ある限り、自分の知らない世界をこの目で見てやりたい。そんな気持ちがあふれ出して来そうな一冊でした。

甲斐毅彦

2021年2月

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