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2018年6月10日 (日)

「日本の気配」

 フリーライター、武田砂鉄さんの最新刊「日本の気配」(晶文社)を読みました。ヘイト、安倍首相、稲田朋美氏、小池百合子都知事、ショーンK、新国立競技場など幅広い時事ネタを類例のない文体でつづった類型化が難しい本。

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 3年前に武田さんがデビュー作「紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす」を出版したときに著者インタビューしましたが、皮肉に満ちた世の中への着眼点が面白く、注目していましたが、最新刊も1冊目に劣らぬ面白さでした。

 的確に簡潔に本の内容を伝えるのは困難なので、読んでいただくしかないのですが、読後は「あとがき」に書かれている以下の言葉に深く共感しました。

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 「ムカつくものにムカつくと言うのを忘れたくない。個人が物申せば社会の輪郭はボヤけない。個人が帳尻を合わせようとすれば、力のある人たちに社会を握られる。今、力のある人たちに、自由気ままに社会を握らせすぎだと思う。」

2018年5月 3日 (木)

「新・冒険論」

 大学の山岳部や探検部に所属した者にとって長年、未踏峰や未踏の地を目指す行動原理の指針となって来たのは、元朝日新聞記者のジャーナリスト・本多勝一氏が書いた「『創造的登山』とは何か」(「山を考える」に所収)や「冒険と日本人」でした。


 1990年代前半に大学山岳部に所属していた私もそうでした。「人の行かないところへ行きたい」という単純ながらも消しがたい願望がなぜわき出てくるのか。そして日本社会ではなぜその行動が叩かれるのか。本多氏のこれらの著書は、これらの疑問に明快な答えを出してくれるもので、読んだ時の感動は30年近くたった今でも忘れられません。

 しかし、本多氏の著作はいまやだいぶ「年代物」になってしまっています。「『創造的登山』とは何か」が書かれたのは63年前の1955年、「冒険と日本人」に収められた文章もほとんどは40年ほど前に書かれたものです。
 山岳部や探検部で過ごした者の多くは、本多氏の冒険論を頭の中を引きずりながらも、結局は大したことができずに壮年期を迎えてしまう…。私もその一人です。

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 早大探検部出身の探検家・ノンフィクション作家の角幡唯介氏の新刊「新・冒険論」(集英社インターナショナル、799円)は、本多氏の冒険論を数十年ぶりに更新した画期的な本です。


 なぜこれほどまでに長い間、更新されなかったのか。それは語りうる人物が、本当の意味での冒険を実践している人物でなくてはいけないのが、まず一点ではないでしょうか。もう一点は、自身の冒険行動の本質を突き詰めようと思考する人物でなくてはならないからだと思います。


 角幡氏は、チベットの未踏部ツァンポー峡谷を単独で踏破し、ヒマラヤで雪男を探索し、北極探検隊全滅の真相を追い、そして極夜の北極を探検し、ノンフィクション作品にして来た人物。言うまでもなく冒険論を語る2つの条件を満たしています。


 現代において地理上の空白地帯を見つけること自体がもはや困難です。角幡氏は現代の探検を脱システム(社会や時代のシステムから脱する行為)だと定義づけています。2016年から17年にかけて行った北極の極夜探検は、まさにその実践に他ならないでしょう。


 角幡氏は、マニュアル化されたエベレスト登山やアドベンチャーレース、「最年少での北極点到達」といった行為を角幡氏は「疑似冒険」と喝破する。それは本書で語られている冒険と照らし合わせれば、納得ができるはずです。
 そして読み終えた後は、人生の中で一つでいいから「脱システム」を成し遂げてみたいという衝動に駆られることでしょう。

2018年3月24日 (土)

「君たちはどう生きるか」

 漫画版が170万部を超えるベストセラーになっている「君たちはどう生きるか」(吉野源三郎著)を原作の岩波文庫で読みました。

 この本は大学3年生の時に勧めてくれた知人に頂いたのですが、あまり読む気にならず、ほったらかしにしていました。それから27年。ブームに火が付いているのを機に読んでみたのですが、これはやはり学生のうちに読んでおくべき本でした・・・。

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 この本が刊行されたのは日中戦争の発端となった盧溝橋事件が起きた1937年。軍国主義が勢いを増し、泥沼の戦争、そして破滅的戦争へと突き進んでいく時代でした。言論統制が厳しくなる中で「せめて子どもたちには、時勢の悪い影響から守りたい」という願いを込めて書かれた本なのです。

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 主人公は旧制中学校に通う15歳の「コペル君」。学校でのいじめや同級生間の家庭の「階級」の格差と向いあう中で、コペル君は悩みます。その悩みを受け止める「叔父さん」との対話で、コペル君は成長していきます。

 テーマは、価値観や立場が違う「他者」とどう共存し、どう共生していくかということ。80年以上前に書かれたとは思えないほど現代的なテーマであり、未来を背負う子どもたちへの愛情が全編にほとばしっています。

 排外主義的な風潮が高まり、時勢が80年前と似ているとの分析もある中で、この本が注目され、読まれていることは救いのような気さえしてきます。

2018年3月11日 (日)

「魂でもいいから、そばにいて 3・11後の霊体験を聞く」

 
 3・11から7年。昨年感銘を受けた「魂でもいいから、そばにいて 3・11後の霊体験を聞く」(奥野修司著、新潮社)を読み返しました。

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 東日本大震災の被災地で、死別した人と再会できたような不思議でかけがえのない体験をした遺族は少なくありません。本書は「ナツコ 沖縄密貿易の女王」で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した奥野さんが3年半にわたって毎月のように被災地へ通い、その一つひとつの体験を聞いて、検証したノンフィクションです。ここに記された体験には「霊」が連想させるようなしらじらしさ、胡散臭さが全くありません。

 津波に流された遺体が、遺族と再会したときに涙を流したという話は、実際によくあり、私も被災地取材をしたときに娘さんを亡くした男性から直接聞いたことがあります。

 

2018年3月 8日 (木)

「三陸海岸大津波」

  「3.11」からまもなく7年。津波による被災現場での取材をするにあたって、私にとっての津波の基本書「三陸海岸大津波」(吉村昭)を読み返しました。

 宮城、岩手、青森の3県にわたる三陸海岸が大津波に曝されたのは、今回が初めてではありません。明治以降では明治29年(1896年)、昭和8年(1933年)、昭和35年(1960年)と3度に渡って、多くの人命が奪われる悲劇に見舞われています。

 これまでの津波の被害を体験者の証言や文献で、再現したこの記録文学は、是非一読をお勧めしたいと思います。

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  吉村昭氏の作品は、大学4年のときに、多くの犠牲者を出しながらも国策として工事が貫徹された黒部ダムのトンネル工事を描いた作品「高熱隧道」(新潮文庫)を読んで以来、ファンになりました。最近では「桜田門外の変」が映画化されています。

 緻密な調査で史実を掘り起こすのが、吉村氏の作品の特徴だと思いますが、三陸津波による悲劇を記したこの作品は今こそ読むべきではないでしょうか。

 これを読めば、大変悲しいことですが、津波による悲劇は繰り返されていることがよく分かると思います。2万6360人が亡くなった明治三陸津波は、105年前の出来事であるにも関わらず、人間が津波に翻弄される様子は同じです。自然災害は常に想定外。いかに文明が発達したところで、人間は自然に打ち勝つことはできないのではないか、と考えさせられます。

 今回の大津波で、甚大な被害が出た宮古市の田老地区は明治、昭和の大津波でも最大の被害者が出た区域。昭和津波の様子は、当時の子供たちが書いた作文と生存者の証言でリアルに再現されています。

 「万里の長城」の異名で呼ばれていた宮古市の防潮堤は、これまでの凄惨な災害を経て数十年の歳月をかけて作られたものです。世界最大規模とも言われていました。

 田老町を訪れた吉村氏は防潮堤についてこう記しています。「堤は高く、弧をえがいて海岸を長々とふちどっている。町の家並は防潮堤の内部に保護されて、海面から完全に遮断されている、町民の努力の結果なのだろうが、それは壮大な景観であった」

 その一方でこうも記しています。「しかし、自然は、人間の想像を越えた姿を見せる」」「そのような大津波が押し寄せれば、海水は高さ10メートルほどの防潮堤を越すことは間違いない」「しかし、その場合でも、頑丈な防潮堤は津波の力を損耗させることはたしかだ。それだけでも、被害はかなり軽減されるにちがいない」

 そして、3月11日の大津波。町民の努力の結晶たる巨大防潮堤は、打ち砕かれました。私も4月10日に現地へ行ってまいりましたが、二重構造になっている堤防の海側は水圧で粉砕されてしまいました。

 吉村氏が予想していたとおり、確かに防潮堤は、津波の力を損耗はさせたでしょう。それでもこの田老地区だけで230人以上の死者が出ました。吉村氏は故人ですが、この惨状をもしご覧になったらどう思われたでしょうか。

 大津波が再び、三陸海岸を襲うことは間違いはないでしょう。これまでよりも高く、頑丈な潮堤を造ったとしても、自然の力に勝てることはないでしょう。これは三陸で暮らしている方々の方が、私などよりも身にしみて分かっていらっしゃることです。

 田老地区で家屋を流され、避難所生活をしている60代の女性に聞きました。それでも、風光明媚で海の幸に恵まれたこの土地から離れたくない、とおっしゃっていました

 「命が助かったんだもの。贅沢は言えない。今度は少し高台に住めばいい。津波とはうまく付き合っていけばいい

 津波はいつか来るもの。宿命を受け止めて、この地に住み続ける。それが三陸の人々の姿であり、生き方なのでしょう。私は復興後も、新天地を求めることなく、この土地での暮らしを続けることを選ぶ方が多いような気がします

2018年1月26日 (金)

「野中広務 差別と権力」を読み返す

 野中広務元官房長官が92歳で死去。私は本人を取材したことはなかったのですが、ジャーナリスト・魚住昭さんによる評伝「野中広務 差別と権力」(講談社文庫)を12年ぐらい前に読んで、その壮絶な人生に強い衝撃を受けました。

 政敵はあらゆる手段を駆使して叩き潰す一方で、社会的弱者に対する温かい眼差しを失うことはなかった。その背景として野中氏に出生から生い立ちに迫った力作です。

 エピローグでは記事を月刊誌に掲載後、野中氏が涙をにじませた目で魚住さんを睨み付け「私の家族がどれほど辛い思いをしているのか知っているのか。そうなることが分かっていて、書いたのか」と猛抗議する場面があります。

 野中氏の怒りも分かるし、差別をなくすためという信念があって書ききった魚住さんの気持ちも分かる。取材対象との距離のとり方について、深く考えさせられたノンフィクションでした。野中氏を偲んで今夜読み返してみようと思います。

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2017年11月26日 (日)

「だから、居場所が欲しかった。」を読んで

フィリピン・マニラを拠点とするノンフィクションライター、水谷竹秀さんの新作ルポ「だから、居場所が欲しかった。バンコク、コールセンターで働く日本人」(集英社)を読みました。

 舞台はタイの首都バンコクの高層ビル街にある日本企業のコールセンター。人件費などの経費節減のため移転し、日本からかかってくる通信販売の注文の対応をしているオペレーターたちは、タイ人ではなく、日本に息苦しさを感じて脱出して来た日本人たち。商品の注文をしている人たちは、まさか電話がタイにかかっていることは知らないでしょう。水谷さんは5年を要した丹念な取材で、オペレーターとして働いている彼らからそれぞれの背景を聞き出します。

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 非正規での勤務経験しかない30代の男性や借金苦から一家で夜逃げした男性…。息苦しい日本を離れて、彼らが求めた「居場所」は意外なところでした。

 水谷さんは2011年に「日本を捨てた男たち フィリピンに生きる『困窮邦人』(集英社)で開高健賞を受賞。その後も日本を脱出してフィリピンに「居場所」を求めた「脱出老人 フィリピン移住に最後の人生を賭ける日本人たち」(小学館)という傑作ルポを発表しています。一貫しているのは、いずれも日本国内にいては、見えてこない現代日本のひずみを見事に描き出しているという点だと思います。

 1990年代にバックパッカーとして東南アジアをウロウロしていた私にとってもタイは思い出深い地ですが、このような視点で描かれた秀作ルポの舞台になるとは、まったく想像力が及びませんでした。

2017年11月 8日 (水)

「世界をゆるがした十日間」

 昨日11月7日は、世界で初めての社会主義国家が誕生したロシア革命100周年でした。

 新聞記者を目指していた学生時代に勧められて読んだのは、革命の現場を克明に綴ったルポルタージュ「世界をゆるがした十日間」(岩波文庫)。ペトログラードでレーニン率いるボリシェヴィキが帝政を武力制圧する過程を目撃した米国の特派員、ジョン・リードによる古典的ルポです。後に英語でも読みました。

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 ソ連はこの70年後に崩壊してしまうわけですが、このようなルポがあるからこそ、100年前の人々が「富が公平に分配される社会」を目指していたことが伝わって来ます。日々、人の揚げ足をとって、世間の話題づくりをするのも、それはそれで世相を炙り出すことで意味があると思いますが、本当のジャーナリズムの仕事というのは、歴史的事件を克明に記録していくことではないかと、このような古典を振り返ると改めて感じます。

2017年10月31日 (火)

「Black Box」を読んで

 元TBS記者、山口敬之氏による性的暴行被害を告発したジャーナリスト・伊藤詩織さんの「Black Box」(文芸春秋)を読みました。一人の被害者としての告発本ではなく、諸外国と日本の性犯罪への認識や対策への取り組みの違いを考察した上での問題提起がなされており、ノンフィクション作品として読むべき一冊です。


 司法記者クラブで、記者会見を開くまでには、私も敬愛するジャーナリストの清水潔さんからのアドバイスを受けていたことは、本書を読んで初めて知りました。伊藤さんは、清水さんのアドバイスを聞きながらも、会見では自分なりのスタイルを貫きました。並々ならぬ決意をもって表に出てきたことが伝わって来ました。


 山口さんは雑誌に反論を載せて、自己弁護をされていますが、比べてみればどちらが真実を語っているかは明確です。ジャーナリストであるならば、レイプ事件についての日本国内での認識・対策の後進性にこそ問題意識を持つべきなのに、司法判断を拠り所として自己弁護に終始している山口さんの姿勢には疑問を感じざるを得ません。

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2017年10月23日 (月)

「新聞記者」(角川新書)

 官邸会見で菅義偉官房長官を質問攻めにして、手こずらせることで 有名になった東京新聞の望月衣朔子記者の著書「新聞記者」(角川新書)を読了。記者魂を具現したかのような熱い思いが伝わり、本を閉じた時には拍手を送りたい気持ちになりました。

 文字通り新聞記者が書いたものだけに、話は非常に具体的で、ほとんどの人物が実名で登場します。本題ではないですが、お子さんを預けたという子育てサポートの女性は、私の自宅にも訪問したことがある方でちょっとびっくり

 一般紙の政治部だろうと社会部だろうと、スポーツ紙だろうと、フリーだろうと記者がやるべきことは、それぞれの立ち位置でできることを全力で取材して、知られざる事実を掘り起こすということ。それはとてつもなく骨の折れることですが、成果が出た時の喜びは、かけがえのないものです。私も記者の端くれになって22年目ですが、原点を思い出しました。

  これも余談ですが、前日まで私が取材に追われていた山尾志桜里さんは、初代「アニー」を演じたことが有名。なんと望月さんも幼少の頃、演劇をやっていらして「アニー」を演じられたとのこと。アニーには「質問力」を高める力があるのでしょうか。

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甲斐毅彦

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