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2021年1月26日 (火)

「アルツハイマー征服」

 1月8日に発刊された最新ノンフィクション「アルツハイマー征服」(下山進著、角川書店)を読んだ。

 人物評伝、事件、企業、旅…とノンフィクションのテーマは無限にある。だが、医療やサイエンスをテーマにした作品となると、パッと思い浮かぶのは「脳死」や「臨死体験」などを書いた立花隆さんの作品ぐらいで限られている。しかもテーマが最新であり、なおかつ傑作となれば、ごくわずかだと思う。

 その一番の理由は、書き手の前に立ち塞がる「専門性」という壁ではないか。単純に宇宙や医療などの話に興味を持つことは誰でもできるが、門外漢が踏み込んでいくのは簡単なことではない。膨大な量の科学論文(多くは英文)を読みこなし、それをかみくだいて、

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読者に伝える能力が、最低限必要になるからだ。

 「アルツハイマー征服」は、記憶や運動機能などが低下し、長年不治の病とされて来た神経疾患「アルツハイマー病」の克服を目指して来た研究者、医師、患者たちの闘いを描いたノンフィクション。日、米、欧の当事者たちを直接取材し、まとめ上げた一冊は、米国のジャーナリスト、ハルバースタムのノンフィクション作品を彷彿とさせるほどのスケールの大きさだ。

 著者の下山進さんは、2019年に出版された「2050年のメディア」(文藝春秋)で、報道のインターネット化、デジタル化が進む中でその進路を模索する新聞業界の現状を描き出したノンフィクション作家。大学で講座を持つメディア論の専門家ではあるけれど、医療の専門家ではない。このテーマで書こうと思い立ったのは2002年だったとのことなので、足掛け19年。出版社での管理職なども経験しながらも、追い続けて完成させた並みの情熱ではないだろう。

 もちろん一般書ではあるが、やはり医療の専門用語が多いので、歯ごたえはある。ワクチン療法の項目で、高校生物で習った「抗原抗体反応」なる用語が出てきた時には、私も思わず懐かしい学習参考書の「チャート式」を引っ張り出して参照してしまった。また取材が広範囲に渡るだけに登場人物も多い。その多くはカタカナ名なので、ロシア文学を読むときにありがちな混乱を防ぐため、登場人物名は整理しながら読み進めることをお勧めしたい。

 骨太な一冊を読み終えて感動が残るというのは、何とも言えぬ充実感で、これこそがノンフィクションの醍醐味だ。それが味わえるのはテーマが医療でありながらも、描かれているのが人間であり、その一人ひとりに潤いを感じるからだろう。

 読み進めながら知ったことだが、本書に登場する根本治療薬「アデュカヌマブ」は、米国食品医薬品局(FDA)が3月7日までにその承認可否の判断を下す見込みなのだという。そのタイミングに合わせることができる腕力も圧巻だ。2021年を代表するノンフィクションとなることは間違いない。

2021年1月19日 (火)

「草原の国キルギスで勇者になった男」

 若き冒険家、春間豪太郎さんの「草原の国キルギスで勇者になった男」(新潮社)を読みました。

 中央アジアキルギスの旅のお供にするのは馬、イヌワシ、犬、羊たちといった動物たち。「リアルRPG」をコンセプトとする冒険は、既視感がないまさに新感覚のものです。

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 冒険、探検、登山といった世界に踏み込むきっかけは、人それぞれです。世界の山々を登り、極地冒険の道に進んだ植村直己さんや太平洋単独横断の堀江謙一さんへの憧れから一歩目を踏み出すケースは多い。ですが、春間さんの場合は大学時代、消息不明となった幼なじみを探しに単身フィリピンへ行ったことがきっかけです。

 大学の探検部や山岳部をバックグラウンドにすると、良かれ悪しかれ、それぞれの「型」のようなものが醸成され、それが行動のベースとなって来るものですが、春間さんにはそれがない。いわばスーパーフリー。総合格闘技で言えば空手、柔道、レスリングなどの経験なしでリングに上がり、自己流の技術で力を発揮できてしまうようなもの。冒険は自由であり、かつ独創的でなければ、共感は広がらない。冒険が難しい現代において春間さんはそれができている稀有な存在です。

 2018年に春間さんが「リアルRPG譚 行商人に憧れて、ロバとモロッコを1000km歩いた男の冒険」(KKベストセラーズ)を出版した時に一度インタビーさせて頂いたんですが、ご本人は好感が持てる好青年。著書の中ではあえてそれがあまり伝わらないようにしているところが、また奥ゆかしいです。

 昨年末に探検的ノンフィクションの第一人者、高野秀行さんが、WEBマガジン「考える人」で春間さんとの対談を行っています。見事にこの若き冒険家の魅力を引き出しているので、こちらも併せてご覧になることをお勧めします。

https://kangaeruhito.jp/interviewcat/haruma_takano

2021年1月 7日 (木)

「ルポ新大久保 移民最前線都市を歩く」

 「ルポ新大久保 移民最前線都市を歩く」(室橋裕和著、辰巳出版)を読み終えました。

 韓流ブームが起きた一昔前にはコリアタウンとして知られた街が、今や、ベトナム人やネパール人をはじめとする「移民」たちが暮らし、飲食店などのビジネスを行う多国籍タウンに発展しています。

 タイに移住するなどしてアジア専門のライター、編集者として活動している著者は、人口の35%が外国人だと言われる新大久保に引っ越して、生活者として取材。彼らはなぜ、ここに住み、何をしようとしているのか。地に足のついた取材で描き出す人間模様は、カオスであり、かつ、味わい深いものです。

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 著者の室橋さんは江戸時代にまで遡り、もともとここは「よそもの」たちが歴史を作ってきた町であることを調べており、この視点も非常に面白いものでした。

 かくいう私の祖父も、大正時代に茨城から新大久保近くの百人町に移り住んだ「よそ者」の一人でした。住居は東京大空襲で焼失し、父の代の時に戦後になって中野に移住したと聞いています。

 行きつけの韓国料理店もある新大久保は、私にとって非常に身近な街なのですが、こんなにも懐の深い街だったとは…。言葉だけでなく真の「多文化共生都市」を考える時、新大久保は欠かせない先駆の街と言えるのではないでしょうか。

 

2020年12月18日 (金)

「オールドタイムズ」

  作家・本城雅人さんの新作「オールドタイムズ」(講談社)を読みました。スポーツ紙記者から作家に転身し、直木賞候補にもなった本城さんの作品はこれまでに、プロ野球のスカウトを主人公にした「スカウト・バトル」(講談社文庫)を楽しく読んだことがあるのですが、こちらの新作は、夕刊紙のエース記者が主人公。
 40代の記者が、長年勤めた会社を早期退職し、ウェブニュース会社の設立メンバーに加わるという話。ですが新規参入のウェブサイト運営がそんなに簡単にいくわけはなく、悪戦苦闘するのですが、ひねり出した方針は、世に溢れる「フェイクニュース」の真相を突き詰めることだったー。
 ネット媒体によって、紙媒体が苦戦を強いられ、ネット上には真偽不明の情報が氾濫するという現在のメディア状況を見事に描いた秀作。一気読みしてしまいました。

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 本城さんのこれまでの作品も遡って読みたくなり、手に取ったのは、2018年に文庫化された「トリダシ」(文春文庫)。ニュース至上主義で記者への無茶ぶりを繰り返す名物デスクを主人公にスポーツ新聞の現場を描いた連作短編集です。
 ここで描かれているのは、紛れもなくスポーツ新聞で働いている私たちの日常がベース。小説なのでドラマチックにはなっていますが、どれ一つとっても、スベッていない。もともと業界にいた方が描いたのですからリアリティーがあるのは当然なのですが、登場人物の一人ひとりが、私が知る実在の人物と重なり合ってしまうほどでした。
 登場する記者たちが感じる喜怒哀楽は、私自身がこれまで感じてきたそのもの。ただ、楽しい記憶ばかり振り返ることができるというわけにはいかず、力及ばず他紙にニュースを抜かれた辛い記憶や切ない記憶も蘇り…。それでもやはり読んで良かった。「俺たちは日々、こんなに面白い仕事をしているじゃないか」と初心に返ることができました。

2020年12月 7日 (月)

「老いの落とし穴」

 タレント・作家、遥洋子さんの「老いの落とし穴」(幻冬舎新書)を読みました。ご両親を介護し、看取った著者が、その経験から後悔しない老後の迎え方を考え、問いかけた1冊です。

 必死で働いている時には、自分の老後を考えることなどなかなかないでしょう。それをふと考えさせられる最初の機会は、自分の肉親を見送る時にやって来るのかもしれません。

 私の父親は20年以上前に亡くなってしまったのですが、当時のことを振り返ってみると、遥さんがここに書いたことと自分の経験を突き合わせると、多くのことに合点がいきます。「死ぬ前にはシグナルを出す」、「手放しで医療は信用するな」、「「老後は人生の総決算」、そして「人は最後に本音を残す」。

 人生100年時代になっても、いつかは必ず終わりが来ます。人生の閉じ方について、考える時は来るでしょう。親の最後の姿は、自分に向けられた最後のメッセージと考えるべきなのかもしれません。

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2020年12月 5日 (土)

「新版 絵はがきにされた少年」

 ジャーナリスト、藤原章生さんの「新版 絵はがきにされた少年」(柏艪舎)を読みました。

 開高健ノンフィクション賞受賞作でもあるこの作品は、特派員として駐在した南アフリカをはじめとするアフリカ諸国を自分の足で歩き、五感での体験を基に綴ったオムニバス。収録された11の短編は、どれも珠玉というに相応しい。一つひとつに、ガルシア・マルケスの短編小説を読み終えた後に感じる、何かを問いかけられるような余韻がありました。

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 「ハゲワシと少女」でピュリッツァー賞受賞直後に自殺したカメラマンをテーマにした「あるカメラマンの死」で感じさせられた事実の裏側を知る大切さ。ルワンダ大虐殺を生き延びた老人を取材した「ガブリエル老の孤独」では、単発の国際ニュースだけでは決して見えて来ない深み。植民地時代の元鉱夫を主人公にした「老鉱夫の勲章」では、誰かを勝手に「不幸」と決めつけてしまっている先入観の浅はかさを感じさせられました。

 この本は2005年に出版された本を刷新したものですが、15年経っても作品は色褪せるどころか、価値が増しているように思います。ノンフィクション作品というのは、小説以上に古びていきやすい。それは小説のように古典として残っていくノンフィクションが、ごく一部しかないという事実からも間違いはないでしょう。

 そして何よりも巻末の「あとがきにかえて」には、この一冊を形にしたかった筆者の情熱がほとばしっています。

 わが身を振り返れば、20代の時にケニアとエチオピアの放浪の旅をした私自身もこの大陸に魅せられた一人です。ですが、その体験はあまりにも浅かった。命ある限り、自分の知らない世界をこの目で見てやりたい。そんな気持ちがあふれ出して来そうな一冊でした。

2020年11月30日 (月)

「冬の狩人」

 新宿鮫シリーズで知られる直木賞作家、大沢在昌さんの新作警察小説「冬の狩人」(幻冬舎)を読みました。


 料亭で起きた未解決の殺人事件。ミステリーでありながら、本格的なハードボイルドです。大沢さんの作品を読んだのは、「このミステリーがすごい!」でランク入りした数作を読んで以来なので本当に久しぶりでしたが、天才的な引き込む力は健在でした。

 一気読み、間違いなしでしょう。

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2020年11月25日 (水)

「実像 広島の『ばっちゃん』中本忠子の真実」

  読みたいと思いながら読みそびれていた、昨年出版されたノンフィクション「実像 広島の『ばっちゃん』中本忠子の真実」(秋山千佳著、角川書店)を読み終えました。城山三郎賞の候補作にもなった傑作です。
 中本忠子さんは、約40年にわたって非行少年のみならず、その保護者にまで無償で手料理を提供し、物心ともに支えとなって非行や犯罪から立ち直らせてきた保護司。その献身的な活動はマスコミでも取り上げられ、安倍前首相の昭恵夫人とも交流を持つようになった。「マザー・テレサ」とまで呼ばれ、聖人化された中本さんの活動の動機は何だったのか。著者の秋山さんは取材を進めるにつれ、伝えられていたものとは違う実像が浮かび上がってきました。

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 先入観を排して、無心になって取材対象に当たるということは、ジャーナリズムやノンフィクションの世界での基本姿勢ですが、簡単にできることではありません。本書はこれを実践し、まさに「実像」を浮かび上がらせることに成功しています。
 頑なに過去を語りたがらない「ばっちゃん」。しゃべりたくないことを無理やり喋らせることができるのは権力のみで、ノンフィクション作家やジャーナリストはそうはいきません。秋山さんは粘り強く「ばっちゃん」と接し、家族からも話を聞いていきます。最後は「ばっちゃん」が、過去を知られることを受け入れていくわけですが、それができたのは、取材者の熱意と真摯な態度があったからでしょう。
 すぐれた人物ノンフィクションは、書かれた本人にとっても新たな発見があるものです。本書もきっとその1冊なのではないでしょうか。カポーティ―の「冷血」や民芸運動を起こした思想家・柳宗悦の言葉の引用が、作品をより滋味深いものにしています。

2020年11月20日 (金)

「エンド・オブ・ライフ」

「Yahoo!ニュース|本屋大賞 2020年ノンフィクション本大賞」の受賞作「エンド・オブ・ライフ」(佐々涼子著、集英社インターナショナル)を読みました。
 著者の佐々涼子さんの本は、3・11で津波に呑み込まれた日本製紙石巻工場が再生するまでを追った「紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている 再生・日本製紙石巻工場」(早川書房)を読み、本物のノンフィクション作家であることは知っていましたが、今回の受賞作は圧巻です。

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 テーマは在宅での終末医療。人間の「命の閉じ方」を描いた小説は数多くあるし、その多くは実際の出来事を題材にしているとは思いますが、事実のみで構成された純然たるノンフィクションとなると、やはり読む者に伝わる重みが全く違います。
 主人公となった男性は、京都の訪問診療所で、数百人の終末期患者を看取ってきた看護師。看取りのエキスパートとも言える人物が、すい臓がんになり、余命宣告を受けます。多くの人の終末期を支えて来た人が、患者となり、支えられる側になった時、本人の心はどう揺れ動くのか。そして彼を支える家族は何を思うのか。
 在宅介護を受けていた著者自身の母のことや他の終末期患者のことも織り込みながら進める構成は独特で、ドラマや小説では、描かれることがない現実が伝わってきます。
 6年以上にもわたってこれだけ他者の生死の境目に踏み込んで来れたのは、医療機関や患者たちとの相当の信頼関係が築けたからこそでしょう。大手メディアではなく、一人の書き手だからこそ成し得たことなのかもしれません。
 「死」をテーマにノンフィクションの取材を進める中で、「生病老死」を避けられぬ宿命とする仏教に関心を深めていったという佐々さん。ただ、信仰を深めることまではできないという率直な宗教観にも深く共感しながら読みました。信仰というのは「信じよう」と思ってできるものではないのかもしれません。
 深く心に残るのは、最期を迎えた人が不治の病とどう向き合い、どう立ち向かったか。その姿を通じて、見守る人々の人生にどのような影響を与えたかということ。
 そこに押しつけはありません。人は好きなように、自由に生きていい。そのメッセージは万人の心を揺さぶるものでしょう。ここにノンフィクションが持つ力を実感しました。

2020年11月14日 (土)

「いつの空にも星が出ていた」

 漫画化、ドラマ化された傑作「一瞬の風になれ」で2007年の本屋大賞を受賞した佐藤多佳子さんの新作「いつの空にも星が出ていた」(講談社)を読みました。

 一つのプロ野球球団を軸に、こんなにも広く、温かく、かつ爽やかに物語を展開できるとは。さすがの筆力は圧巻でした。題材となったベイスターズのファンはもちろんですが、野球に興味がない方が読んでも感動することは請け合いです。

 個人的にはマシンガン打線で日本一になった1998年を思い出させる「パレード」が最も印象に残りました。

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甲斐毅彦

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