未公開株をめぐる金銭トラブルを週刊誌に報じられ、自民党を離党した武藤貴也衆院議員(36)が26日、国会内で釈明の記者会見を開きました。しかし「自民党の記者クラブに加盟した社以外の社の出席を認めない」の一点張りで、スポーツ紙や雑誌の記者、カメラマンを会見場から閉め出しました。
警備員5人に囲まれて武藤氏が会場入りするときには「なぜ閉め出すのか」と問いかけましたが、無言。中では未公開株問題の釈明に終始し、議員辞職については「法的に問題はないので」と否定。(なぜか動画サイトだけは会場に入っており、仕方なく会場の扉の外で動画を観ていました)
自分に都合の悪いことを書きそうな記者を閉め出したところで逆効果だということぐらい分からないのでしょうか。永田町ももう6年ぐらい取材していますが、ここまで劣化した議員を見たのは初めてです。憤りを通り越して呆れています。
アントニオ猪木がまたまた新党に参加。といっても本人はマララさんと会うために海外出張中で、本人不在で結党会見でした。タリーズコーヒーの創業者、松田公太参院議員が起ち上げた新党「日本を元気にする会」が都内で会見し、党の綱領などを発表。国民投票による直接民主主義型政治への転換や、徹底した規制緩和と既得権益排除の実現、小さく効率的な政府を目指し、国の役割を民間と地方に移譲することなど基本政策に掲げています。
同会は昨年11月に解党したみんなの党に所属していた松田代表ら4人の参院議員と、次世代の党を離党した猪木参院議員の5人が参加して結成。松田代表は「インターネットで国民と議論して、意見を募り、反映させることで、直接民主型の政治を実現する」と意欲。最高顧問となる猪木氏について松田代表は「党のコンセプトに『素晴らしい』と賛同して頂いた。名前だけには頼るわけではない」と話しました。略して「元気会」。元気があれば新党もできる。
ホテルニューオータニで行われた民主党代表選を取材して来ました。岡田克也代表代行が、細野豪志元幹事長と長妻昭元厚労相を破って新代表に。岡田さんが代表を務めるのは政権交代前の2004年年以来2度目となります。
事前に行われた党員・サポーターと地方議員の投票結果に、会場で党所属の衆参両院議員と次期参院選の公認内定者の票を加算。298ポイントを獲得した細野氏が1位、294ポイントの岡田氏が2位、168ポイントの長妻氏が3位でした。過半数を獲得した候補者がいないため、上位2氏が決選投票へ。国会議員と公認内定者による再投票で、岡田氏が133ポイントを獲得し、細野氏の120ポイントを上回り、逆転勝利となりました。
党創成期から幹部だった岡田さんの代表復帰には、どうしても斬新なイメージはなく、、再生を目指す民主党のイメージ刷新につながるかと言えば疑問です。個人的には、岡田さんが最も感銘を受けた本にドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」を挙げていることに興味を持っています。人生の理不尽を描いた小説を岡田さんはどのようにとらえて感銘を受けたのでしょ...うか。
今回の代表選は経験やほかの野党との維新などとの合流に慎重な姿勢が評価されたのでしょう。果たして自民党へ真っ向から対抗できる水準にまで勢力を伸ばすことができるでしょうか。
岡田さんは決選投票前の5分間のスピーチで「私には原理主義者というニックネームがついている。人の話を最後まで聞かないとか、温かみに欠けるとかいうお声を頂いたりする。私自身も変わらないといけない」と自己批判も忘れずにしていました。
中野区のシンボル「中野サンプラザ」が、駅前の再開発に合わせて解体され、跡地に大型の複合施設を建設する方針が決まりました。
中野サンプラザは、中野で生まれ育った私が2歳だった1973年に「全国青少年勤労会館」としてオープン。幼稚園のときにはプールのスイミングスクールに通い、小学生の頃にはボウリング場で遊び、中学生の時にはジュークボックスで音楽を聴き、成人式もここで行いました。 2012年の結婚披露宴も結局は「慣れ親しんだところで」と思い、中野サンプラザを選びました。中野で生まれ育った私は生まれてからサンプラザとともに歩んできた人間といっても大げさではないと思います。
中野区の田中大輔区長は「駅前という立地を生かし、交流や民間事業の拠点として区の発信力を高められるような施設にしていきたい」と話しました。明治大学が来たり、キリンビール本社の移転してきたりで、駅前もだいぶ様変わりしましたが、今後はさらに変わっていくのでしょう。時代の流れならば仕方がないですが、サンプラザがなくなってしまうのは、とても寂しい気がします。
昨夜は府中市の菅直人事務所で当落を見守りました。比例復活が確定したのは午前2時55分。2012年衆院選に続き、今回も菅さんは「午前3時の男」でした。
万歳も拍手もない中で、ご本人が現れたのは3時すぎ。「自民党の議席をそぎ落とすことができず、大変申し訳ない」とまるでお通夜のような雰囲気の中で言っていました。
福島原発事故のときに首相だった菅さんは、事故処理をめぐり、当時経産相だった海江田さんと対立。その後も関係はよくなかったのでしょう。お互いの応援をすることもなく、皮肉にも最後は比例東京ブロックの3議席を奪い合い、党代表を退けて菅さんが滑り込みました。代表を押しのけて当選した菅さんに民主党立て直しのための仕事ができるでしょうか。議席は微増したものの、民主党再生への道は大変厳しいように私には見えます。
山本太郎参院議員が8日、衆院選公示後、初めて姿を見せました。東京・北区のJR赤羽駅東口と王子駅北口で、東京12区から立候補した生活の党、青木愛前衆院議員の応援演説。「永田町の野良犬、山本太郎でーす」と自己紹介し、消費増税、原発再稼働、集団的自衛権の行使へと突き進む安倍政権を糾弾しました。
「自民党議員100人落選キャンペーン」をブログなどで展開している、と話し「年末の忙しい時期に最悪の選挙。でもこのチャンスを生かさない手はない。自民から100議席を減らせば、安倍さんを退陣させることができるんです!」と訴えました。
太郎さんは「僕が行くことでマイナスになる候補者もいるので、自分からは応援に行かないことにしている」と説明。青木さんからの要請には「自民党の政策と対極にある人だから」と快諾したそうです。
私が大学生の時、彼がビートたけしの「元気が出るテレビ」で見せたアジャコング&戸塚ヨットスクールズは最高でした。人生の中で腹がよじれるぐらいに笑った指折りのパフォーマンス。20数年後にまさか政治取材で出逢う日が来るとは夢にも思っていませんでした。
2日に公示された衆院選取材で駆けずり回っています。何のための解散だったのかもピンと来ず、取材をしながら有権者たちの白けた空気も感じています。東京第18区(武蔵野市、府中市、小金井市)はその白けムードを象徴するかのような選挙区。前回、比例復活で明け方の3時に当選が決まった菅直人元首相と、小選挙区で菅元首相を破った自民党の土屋正忠氏。そして共産党の新人・結城亮氏。
地元では「土菅戦争」と呼ばれる菅氏と土屋氏の衆院選での対戦は今度で4度目。犬猿の仲で知られ、11月27日の公開討論会では罵り合う場面もありましたが、写真撮影のときだけは笑顔でした。4日付の紙面では東京18区のルポを掲載しています。是非ご覧ください。
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