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2008年5月 1日 (木)

待つこと

GWに入り、話題になっている鷲田清一さんの本「『待つ』ということ」(角川選書)を読みました。

自分自身、「待つ」ことが苦手な人間です。

昔、“花博”も並ぶのが嫌で断念しました。家の近所の人気ラーメン店やディズニーランドなど頭の中では気になっていますが、ある共通した目的のために出来た長蛇の列に恐怖を覚えるのです。

「待つこと」を巡って、本でいったい何が語られているのか、興味がわきました。

新聞社でデスクを始めると、もっと過酷な「待つ業務」が待っていました。

取材先などから送られてくる記者たちの原稿をじっと待ち続ける仕事です。

締め切り間際。原稿がこなければ、レイアウトを担当する整理部にも大きな迷惑をかけます。

イライラする人々が増えていき、神経によろしくない連鎖反応が起きることになります。

自分もかつてはこんな風にしょっちゅうデスクを困らせていたのだと思うと、まったく恥ずかしい限りで、ゾッとします。

勝手なものでデスクになってみて、書くスピードの早い記者が神様のように思える時があります。

鷲田さんの「『待つ』ということ」の中に、こんな文章がありました。

「<聴く>とは、どういうかたちで言葉がこぼれ落ちてくるのか予測不可能な<他>の訪れを待つということ」

これは、そのまま私たちの取材活動にも当てはまることです。確かに記者とは“待つ稼業”であるのかもしれません。

 

例えば。インタビューをすれば、やり取りを録音したテープを起こします。結構バッチリ聞けたかな?とぬか喜びしても、テープを聴き直すと、ある失敗に気づき、必ず落ち込みます。

相手がさあ話そうとしている息づかいのようなものを読み取れず、うっかり質問を向けていたり。

その場では集中しているつもりでも実際はそうでないことに気づきます。相手の話を聞きながら、メモを取り、次の質問を考えなければなりません。どうしても神経が散漫になる瞬間があるのです。

 

取材対象の中にはひとつの質問に対して考える時間、黙考タイムが人より長い人もいます。

山田洋次監督などがそうです。

初めて取材した時、沈黙が長く戸惑いましたが、どんな問いにも神経を緩めず真剣に受け答えをする人なのだと分かりました。

さらに監督の場合、ひとつの答と答の間の沈黙も大事になってきます。

すべて答え終えた沈黙なのか、さらに答えようとするため、黙考中なのか、見誤らないようにしなければなりません。

聴く側は神経を研ぎ澄まし、その空気を読みながら「いかに待てるか」が肝心なのでしょう。

鷲田さんは、携帯電話やメールの発達などもあっていまの時代「待たない社会」「待てない社会」とも記しています。

GWも中盤。せめて気持ちだけでも軽やかに「待ち上手」な人間になってみよう、と思ったのでした。

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